episode39 赤竜の翼
「あるーいてぇ♪ いくーんだーよぉ♪ シャルーとぉ♪ いっしょーだーよぉ♪」
後方からご機嫌な鼻歌が聞こえる。
もちろん歌っているのはモカだ。
シャルティとモカが手を繋いで歩いている。
「……その歌、なぁに?」
「これはねぇ、シャルとモカのお散歩の歌だよぉ。作詞と作曲はぁ、モカなんだよぉ。すごいでしょぉ♪」
「……ふふふ、素敵な歌ね」
「モカはぁ、シャルと一緒にお出掛けできてぇ、とっても幸せなのぉ♪」
「……私も、幸せよ」
いつの間にか、シャルティを愛称で呼び始めているし、
僕の存在は無いものとして扱われているような気がする。
女子2人に男1人の組み合わせって、男はこんなに居心地悪いんだ……。
とても勉強になりました。
まるでピクニックにでも行くかのような雰囲気だけど、僕たちは今、道らしい道が無い山道を歩いている。
シトロプ山脈は、太陽の光が樹木に遮られていて、足元が薄暗い。
急斜面の山肌に、常緑樹と背の高い雑草が所狭しと群生している。
時折、足を滑らせながらも、【植物操作】で雑草の海を割って進む僕と、その後ろを楽しそうに着いてくる女子。
もしかして……この3人だと僕が一番、体幹が弱いのでは?
ドワフの谷はもう目の前のはずだけど、この路を歩いていると本当にたどり着けるのか不安になってくる。
念のため、コンパスで方角をチェックしてくれているシャルティに、聞いてみよう。
「ねえ、シャルティ。道はこっちで合ってる?」
「……大丈夫、多分」
多分!?
さては、モカとのお喋りに夢中で、方角のチェックを忘れてたな。
はしゃぎすぎてシャルティの性能が、普段の半分以下にまで落ち込んでいる。
やっぱり、なにがなんでもモカはマタリ長老に押し付けてくるべきだったか。
「大丈夫だよぉ♪ 合ってる、合ってる♪ あ、でもぉ、ちょっと西の方に行きすぎかもぉ」
「あれ? もしかしてモカがチェックしててくれたの? 助かるよ」
「ちがうよぉ。こっちの方角から匂いがするのぉ♪」
「匂い?」
「人とかぁ、金属とかぁ、食べ物とかぁ、水とかぁ、そんなのが混ざった匂いがするのぉ♪」
「そ、そうなんだ。スゴイね……」
人の生活臭が嗅ぎ取れる、ということだろうか。
マタリ長老の地獄耳にも驚いたけど、モカの嗅覚はそれ以上だ。
コボルの五感、恐るべし。
「モカはねぇ、すごく鼻が良いんだぁ♪ そのぶん、耳とかぁ、目とかはぁ、大したことないんだけどねぇ」
「……モカ、頼りになる。……殿下も、見習って」
「ええぇぇ。なんか理不尽」
コンパスのチェックを忘れていたのはシャルティのはずなのに。
なんか僕が悪いみたいになっているし。
釈然としないまま、僕は再び前へ進みだした。
★
「うわ、これは……面倒だな」
僕たちの目の前には、巨木が横たわっていた。
大きすぎて末端も先端も見えないので、迂回するのも厳しい。
「……ねえ、殿下。……【植物操作】、使えない?」
「うん、さっきから試してみてるんだけど、ピクリともしないんだ。命が尽きた植物は対象外ってことなのかな」
「ここをぉ、越えられればぁ、いいんだよねぇ?」
「うん、そうなんだ、け、ど――!?」
モカがレッドドラゴンに変化していた。
前より少しだけ大きくなった感じがする。
「モカにぃ、つかまってぇ♪」
そう言うと、モカは翼を上下させて空中に浮きあがった。
僕は慌てて、モカの大きな尻尾にぶら下がる。
シャルティは首にしがみついていた。
「うーん、やっぱりちょっと重いぃ」
浮き上がったモカは、ギリギリで巨木の上を越えると、ふらふらと地面に降下した。
――ズズゥゥゥゥゥン
しがみついていた尻尾ごと、地面に打ちつけられた。痛い。
その尻尾が、徐々に小さくなっていく。
モカが元の姿に戻っているのだろう。
顔を上げ――ようとしたら、シャルティから頭を押さえつけられた。
「いだっ! ちょっと、シャルティ!?」
「……モカ、はだか。……殿下、見ちゃダメ」
そうだった! 服のサイズが合わないから、変化をした後は裸になってしまうことをすっかり忘れていた。
【犬化】もしばらく使ってなかったからなあ。
「エヴァルトくんのぉ、えっちぃ♪」
「いや、そういうつもりじゃ!! いでっ」
あらぬ誤解を否定しようとして動いた僕の頭を、シャルティが再び押さえつける。
「……顔上げちゃ、ダメ。……殿下の、スケベ」
ああ、つらい。
モカが着替え終わるまで、僕はずっとシャルティに頭を押さえつけられていた。
額が泥まみれだ。
「そういえばぁ、気になってることがあるのぉ♪ エヴァルトくんはぁ、モカのスキルを吸収したんだよねぇ」
「うん。スキルが強すぎて全部は奪えなかったけど」
「じゃあさぁ、エヴァルトくんも竜に変化できるのぉ?」
「できる……と、思うけど」
そう。そうなのだ。
スキルを奪ったことで僕には【赤竜化】のスキルがある。
確かにある……が、使ったことはない。
あまり歳が変わらないモカが、制御できなかった力だ。
スキルを使ったら、モカと同じように理性を失ってしまうかもしれない。
僕は【犬化】のスキルで犬になったとき、同時に【無音】や【導眠】のスキルを使った。
レッドドラゴンになっても、おそらく他のスキルを使えるだろう。
そんな状態で理性を失ったら、どんな惨事になってしまうか。
考えるだけでも恐ろしい。
だから、僕はこのスキルを使えないのだ。
「あんな強力な力は、使わないで済む方がいいんだよ」
「おおぉ、なんかぁ、格好イイかもぉ」
モカが茶色い瞳をくりくりさせて感心している。
女の子らしい仕草に、ちょっとドキッとする。
「……もしかして、あれ。……ドワフの、谷?」
シャルティが指差している方に視線を戻す。
明らかに人工的な建造物に溢れた谷が、そこにはあった。
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※読まなくてもいいオマケです。
★次回予告★
やほやほぉ♪ モカだよぉ。
お友達と旅行って楽しいねぇ♪
モカはぁ、ドワフの谷ってぇ、はじめてなのぉ。
なんかぁ、建築のぉ、たくみぃ? って人にぃ、会うんだってぇ。
次回、あにコロ『episode40 形見の剣』
読んでくれるとぉ、モカもうれしいなぁ。




