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episode48 四分の一


「ヒュムがなにをしにきた」



 予想はしていたけれど、明らかに歓迎されていない。

 この「なにをしにきた」だって、抑揚のニュアンスが質問じゃなくて「とっとと出ていけ」って感じだもん。


 雲を抜けた先には、つり橋が掛かっていた。

 その入り口には40代くらいのハピラの男が立っていた。


 彼はこのつり橋の門番で、この先にハピラの住処があるのだろう。



「うしろにいるのはサラーマだな。ここを出て行ったお前が、まさかヒュムを連れて戻ってくるとはな……。恩を仇で返された気分だ」

「サラーマは悪くないんです。僕たちが案内を頼んだだけで――」



 矛先がサラーマに向いた。

 慌てて弁解しようとした僕をさえぎるように、シャルティが前に出てきた。



「……私は、シャルティ=ランガスト。……母は、レイナス。……祖母に、会いにきました」



 シャルティは首に下げたウッドリングを取り出して、門番の男に見せる。



「この文字はたしかにハピラの古代文字。それにレイナスとは懐かしい名だ。ならば会いにきた祖母というのはルノラ婆さんのことか」



 シャルティが同族の身内だと分かり、敵意のカタマリのようだった門番の男の態度が、明らかに柔らかくなった。



「そうか。残念だが、ルノラ婆さんは去年亡くなったよ」

「……そう、なんですね」

「レイナスは元気にしているのか?」

「……母も、3年前に」

「そうか。それは悪いことを聞いてしまったな……。ちょっとそこで待っていろ。会わせたいやつがいる」



 男は一度つり橋を渡ると、数分後に戻ってきた。

 後ろには僕やシャルティと同じくらいの年頃の女の子がいた。



「こいつの名はルチア。この子もルノラ婆さんの孫だ。つまり、君の従姉妹いとこってことになるな」



 ルチアと呼ばれた女の子は、ハピラにしては少し翼が小さいにように見えた。

 彼女は、栗色のポニーテールを揺らしてシャルティに話し掛ける。



「あなたがシャルティ? ふーん。見た感じはどこからどう見てもヒュムなのね。あなた翼は?」

「……翼は、無いわ」

「そう。まあいいわ。私はルチア。ハピラとヒュムのクォーターなの。4分の1がヒュムの血。私たちのおじいちゃんの血よ」

「……私は、シャルティ。……おじいちゃん、どうしてるの?」

「さあね。大戦でおばあちゃんと離ればなれになってからは、行方知れずって話よ。私も会ったことないわ」

「……そう、なのね。……ルチアのご両親、元気?」

「元気よ、元気。元気すぎて困っちゃうくらい。私だってもう17歳よ。いつまでも子ども扱いされてちゃたまんないわ」

「……それは、良かったわ」

「良くないって話をしたつもりだったのだけど?」

「……ふふふ、ごめんなさい」



 ルチアはとても普通の子だった。

 祖父母と両親に囲まれ、窮屈さを感じながらも幸せに生きてきた女の子。


 将軍の娘として育てられ、母に続いて父まで失ったばかりのシャルティには眩しく見えたかもしれない。


 少なくとも、僕はルチアを羨ましいと思った。



「こんなところで立ち話もなんだし、うちに来ない?」

「おいおい、ルチア。シャルティだけならまだしも、ヒュムを入れるのは許可できんぞ」

「おじさんは頭が固いのよ。シャルティのいい人を、こんなところに放置しておけないでしょ?」



 いい人!? どうやらルチアは、僕とシャルティの関係を誤解しているようだ。



「僕とシャルティはそんな――」



 またしても、慌てて弁解しようとした僕を制するように、シャルティが僕の手に指を絡ませ、そっと握ってきた。


 これは恋人たちが手を繋ぐときのアレじゃないか!?

 心臓がバクバクと脈打つ。


 シャルティ、これはどういう!?


 さらに、シャルティは横から、僕の顔に唇を近づけてくる。


 近い、近いよ。シャルティ。

 みんなが見てるから。


 チューは、また二人きりのときに――。



「……いい人の、振りする。……中に、入れそう」



 周りに聞こえないよう、静かに耳打ちをされた。



「なんだ、お前たちはそういう関係なのか。翼はついで無ければならないからな。 そういうことなら、まあ」



 翼は二枚で対。つまり夫婦となる男女は常に共にあれ、ということか。


 門番の男は、仕方ないといった素振そぶりで、僕たちをつり橋の先へと通してくれた。



「それで、本当の目的はなに? まさかおばあちゃんに会うためだけに、わざわざこんな高い山を登ってきたわけじゃないわよね。賞金首のエヴァルトさんと、シャルティさん?」



 ルチアの家に通された僕たちは、手配書を突き付けられた。



「ここの人間のほとんどは、山の下のことになんか興味が無いから、おじさんは気付いてないと思うけど。うちじゃ、この手配書を見て大騒ぎだったわ。母なんか姪っ子が賞金首になっちゃったって卒倒しちゃったんだから。私たちは会ったことのない従姉妹だけど、家族で心配してたのよ」

「……ルチア、ありがとう」



 初めて会った従姉妹が、自分のことを心配してくれていたことを知り、シャルティが静かに涙を流した。


 なんて素敵な関係だろう。

 そして僕は、自分の兄を、姉を、従兄弟を思い出して、暗い気持ちになった。


 なんでこんなに違うんだろう。



「それで……なにがあったの?」



 僕たちは、ルチアにこれまでのことを話した。


 兄に殺されかけた僕をシャルティが救ってくれたこと。

 そのときにシャルティの父であるグロン将軍が命を落としたこと。

 クローネという女性の救けで、ここまで無事でいられたこと。

 そのクローネが生死の境目にいて、ハピラの力を借りたいこと。


「本当に全部、この数日の出来事なの!? 信じられないわ」

「……私も、そう思う」

「そのクローネって人を助けたいのね。大長老のスキルならどうにか出来そうな気もするんだけど……」



 ルチアが気まずそうに言葉を濁した。



「なにか問題があるの?」

「大長老は、もう100歳を超えるおじいちゃんなの。最近じゃスキルを使うのもきついみたい。山を下りるなんて無理なのよ」




 それは、確かに無理そうだ。


―――――――――――――――――――――――

※読まなくてもいいオマケです。


★次回予告★

 どうも、エヴァルトです。

 100歳を越えても生きてる人っているんだね。

 城に来てもらうのは無理そうだけど、なにか良い方法が無いかな。

 次回、あにコロ『episode49 心を繋ぐ』

 ちょっとだけでも読んでみて!

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