episode40 形見の剣
――カン、カン、カン
金床とハンマーがぶつかる音が、谷に響いている。
――ゴト、ゴト、ゴト、ゴト
リアカーで鉱石を運んでいるドワフとすれ違った。
やや背が低めで丸くて大きな団子鼻が、ドワフの特徴だ。
「うわぁ♪ とっても賑やかなぁ、ところなんだねぇ」
「……王都より、うるさいくらい」
確かに。と心で頷いた。
もちろん、人口にしても広さにしても、王都の方が圧倒的に大きいことは言うまでもない。
しかし、そんなこととは関係なく、この谷は活気が溢れていた。
「あの、さ。実は、ドワフの谷に着いたら行きたいところがあるんだ」
「うん、知ってるよぉ♪ ちくちくのたくみぃ? に会うんでしょぉ」
「……ちくちく、痛そう」
建築の匠のことだよね。
ちくちくってなに? さすがにわざとだよね。
もしかして、真面目に注意したら恥ずかしいやつなのでは?
色々と頭を悩ませた結果、僕はちくちくには触らないことにした。
巻き込まれてスベるのはゴメンだ。
「――鍛冶屋に行きたいんだ」
僕は道のわきに移動して、腰に下げた剣を2人に見せた。
「わぁ♪ キレイに欠けてるねぇ」
「……ダイサツと、戦ったときの」
「硬質化したダイサツの身体に弾かれときに、欠けちゃったんだよ。成人のお祝いでグロン将軍から貰ったものだからね。出来れば叩き直して使いたい」
「ねぇ、ダイサツってだあれぇ?」
グロン将軍の名前が出て、少しだけしんみりとした空気になる。
僕を守るために命を落としたシャルティの父親。
僕にとっても第二の父だった。
父王の仇であり、グロン将軍の仇でもあるヴァルデマルは、必ずこの剣で討ち果たしたい。
「ねぇ、ねぇ。ダイサツってだあれぇ? グロン将軍ってだれなのぉ? おーしーえーてーよぉ」
自分だけ話についていけなくて、モカがプリプリしていた。
シャルティが、慌てて説明をしている。
今のうちに、鍛冶屋に行っておこう。
僕はシャルティに「ちょっと行ってくる」とジェスチャーで伝え、ハンマーの小気味よい音が響く鍛冶屋へと入った。
「へい、らっしゃ――。おおお、ヒュムとは珍しい客が来たもんだ。王家の使者……にしちゃあ、みすぼらしい格好だな」
赤黒い肌で頬にキズを持ち、やはり丸くて大きな団子鼻の刀鍛冶のオヤジがカウンターに立っていた。
「僕はただの旅人ですよ。王家からも武器を買いにくるんですか?」
「ん-、たまにな。大戦が終わってめっきり注文数は減ったが、無駄に値の張る煌びやかな剣を買いに来るんだ。お得意さんにこういうのもなんだけどよ、あいつらは武器を美術品かなんかと勘違いしてやがるな」
そういえば、と王城のギャラリールームを思い出した。
祖父から受け継がれてきた家宝の武具に加え、父が買い集めた立派な武具が飾られていた。
金造りの鞘に無数の宝石があしらわれた……たしか『七宝剣』という名の剣が父の、大のお気に入りだった。
子供の頃、キラキラした鞘がとても格好良く見えて。
ちょっと触ったら、父から「指紋がつく!」とドチャクソに怒られた苦い思い出だ。
「今日は剣の修理をお願いに来たんです」
そういって、僕は形見の剣を取り出した。
「あちゃー、兄ちゃん。こいつは派手にやったねぇ」
刀鍛冶のオヤジは、剣を右から、左から、舐めるように見て唸った。
「ダメですか?」
「まあ、直せないこともないけどよ。買い直した方が安いし早いぜ」
オヤジの提案に、僕は静かに首を振った。
この剣に替えは無い。
僕は鍛冶屋に剣を預けることにした。
オヤジもなにやらワケアリと察したのか、何も言わずに修理を請け負ってくれた。
店を出るとシャルティとモカが待っていた。
「お待たせ。じゃあ、匠のとこ行ってみよっか」
僕たちは笑顔で、建築の匠『モンセノー』の下へと向かう。
その笑顔が消えるまで、あと30分。
★
「なんじゃ、まだ終わっとらんのか? トロいのぉ」
ほかのドワフよりもガッシリした体つきのドワフが悪態をつく。
もっさりとした白髭が口の周りを囲んでいる。
彼が、建築の匠。モンセノーである。
そんなモンセノーを訪ねた僕たちは今、彼の家を隅から隅まで掃除させられていた。
「ほれ、そこの黒髪。おまえさんはタバコを買ってきとくれ」
「……はい、わかりました」
「おい、赤髪。おまえさん、マタリの孫ってのは本当か?」
「そうだよぉ♪ モカのおじいちゃんはマタリだよぉ」
「ヤツはまだ生きとんのか!? かあーーっ! しぶといジジイじゃ」
しぶといのはおまえもだろ、とツッコミたいのをグッと堪えて、無心に床を拭く。
僕たちはモンセノーに古城の改修を依頼した。
彼はイエスとも、ノーとも言わず「家の掃除をしたら考える」とだけ告げて、ソファーで居眠りを始めた。
仕方なく、僕たちはこの家の掃除を始め、今に至る。
「さてさて、次はなにを頼もうかのぉ」
え!! 掃除だけじゃないの!?
僕とモカの顔から、表情が消えた。
そして、その日はそのまま夜まで働かされた。
「それで、古城の改修は……」
「そうじゃのぉ、やってやらんでもないが、条件がある」
「えぇぇ、ズルいよぉ。モカたちぃ、お掃除とかぁ、お料理とかぁ、お洗濯とかぁ、一生懸命頑張ったよぉ」
「なにを言うとるんじゃ。あれは依頼を受けるかどうか考えるための条件じゃろ。お前たちの頑張りに免じてちゃんと考えてやって、依頼を受けるための条件をこれから伝えるっちゅうことじゃ。なんもズルいことは無かろうが」
「うううぅぅぅ」
モカは何も言えなくなり、部屋の隅っこで丸くなってしまった。
屁理屈のようで、ちゃんと筋は通っているから手に負えない。
「分かりました。それで……条件はどのようなものでしょうか?」
「うむ。ワシを腹の底から笑わせろ」
「へ?」
「じゃから、ワシを爆笑させられれば、依頼を受けてやると言うておるんじゃ」
「笑わせればいいんですか?」
「ただ笑えばいいんじゃないぞ。大爆笑じゃからな」
こうして、僕たちと巨匠の闘いの火蓋が切られた。
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※読まなくてもいいオマケです。
★次回予告★
どうも、エヴァルトです。
笑わせれば勝ち、笑わせれば勝ち!
あれ? 人を笑わせるってどうしたらいいの???
次回、あにコロ『episode41 カスハラ』
ちょっとだけでも読んでみて!
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