表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/80

episode39 赤竜の翼


「あるーいてぇ♪ いくーんだーよぉ♪ シャルーとぉ♪ いっしょーだーよぉ♪」



 後方からご機嫌な鼻歌が聞こえる。

 もちろん歌っているのはモカだ。


 シャルティとモカが手を繋いで歩いている。



「……その歌、なぁに?」

「これはねぇ、シャルとモカのお散歩の歌だよぉ。作詞と作曲はぁ、モカなんだよぉ。すごいでしょぉ♪」

「……ふふふ、素敵な歌ね」

「モカはぁ、シャルと一緒にお出掛けできてぇ、とっても幸せなのぉ♪」

「……私も、幸せよ」



 いつの間にか、シャルティを愛称で呼び始めているし、

 僕の存在は無いものとして扱われているような気がする。


 女子2人に男1人の組み合わせって、男はこんなに居心地悪いんだ……。

 とても勉強になりました。


 まるでピクニックにでも行くかのような雰囲気だけど、僕たちは今、道らしい道が無い山道を歩いている。


 シトロプ山脈は、太陽の光が樹木に遮られていて、足元が薄暗い。

 急斜面の山肌に、常緑樹と背の高い雑草が所狭しと群生している。


 時折、足を滑らせながらも、【植物操作】で雑草の海を割って進む僕と、その(うし)ろを楽しそうに着いてくる女子。


 もしかして……この3人だと僕が一番、体幹が弱いのでは?


 ドワフの谷はもう目の前のはずだけど、この(みち)を歩いていると本当にたどり着けるのか不安になってくる。


 念のため、コンパスで方角をチェックしてくれているシャルティに、聞いてみよう。



「ねえ、シャルティ。道はこっちで合ってる?」

「……大丈夫、多分」



 多分!?

 さては、モカとのお喋りに夢中で、方角のチェックを忘れてたな。


 はしゃぎすぎてシャルティの性能が、普段の半分以下にまで落ち込んでいる。


 やっぱり、なにがなんでもモカはマタリ長老に押し付けてくるべきだったか。



「大丈夫だよぉ♪ 合ってる、合ってる♪ あ、でもぉ、ちょっと西の方に行きすぎかもぉ」

「あれ? もしかしてモカがチェックしててくれたの? 助かるよ」

「ちがうよぉ。こっちの方角から匂いがするのぉ♪」

「匂い?」

「人とかぁ、金属とかぁ、食べ物とかぁ、水とかぁ、そんなのが混ざった匂いがするのぉ♪」

「そ、そうなんだ。スゴイね……」



 人の生活臭が嗅ぎ取れる、ということだろうか。


 マタリ長老の地獄耳にも驚いたけど、モカの嗅覚はそれ以上だ。

 コボルの五感、恐るべし。



「モカはねぇ、すごく鼻が良いんだぁ♪ そのぶん、耳とかぁ、目とかはぁ、大したことないんだけどねぇ」

「……モカ、頼りになる。……殿下も、見習って」

「ええぇぇ。なんか理不尽」



 コンパスのチェックを忘れていたのはシャルティのはずなのに。


 なんか僕が悪いみたいになっているし。

 釈然としないまま、僕は再び前へ進みだした。


      ★


「うわ、これは……面倒だな」



 僕たちの目の前には、巨木が横たわっていた。

 大きすぎて末端も先端も見えないので、迂回するのも厳しい。



「……ねえ、殿下。……【植物操作】、使えない?」

「うん、さっきから試してみてるんだけど、ピクリともしないんだ。命が尽きた植物は対象外ってことなのかな」

「ここをぉ、越えられればぁ、いいんだよねぇ?」

「うん、そうなんだ、け、ど――!?」



 モカがレッドドラゴンに変化していた。

 前より少しだけ大きくなった感じがする。



「モカにぃ、つかまってぇ♪」



 そう言うと、モカは翼を上下させて空中に浮きあがった。


 僕は慌てて、モカの大きな尻尾にぶら下がる。

 シャルティは首にしがみついていた。



「うーん、やっぱりちょっと重いぃ」



 浮き上がったモカは、ギリギリで巨木の上を越えると、ふらふらと地面に降下した。


 ――ズズゥゥゥゥゥン


 しがみついていた尻尾ごと、地面に打ちつけられた。痛い。


 その尻尾が、徐々に小さくなっていく。

 モカが元の姿に戻っているのだろう。


 顔を上げ――ようとしたら、シャルティから頭を押さえつけられた。



「いだっ! ちょっと、シャルティ!?」

「……モカ、はだか。……殿下、見ちゃダメ」



 そうだった! 服のサイズが合わないから、変化をした後は裸になってしまうことをすっかり忘れていた。


 【犬化】もしばらく使ってなかったからなあ。



「エヴァルトくんのぉ、えっちぃ♪」

「いや、そういうつもりじゃ!! いでっ」



 あらぬ誤解を否定しようとして動いた僕の頭を、シャルティが再び押さえつける。



「……顔上げちゃ、ダメ。……殿下の、スケベ」



 ああ、つらい。

 モカが着替え終わるまで、僕はずっとシャルティに頭を押さえつけられていた。


 額が泥まみれだ。



「そういえばぁ、気になってることがあるのぉ♪ エヴァルトくんはぁ、モカのスキルを吸収したんだよねぇ」

「うん。スキルが強すぎて全部は奪えなかったけど」

「じゃあさぁ、エヴァルトくんも竜に変化できるのぉ?」

「できる……と、思うけど」



 そう。そうなのだ。

 スキルを奪ったことで僕には【赤竜レッドドラゴン化】のスキルがある。


 確かにある……が、使ったことはない。


 あまり歳が変わらないモカが、制御できなかった力だ。

 スキルを使ったら、モカと同じように理性を失ってしまうかもしれない。


 僕は【犬化】のスキルで犬になったとき、同時に【無音】や【導眠】のスキルを使った。


 レッドドラゴンになっても、おそらく他のスキルを使えるだろう。


 そんな状態で理性を失ったら、どんな惨事になってしまうか。

 考えるだけでも恐ろしい。


 だから、僕はこのスキルを使えないのだ。



「あんな強力な力は、使わないで済む方がいいんだよ」

「おおぉ、なんかぁ、格好イイかもぉ」



 モカが茶色い瞳をくりくりさせて感心している。

 女の子らしい仕草に、ちょっとドキッとする。



「……もしかして、あれ。……ドワフの、谷?」



 シャルティが指差している方に視線を戻す。



 明らかに人工的な建造物に(あふ)れた谷が、そこにはあった。

―――――――――――――――――――――――

※読まなくてもいいオマケです。


★次回予告★

 やほやほぉ♪ モカだよぉ。

 お友達と旅行って楽しいねぇ♪

 モカはぁ、ドワフの谷ってぇ、はじめてなのぉ。

 なんかぁ、建築のぉ、たくみぃ? って人にぃ、会うんだってぇ。

 次回、あにコロ『episode40 形見の剣』

 読んでくれるとぉ、モカもうれしいなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ