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episode46 雲上の地


「あー、なるほど。なるほど。雲の上ってそういうことねぇ」



 結局、サラーマに入れ替わってもらって、あらためて説明をしてもらった。


 アヴェールの古城からも見える、トリスワーズで最も高い山『ヨンリンドマウンテン』は、その頂上が雲の上に隠れている。


 頂上どころか、全体の3分の1くらいは雲の上だ。


 そこにハピラが住んでいるということらしい。


 正直に言えば、とても人の住めるような場所ではないのだが……おそらくスキルでどうにかしているのだろう。



「つまり……あの山を登らなきゃ、ってことなのね」



 ドワフの谷を目指したときも山登りは大変だったけど、ヨンリンドマウンテンはその比ではない。舐めてかかったら死ぬやつだ。


 逆に考えれば、秘密主義のハピラたちが隠れ住む場所としては絶好ともいえる。


 あんなところに住んでるって言われたって信用できないし、わざわざ確かめに山を登るのもしんどい。


 僕だって、ダイサツとサラーマが言うことじゃなければ信じてない。



「あとは誰が行くか……だな。まずは僕でしょ、それからサラーマたち」

「……私も、行く。……ハピラも、私のルーツ」



 シャルティの母親はヒュムとハピラのハーフだった。

 つまり祖父か祖母にあたる人にハピラがいる、ということだけど、大戦後生まれのシャルティは、きっと会ったことがない。


 王都はヒュム以外の人種の立ち入りを厳しく制限しているからだ。

 ハピラ100%の人が王都に入ることは簡単ではない。


 ちなみに半分以上ヒュムの血が入っていればヒュムとして扱われるので、母親は王都で一緒に住んでいたはずだ。


 父も母も失い、王都に戻ることも出来ないシャルティにとって、ハピラの住処に行くことは、血の繋がった家族と会えるかもしれないチャンスだ。


 かと言って、僕が留守番するのもなあ。

 クロ姉を助けたいって言いだしたの僕だし。


 ――ドタドタドタドタドタドタ


 足音が響く。ひとりじゃない。十数人はいそうだ。

 バタンッと扉が開き、見慣れたベリーショートの金髪が部屋に飛び込んできた。



「よお! ゲシュタルト!! 元気にしてたか!?」

「なんか崩壊しそうだからやめてくれ、ベントット」

「ここの城の改修に人が要るって聞いたからよ、仲間連れてきたぜ」

「ナイスタイミングだよ、ベントット! ちょっと話があるんだ……かくかくしかじか」



 僕はベントットにクロ姉が倒れたこと、ハピラならもしかしたら助けられるかもしれなこと、今すぐにでもハピラのところへ向かいたいことを伝えた。


 クロ姉が未来のシャルティだったことは、伏せておいた。

 この状態でそんな話を聞かされても混乱するだけだろうから。



「そんな、バカな!! ちょっと前までピンピンしてたじゃねぇかよ!?」

「僕たちがドワフの谷から帰ってきたときには……」



 僕とベントットは、ベッドで小さく寝息を立てているクロ姉を見る。



「お前らが留守のあいだ、この城も、クロ姉も、オレが全部まとめて面倒みてやる。だからお前は絶対にハピラを連れてこい」



 ベントットが強いまなざしが、僕の目を射抜く。

 本当に頼りになる男だ。



「分かってる。絶対にクロ姉を救うんだ!!」



      ★


 ヨンリンドマウンテンの厳しさは想像を絶するものだった。

 靴に【重力操作】をかけて周囲の重力を軽くしたから余裕だと思っていたのだが、草木の無い岩肌を滑らないように歩いていくのは神経が磨り減る。


 あと寒い。めちゃくちゃ寒い。

 結構な厚着をしてきたつもりだけど寒い。



「ねえサラーマ」

「我はサラーマではナイ」



 ずっとサラーマが道案内してくれていたのに、いつの間にかダイサツに入れ替わっていた。



「サラーマは寒いから隠れタ」

「……サラーマ、ズルい。……私も、寒いのに」

「僕も寒い」

「我も寒いのダガ……」



 自分も寒いと言いながら、サラーマと交代するわけでもなく、ダイサツとサラーマの力関係が垣間見える。


 雲の中に入ったのだろうか。

 辺りが一面白いモヤに包まれている。


 モヤの先に、薄く山肌が見えている。

 僕は、これまで以上に足元に気をつけて歩いていく。


 ヨンリンドマウンテン、なんて危険な山なんだ。

 帰りのことを考えると、今から憂鬱な気持ちになる。


 あれ? そういえば――。



「ハピラも山をくだることあるよね?」

「もちろんダ。いろいろと買い出しに行ってイル」

「毎回、ここを登ったり下ったりしてるの? めちゃくちゃ大変じゃない? てか、命懸けじゃない?」

「ハピラは翼があるカラ。登りは上昇気流がある時間に風に乗っテ、下りはいつも滑空してイル」

「……マジか。そんなこと出来るんだ。ハピラ凄いな」



 そりゃハピラはここに住むよ。

 ほかの人種と比べて、アドバンテージが大きすぎる。


 いまさらだが、ハピラは背中に翼を持っている。

 鳥とは違って翼の力だけでは飛べないが、気流に乗れば浮くことは出来るらしい。


 シャルティにもハピラの血が入っているけど、背中に翼の名残りとかあるんだろうか。


 気になるから訊いてみ――と思って横を見ると、無表情なシャルティと目が合った。


 シャルティの目が「余計なことを言うなよ」って言っている気がする。


 うん、やめておこう。

 こんなところで命を危険に晒す必要はない。


 ダイサツとサラーマの力関係が、とか他人ひとのことを言える立場じゃなかった。


 いや、立場としては僕の方が上のはずなんだけど。

 人間関係ヒエラルキーって不思議だ。



「翼の手入れは大変らしいゾ」

「あー。それはそうかも。背中の翼って腕とか届かないよね。どうやって手入れするんだろう」

「それは手伝ってもらうしかないダロウ」

「やっぱそうだよね。助け合わないと生きていけない関係……か」



 もちろんハピラに限らない。人はみんなそうだ。

 無償で助け合うか、お金で売買するかの違いだけで、他人に頼って生きている。



「……雲を、抜けた」



 シャルティが言う通り、辺りのモヤが薄くなっていた。



 僕たちは『雲の上』に着いたのだ。


―――――――――――――――――――――――

※読まなくてもいいオマケです。


★次回予告★

 我の名は、ダイサツ。

 サラーマにはなぜか逆らえナイ。同じ体のはずナノニ。

 そういえば、この山から離れると決めたのもサラーマだったナ。

 次回、あにコロ『episode47 悪の所業』

 つぎの話も楽しみダナ

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