episode58 攻城戦①
(三人称視点)
アヴェールの古城から少し離れた丘に本陣を立てたザゴンネス将軍は、これから攻めるべき城を見て自らの目を疑った。
「あれは……本当にアヴェールの古城なのか?」
それはザゴンネス将軍が知るかつてのアヴェールの古城とは全く違う――周到に準備された軍事施設だった。
どう贔屓目に見ても、リザドやコボルで準備出来るような代物ではない。
間違いなくドワフもこの反逆に1枚嚙んでいる。
ここに来てザゴンネス将軍は、今回の討伐作戦の本質を勘違いしていたことに気づいた。
リザドやコボルごときが多少手を加えたところで廃墟は廃墟、兵の数で蹂躙すればすぐに決着が着く――そう考えていたのだ。
想定よりもずいぶんと厄介な状況であることを理解し、ザゴンネス将軍は頭を抱える。
まず第一に避けなくてはならない状況はなにか。
戦いが長引いたときに、食料が足りなくなることだ。
そう考えたザゴンネス将軍は慌てて王都へ伝令を出し、補給部隊の手配を要請した。
一方、丘の下に兵を並べて、突撃の指示を待っているのは副将のナホロスだ。
伝令から、ザゴンネス将軍が追加の補給を王都へ要請したと聞いて鼻で笑う。
「フン、この程度の小さな城を落とすのに慎重なことであるな」
「まさに、まさに、おっしゃる通りでございます。ナホロス様」
この男は今もなお、ザゴンネス将軍が討伐軍の大将で、自分が副将であることに納得がいっていない。
「ヴァルデマル王も見る目が無いのである。小生に任せていれば、もうあの城は落ちていたに違いないのである」
「まさに、まさに。ナホロス様であれば当然の結果でございます」
側付きであるセバスサンは、ただただナホロスを褒めちぎる。
それを真に受けて、ナホロスはどんどん調子に乗っていく。
「そうである。そうである。我が軍は3000、敵は多くても1000いるかどうか。戦とは数が多い方が勝つものである。なにをグズグズとしているのであるか」
つい先日、数の少ないコボル達に100名からなる中隊を蹴散らされた男とは思えないセリフだが、セバスサンはナホロスにそんな無粋なことは言わない。
「まさに、まさに。全軍で突撃すれば良いのでございます」
「そうである。そうである。やはりセバスサンはよく分かっているのであ……ん? あれはなんである?」
ナホロスは眼前に広がる河の向かい側に人影を見つけた。
人影は、2人、3人と増えていき、川辺になにかを設置している。
「せ、セバスサン! セバスサン! あれはいったい、何をしているのである?」
「ははっ! すぐに確認します故、しばしお待ちくださいませ」
ナホロスをなだめたセバスサンは、すぐにひとりの兵士を連れてきた。
「この者、スキル【千里眼】を持っております。これくらいの川であれば、反対側の様子を見るなど朝飯前でございます」
スキル【千里眼】は文字通り千里(約3900キロメートル)を見渡せる――とまではいかないが常人の10倍ほどは視力が高い。
セバスサンの指示で、兵士は川の反対側を覗き見る。
「ど、ど、どうであるか? なにかの兵器だったりしないであるか?」
さっきまでの威勢はどこへいったのか。
ナホロスは兵士の背に隠れながら、川向こうの様子を訊く。
「はっ。見えました!」
「うむ。申せ!!」
セバスサンの指示で、兵士は川向こうの様子を詳細に報告する。
「ははっ。あれは焚火の準備でございました。いまは、焚火の上に鉄板を乗せて、肉や野菜を焼いております」
「鉄板? 肉? 野菜? 焼いている?」
「ははっ。間違いございません! ああっ、あの男が右手に持っているのはもしかしなくてもビール!?」
兵士がじゅるりとヨダレをすする。
その報告を聞きながら、ナホロスは自分の手元を見た。
昼食に食べていた、カピカピのパンがひとつ転がっている。
だが、これは仕方ない。
王都からここまで、歩兵を含む3000人の軍を移動させるのに、なんと5日もかかっているのだ。
行軍においては、日持ちのする食料こそが正義である。
仕方がない……とは言え、当然ながら肉も野菜も食べたい。
出来ればキンキンに冷えたビールも飲みたい。
ナホロスは川を隔てて、あちらが天国、こちらは地獄という気分を味わっていた。
(ああ、小生も焼いた肉を食べたいのである。冷えたビールを一気に飲みたいのである)
小一時間が経過した頃、川の向かい側には100人近いの人影が溢れていた。
皆、肉を食い、ビールを飲み、愉快に踊っている。
ナホロスの視力でも、なんとなく騒いでいる様子は分かる。
風向きが変わったのか、肉の焼けた香ばしい香りが漂ってきた。
口の中に唾液が溢れだすのを止められない。
そんなナホロスの手元には、夕食だと渡されたカチカチのパンと、ドライフルーツが数点。
川向こうとの食糧事情の格差に、兵達の士気も落ちていく一方だ。
これが次の日も、その次の日も、さらに次の日も続いた。
生殺しにされ続けたナホロス達の頭の中は、すでに「肉」と「ビール」でいっぱいだった。
罰ゲームで爆発する寸前の風船くらいパンパンになっていた。
兵たちが我慢の限界を迎えたとき、戦いの火蓋が切って落とされる。
★次回予告★
小生が王族イチ容姿端麗で、王族イチ頭脳明晰なナホロスである。
肉、肉、肉、肉。ビール、ビール、ビール、ビール。
全部ザゴンネス将軍が悪いのである。
あんな城、さっさと落として王都に帰るのである。
次回、あにコロ『episode59 攻城戦②』
もちろん、読むのである。
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※読まなくてもいいオマケです。
★次回予告★
小生が王族イチ容姿端麗で、王族イチ頭脳明晰なナホロスである。
肉、肉、肉、肉。ビール、ビール、ビール、ビール。
全部ザゴンネス将軍が悪いのである。
あんな城、さっさと落として王都に帰るのである。
次回、あにコロ『episode59 攻城戦②』
もちろん、読むのである。




