episode53 王国の闇
(三人称視点)
ホビトの男、ゲインには『ロイン』という弟がいる。
ゲインは『何でも屋』などと名乗っているが、やっていることは追っ手が掛かっている訳アリの逃亡者を逃がして、法外な報酬を要求するアウトローだ。『何でも屋』よりも『逃がし屋』の方がハマる。
つい先日も、王都から逃げ出してきたお坊ちゃんを追っ手から逃がして、ミスリルの腕輪を巻き上げたばかり。
やり口は褒められたものではないが、仕事はキッチリ仕上げる男だ。
そんなゲインにさらに輪をかけた悪党が弟のロインである。
ロインが持つスキル【催眠】は、悪事を働くにはうってつけだった。
相手の目を見て命令すれば、言うことを聞いてくれるのだから、こんなに簡単なことはない。
ロインには矜持など無い。他人を利用して、楽に稼げればそれで良いと考えていた。
しかし、ロインはやりすぎた。
王都の外でやっている間は問題無かったが、調子に乗って王都に潜入して悪事を働いたのが良くなかった。
上手くいったのは、ほんの2、3件。
すぐにロインは捕まり、王都の地下牢へと投獄されてしまった。
ヒュム以外の人種が地下牢に投獄さたら、数ヵ月も経たないうちに獄中死すると相場が決まっている。
兄弟であるゲインから見てもクズと言わざるを得ないロインだが、それでもゲインにとっては血の繋がったかわいい弟だ。
地下牢から救い出せるとまでは思えないが、せめて最期に弟の顔を見ておきたい。そう考えたゲインは、自らのスキル【幻視】を駆使して王城の地下へと忍び込んだ。
そこで彼は、見てはいけないものを見てしまった。
ゲインが地下牢で弟を見つけるのは、そう難しいことではなかった。
なぜなら、そのとき地下牢の中でも一番大きな牢で、ノーズライグの実験が行われていたからだ。
もちろん実験体はロインだ。
「立ち上がれ」
ノーズライグがロインに命じると、虚ろな目をしたままロインが立ち上がった。
「目の前の男を殺せ」
ロインの前には、見るからにガラの悪い大柄な男が手足を縛られていた。
おそらくこいつも地下牢に投獄された罪人なのだろう。
ロインは目の前に立っている男の目を見つめる。
「おい、やめろ! やめ――うおおおおおぉぉぉぉぉ」
男は縛られたまま暴れ出した。
ロインのスキルが発動したのだろう。
しかし、これはゲインが知っている【催眠】とは全く別のスキルに見えた。
「ふははははははは!! 素晴らしい!! これほど順調に研究が進むとは。怖いくらいだ」
ノーズライグは、ぼんやりと立っているロインと、首をかきむしりながら息絶えた男を交互に見て、気持ちよさそうに笑っていた。
一方、少し離れたところからこの光景を見ていたゲインは、状況を飲み込めずにいた。
ゲインは兄として、強情でプライドの高い弟の性格はよく分かっているつもりだ。
例え投獄されて命が危険にさらされようとも、ヒュムに命じられるがままスキルを使うような男ではない。
そもそもあのスキルは一体だれのものなのか。
弟の様子も明らかに異常だった。
目に意志の光はなく、憎まれ口のひとつも発しない。
あれは弟の姿をした別のナニカだ。
まるで【幻視】を見せられている気分だった。
――ギギッ
ゲインは近くに置いてあった椅子に触れてしまった。
スキル『幻視』を使って姿を隠していたが、このスキルは音を誤魔化すことが出来ない。
普段なら、こんな凡ミスをするゲインではないが、弟の変わり果てた姿に動揺してしまった。
「誰だ!!」
ノーズライグが音のした方へ近づく。
すでに人の気配は無い、だが地下牢の入り口の仕掛けが動いていることにノーズライグは気付いた。
ここに人が忍び込んでいたことは疑いようがない。
間もなく、王都に検問が敷かれた。
ゲインはなんとか王都から脱出することに成功したが、すぐに追っ手から追われることとなる。
★
「ここがアヴェールの古城……見違えたな」
なんとか逃げ延びて、目的地であるアヴェールの古城へとたどり着いたゲインは、あまりにも様変わりした城の様子に度肝を抜かれた。
ホビトは定住しない移動型民族だ。
今でこそ独りで『逃がし屋』などやっているゲインも、子供の頃は家族と一緒にトリスワーズの様々な場所で生活していた。
アヴェールの古城も10年くらい前に、この近くでテントを張って生活していたことがある。
その頃は荒れ果てた廃墟といった佇まいだったはずだ。
だが、今のアヴェールの古城は立派に防衛要塞となっている。
古城の中では、リザドとコボルが更なる改修を進めていた。
(リザドとコボルが、王国と衝突しているという話は本当だったのか)
少し前にリザドの村が王国兵によって蹂躙され、コボルの村では王国軍の中隊とコボルの小競り合いが発生した、という噂話をゲインは耳にしていた。
とはいえ、噂話というものは往々にして誇張されて伝わってくるものであり、鵜呑みにするのは愚か者がすることだ。ゲインも当然、話半分に聞き流していた。
しかし、この防衛設備を見ると噂の信憑性がグッと増す。
リザドとコボルが協力して、これほどの防衛設備を整えなくてはならない状況となると、王国軍への対策以外に考えられないからだ。
つまり、彼らにとって既に王国軍は目の前にある脅威ということ。
(それにしても、これほどの数のリザドとコボルをまとめるのは決して楽ではないはず。格を考えれば大戦の英雄でもあるマタリがリーダーか……。一度、会っておくのも悪くない)
ゲインはスキル『幻視』でリザドの姿になり、近くにいたコボルの男に話しかけた。
コボルの姿にならないのは、別のコミュニティからきたと思わせた方が、お互いの顔を知らなくても不自然ではないからだ。
「なあ、マタリ長老はどこにいるんだ?」
「ん? 長老ならまだ村だと思うが、なにか用か?」
「いや、いいんだ。これから世話になるから、ちょっと挨拶をしとこうかと思ってな」
そう言うと、コボルの男は一瞬驚いた顔をして、険しい目つきになった。
「あんた、リザドの村のやつじゃないな? どっから来た?」
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※読まなくてもいいオマケです。
★次回予告★
よぉ! 元気にしてるか? 俺はホビトのゲイン!
久しぶり過ぎて忘れたぜって読者はepisode8を読み直してくれ。
俺がいなきゃエヴァルトはとっくに捕まってるぜ?
次回、あにコロ『episode54 緊急伝令』
ちょっとだけでも読んでみて!




