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episode44 風前の灯

(三人称視点)


 エヴァルトがドワフの谷へと出発して2日後。

 この日の夜も、クローネは屋上にいた。


 星と月の灯りに照らされたクローネは、外庭そとにわに転がっていた木の棒を杖替わりにして、ヨロヨロと歩いていた。



「こんな姿をあの子たちに見られなくて、本当に良かった」



 クローネの呟きが、星空に吸い込まれていく。

 この城にいるのは、クローネのほかにはダイサツとサラーマだけだ。



「ごめんね、王子様。あなたの帰りを待つ余裕は……もう無いみたい」



 エヴァルトが向かった方角にある夜空。見上げたクローネの頬に涙がつたう。

 ひと筋では収まらず、ボロボロと涙がこぼれていく。



「こんな泣き顔も、見せずに別れられて本当に良かったわ。絶対ブサイクだもん」



 クローネは夜空に背を向けて、城内へと戻っていく。


 ほんの2日前に交わした約束を果たすことが出来ないわが身をのろいながら、人生最期の仕事を終わらせるために。



      ★


『クローネの手記』


 私の命は風前のともしびだ。

 おそらく、エヴァルト殿下が戻ってくるまで持たないだろう。


 自分の寿命のことは、自分がよく分かっている。


 贅沢はことは言えない。


 本当なら1年以上前に尽きていたはずの命だ。

 ここまで生き長らえたことが奇跡なのだから。


 エヴァルト殿下と星空の下で交わした約束は守れそうにない。

 私が話したかったことを、思うままにつづっておくことにする。



 私の本当の名前は、シャルティ。

 シャルティ=ランガストだ。


 信じられない話だとは思うけど、私は12年後の未来からここへ来た。



 あの日、殿下と共に王城を脱出して、12年のあいだトリスワーズの国内を逃げ回った。


 国外に脱出することも考えたが、状況がそれを許さなかった。


 北のホワイトリベットは王都に近く、警戒が厳重で国を抜ける前に見つかってしまう可能性が高い。


 南のグレンジ公国はエルフの森に阻まれていて、ヒュムは森に立ち入ることが出来ない。


 西のシトロプ山脈を越えた先にあるグランドダラム教国は、ヒュムを支配人種と定めた人種主義を是とするシュルヴァン教の国だ。

 私がハピラとのクォーターであることがバレたら、どのような扱いを受けるか分からない、と殿下はおっしゃった。


 殿下だけでグランドダラム教国へ行く方法もあったが、私を置いては行けない、と優しく、しかし強い意志で断られた。


 私のスキルが発現し、少しの間だけ時間を止められるようになったことで、多少の追手からは逃げることが出来た。


 その事実が「このまま国内を逃げ続けていても、なんとかなるだろう」と楽観的に考えるようになった原因かもしれない。


 さらに逃げ回って10年目、殿下のスキルが他人のスキルを奪う能力であることが分かった。


 もし殿下が、なりふり構わず、他人のスキルを奪って回るようなお人であれば未来は変わったかもしれない。


 しかし、殿下がこのスキルを使うことは、ほとんど無かった。



「無能と呼ばれてきた自分が、勝手な都合で他人のスキルを奪うことは出来ない」と、いつも言っていた。



 そんな殿下を、私は愛していた。


 結果的に、殿下と私は、大軍で包囲網を敷いたヴァルデマル王に追い詰められ、彼の凶刃に倒れることとなった。


 あのとき、私も一緒に死んだと思った。


 私の【時間操作】のスキルが暴走したのだろうか。

 目覚めると、私は13年前のトリスワーズに倒れていた。


 殿下が成人されたその年、ランヴァルス陛下がヴァルデマルに殺される1年前。


 あの凄惨な事件が起こらない未来を祈った。

 時間を止めて、王城にいるエヴァルト殿下と、昔の自分を見に行ったこともある。


 都合のいい祈りを天に捧げながら、いざ2人が王城から逃げてきたときに助けるための準備を進めた。


 そこから先は、殿下も知っているとおり。

 マスカレードマスクを被った謎の女として、2人を支えてきたつもりだ。


 久しぶりに見た殿下は、まだまだ幼かった。

 同時に、私が愛した幼馴染の殿下はもういないのだと思い知らされた。


 若い殿下と、過去の私。

 2人を未来へと導いていくことが、私がここで果たすべき使命だと確信した。


 ベントット、モーカレラ、マタリ長老、ゴダーン村長、ダイサツとサラーマ。

 素敵な人たちと出会い、この数日で殿下は見違えるほど立派になられた。


 人種を越えた、人と人との繋がりを大事にされるようになった。

 なにより、人のために自分がこの国を変えたいという気持ちを持たれた。


 私がいなくても、殿下は目的のために自ら考えて、動くことが出来るだろう。


 もう思い残すことは無い。



 そう思っていた。


 アヴェールの古城に向かう前から、私はもうスキルが使えなくなっていた。

 時折、強い眩暈めまいに襲われるようにもなった。


 きっと、時間移動などという人の手に余る奇跡を起こしたことで、寿命を大きく失ったのだと思う。


 その頃から、だんだん終わりが近づくことが怖くなった。


 2人ともっと一緒にいたい。


 これから殿下が進む道を、最後まで見届けたい。


 殿下が目指す未来の先に、私も立っていたい。


 想いはどんどん強くなっていく。

 それをあざ笑うかのように、身体は思うように動かなくなっていく。


 死にたくない

 死にたくない

 死にたくない

 死にたくn


―――――――――――――――――――――――

※読まなくてもいいオマケです。


★次回予告★

 はーい! クローネ、もといシャルティよ!

 本編ではもう、意識が無いみたい。

 昔のシャルティと雰囲気が違いすぎるって?

 バレないように1年かけて必死でキャラを作ったのよ。

 次回、あにコロ『episode45 頼みの綱』

 この国の行く末を見届けて……。 

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