episode61 唄う虜囚
僕たちは勝った。
これ以上なく完璧な、大勝だった。
王国軍を撃退したアヴェールの古城は、右も左も勝利の興奮に酔っていた。
大戦から30年余り、ヴィスタネル王家に鬱屈した気持ちを抱いていた者達が、大軍を相手に完勝したのだから、その感慨もひとしおといったところだろう。
ほんの少し前まで、同じヴィスタネル王家に名を連ねていた身としては、少々複雑な気持ちではあるが……。
「たしかに、ザゴンネス将軍だね」
今、僕がやっているのは『首実験』と言われるものだ。
大将首であろうと取ってきた首が果たして本物なのか、を確認する作業。
そして、僕の目の前に置かれた生首は、王城で何度も見た老将軍のものに間違いなかった。
今回の討伐軍はザゴンネス将軍が指揮を執っていたのか……。
兄、ヴァルデマルの後見人にして、亡きグロン将軍と並び立つ王国の名将。
言うまでもなく、とてつもない大金星だ。
僕が知る限り、グロン将軍とザゴンネス将軍を失ったヴィスタネル王家には、もう大軍を指揮した経験のある武官はいない。
「ま、俺たちにかかればこんなもんよ」
僕たちのもとから逃げ出したはずのゲインが、いまは僕たちの目の前で得意げにしている。
王国軍が進軍してくるという情報と共に、ゲインが城へ戻ってきたときには驚いたものだ。
しかも、ゲインはホビトの族長のひとりで、討伐軍の迎撃にも協力したいと言ってきたときはさすがに疑ったが、ひとりでも多くの味方が欲しかった僕たちには信じる以外の選択肢が無かった。
実際、ホビトの精神型スキルは頼りになった。
王国軍があんな安い挑発に乗ったのも、ホビトのスキルで理性を鈍らせていたからだ。
さらには瓦解した王国軍の総大将であるザゴンネス将軍まで討ち取ってきた。
彼らの協力が無ければ、これほど鮮やかな勝利は無かっただろう。
「おいっ、さっさと歩け」
「ぶ、無礼である! トカゲごときが、この高貴な小生に向かってこのような仕打ち……。全くもって失礼千万である!!」
「うるせぇ! 誰がトカゲだ、この野郎!! 自分の立場分かってんのか!?」
「立場!? 小生の立場は王族である!」
「バカか? バカなのか、コイツは!?」
よく知っている声が聞こえてきた。
両手を後ろで縛られ、腰縄に繋がれた姿でベントットに引っ張られているのは、僕の従兄弟のナホロスだ。
さらに後ろからセバスサンも出てきた。
マタリ長老が「なんかエラそうにしとったから捕虜にしてやったわ」と連れてきて、しばらく小部屋に押し込んでいたらしい。
でも、残念ながら人質としての価値は無いだろう。ナホロスだし。
ザゴンネス将軍ならまだしも。ナホロスだし。
いや、たとえザゴンネス将軍だったとしても、ヴァルデマルは容赦なく見捨てるんだろうな。
騒いでいたナホロスだったが、僕の顔を見ると大きく目を開いた。
「き、貴様!! 大罪人のエヴァルトがいたのである!! 今すぐ貴様を捕らえてアイタタタタタタ!! やめるのである! 痛いのである!!」
立ち上がろうとしたナホロスが、ベントットに押さえつけられ、関節を極められて大騒ぎしている。
ナホロスの頭の中はいったいどうなっているのだろう。
捕らえられている立場だと自覚しているとはとても思えない。
いつもならこのタイミングで「まさに、まさに」とナホロスを持ち上げているセバスサンだが、さすがに大人しくしていた。
ナホロスを連れてきてもらったのは、別に首実験をしたかったわけでもなければ、「ざまぁみろ」って言いたかったわけでもない。
人質としての価値は無いが、一応こんなのでも王族だ。
なにかしら情報くらいは持っているんじゃないかと期待してのことだ。
「ねえ、ナホロス。今回の戦いで王国軍はどれくらいになった?」
「討伐軍は3000で、ほとんど全滅したのである。王都の守備と北への備えがだいたい1000から2000くらい残っているのである……!? なんで小生は、こんなことを喋っているのであるか!?」
「ナ、ナホロス様……なんということを……」
やはり【自白】のスキルは便利だ。
そして、このナホロスとセバスサンの反応。
初めてこのスキルを体験したときの僕とシャルティを思い出すなあ。
「ナホロス。最近、城で変わったことはない?」
「無いのである」
「じゃあ、ヴァルデマルについて知っていることは?」
「ヴァルデマルは生意気なのである。このナホロスが討伐軍の大将に手を挙げてやったというのに――」
「ああ、もういいよ」
「もういいとはどういうことであるか!! 大罪人の分際でしつれイタタタタタタタタタタタ」
懲りないヤツ……。
それにしても、こいつ、予想していた以上に何も情報持ってないな。
ベントットに腕を捻りあげられて悶絶しているナホロスは放っておくとして、となりで縮こまっているセバスサンはどうだろうか。
「セバスサンは……ヴァルデマルについてなにか知ってることない?」
「はっ。近頃、ノーズライグという男を重用しております」
いきなり知らないヤツの名前出てきた!
俄然、期待できるぞ。
「ノーズライグ、そいつは何者?」
「流れ者の研究者と聞いております」
「なにを研究しているの?」
「スキルの研究と聞いております」
スキルの研究……いったい何をしているんだ。
僕が次はなにを質問しようかと考えていると、ゲインが立ち上がってツカツカとセバスサンに歩み寄り、その胸倉をつかんだ。
「ゲイン!? なにを――」
「そいつ、地下にいるやつか!?」
「ひっ」
怯えるだけで答えないセバスサンに舌打ちし、ゲインが僕の方を向く。
※読まなくてもいいオマケです。
★次回予告★
どうも、エヴァルトです。
え? ヴァルデマルの奴なにやってんの?
ゲインはなんで怒ってんの?
ちょっとついていけない……。
次回、あにコロ『episode62 怒れる王』
ちょっとだけでも読んでみて!




