episode47 悪の所業
(三人称視点)
王城には地下牢がある。
王都や、その周辺で悪事を働いた犯罪者を閉じ込めておくためのものだ。
不衛生で食事もほとんど与えられないため、病死、餓死といった理由で、そのまま命を落とすものも珍しくない。
そんな地下牢の中で、最も大きい牢は今、ノーズライグの研究室になっていた。
いまは国王となったヴァルデマルから、研究費と人体実験の許可をもらったノーズライグは、昼も夜もなく実験を続けている。
この地下牢という場所は、待っているだけで実験体となる犯罪者が次々と運び込まれてくる、ノーズライグにとって最高の環境だった。
そしてまた、新たな実験体が研究室へと運び込まれる。
「ここは、どこだ? 俺はなぜ寝かされているんだ? これは鎖? おい! なんだこれは!! 誰かいないのか!?」
「おや、目を覚ましましたか」
「だ、誰だ!? どこにいる!?」
硬い石材で作られた台に、ホビトの男が両手足を鎖で縛られた状態で寝かされていた。
台から離れたところで実験の準備をしているノーズライグの姿は、彼からは見えない。
口調は強気だが、目を覚ましたら手足を縛られていて、犯人の声だけが聞こえる状況に怯えているのは明白だ。
すぐ隣にも実験体のヒュムが寝かされているのだが、気づく様子もない。
恐怖で注意力が散漫になっている証拠だ。
「どうせ忘れてしまうのですから、私の名など訊いても無意味ですよ」
「どうせ忘れる? なにを言っているんだ!? くっ! この鎖を外せ!!」
「あなたの名はロイン。人種はホビトで、スキルは催眠。間違いないですか?」
「知るか! 外せ! ボケ!! 誰だてめぇは! 顔を見せやがれ!!」
ホビトの男は、手足を縛る鎖をガチャガチャと鳴らして暴れている。
ホビトが使う精神型のスキルの多くは、相手の五感を通して脳に作用する。
事前に聞いた情報によると、この男が使う催眠は発動条件として対象の目を見る必要があるらしい。
もちろん、ノーズライグは目どころか、男に姿すら見せるつもりはない。
暴れ疲れた男は、ようやく隣にも人が横たわっていることに気づいたようで、必死に声をかける。
「おい! あんた、大丈夫か!?」
「…………」
「まさか、死んで……?」
隣の男は一切反応しない。
ピクリとも動かない。
ホビトの男が死んだと誤解しても仕方なかった。
事実のみを言えば、まだ隣の男は生きている。
微弱だが心拍はあるし、微かに呼吸もしている。
生命活動はあるが自発的に動くことが出来ない存在だが、生命の定義としては『生きている』と言える。
「さあ、そろそろ始めましょうか」
ノーズライグが、ゆるゆると男の頭の方に近づいていく。
「おい! 来るな! 何をする気だ!? 来るなって!!」
男はこれまでより一層激しく暴れている。
ガチャガチャと鎖の触れ合う金属音が、石造りの研究室に響く。
ノーズライグの右手が、ホビトの男の頭に触れる。
さらに左手は、隣の男の頭に触れている。
「ふん」
ノーズライグが力を籠めると、男の体がビクン、ビクンと大きく2度跳ねた。
「あっ、あっ、あっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
口から漏れ出てくる声は、もう言葉になっていない。
数秒後、ホビトの男は静かになった。
微弱な心拍、微かな呼吸。
ここまでは、これまで実験してきた結果と変わらない。
人の脳からスキルを司る部分を切り取ると、一切の例外なく脳死状態になる。
数日前、ノーズライグがヴァルデマルと謁見した際に見せた『火を吐くネズミ』は、こうして切り出した人の脳をネズミに移植して作ったスキルアニマルだ。
もともとスキルを持たない動物では成功したが、スキルをすでに持っている人への移植は失敗した。
10件中10件、すべての実験において移植された実験体が死亡したのだ。
では、脳を切り取られて脳死状態になった実験体に、別の実験体の脳を移植するとどうなるのか。
今日の実験はそういうものだ。
つまり、注視すべきはホビトの男ではなく、隣にいるヒュムの男だ。
先ほどまでピクリとも動かなかった男の目が、ギョロギョロと右へ左へ動いている。
これは新たな発見だ。
ノーズライグは興奮を抑えられない様子で、皮紙に男の様子を書き込んでいく。
自発的な動きを確認するため、手足の鎖を外してみる。
もちろん、実験体が逃げ出すようなことがないよう、牢の入口にはしっかりとカギをかけてある。
「…………」
しかし、男はそれ以上は動こうとしなかった。
ノーズライグは羽根ペンで男に触れてみる。
やはり反応はない。
「ふむ。失敗ですか。眼球が動いたときには奇跡よ――おっと」
――カラン
羽根ペンか手から滑り落ちて、石の床に転がった。
ノーズライグは腰をかがめ、落とした羽根ペンを拾いながら、言葉を続ける。
「――起きろ、と念じておいたのですが。そう上手くはいきませんね」
羽根ペンを拾い上げ、体を起こしたノーズライグの目の前には、信じられない光景が広がっていた。
さきほどまでピクリとも体を動かさなかった男が、体を起こしていたのだ。
「おお! おおお!! 奇跡が起きましたか。しかし、急にどうして?」
男から返事はない。
ただ、寝ていたときと同じように目を左右にギョロギョロと動かすだけだ。
「さてさて。こういうときは、もう一度同じことを繰り返して反応を見てみましょう。まずは羽根ペンで触れてみる」
ノーズライグは羽根ペンでサワサワと男の身体を触る。
しかし、反応はない。
「つぎはこの羽根ペンを落とす」
――カラン
さっきは羽根ペンをすぐに拾おうとし、男から目を離してしまった。今回は男から目線を切らずに羽根ペンを拾い、様子を観察する。
しかし、反応はない。
「ふぅ。これでもありませんか。他に考えられるのは……奇跡が起こることを願ったくら……い」
ノーズライグの頭に仮説が浮かんだ。
「寝ろ」
ノーズライグが男に命令する。
男の目が、ギョロリとノーズライグの方を向いたかと思うと、静かに横になった。
「ふふ、ふはは。ふははははははは!! すごい! これはすごい発見だ!! きっと陛下もお喜びになる!!! つぎはスキル、スキルだ。スキルを使えるか確認しなくては!! 実験体、実験体を追加して! それから――!!」
地下牢に響くノーズライグの笑い声。
この実験がうまく行けば、従順に命令のみを遂行する兵士を作り出せる。
この後、ヴァルデマルの野望は急速なスピードで動き出すこととなる。
―――――――――――――――――――――――
※読まなくてもいいオマケです。
★次回予告★
ノーズライグと申します。
実験は順調でございます。これからが楽しみですね。
つぎはエヴァルトたちの話に戻りますよ。
次回、あにコロ『episode48 四分の一』
もちろん、ご覧になられますよね。




