episode38 星空の下
「この城を我々の拠点とすることに異論は無いんじゃが……」
「防衛力に不安がありますね」
マタリ長老とゴダーン村長の言はもっともだ。
もともと200年以上前に建てられた古城。
ダイサツ達が補修していたとはいえ、あくまで日常生活に困らないレベルであって、拠点防衛を想定したものではない。
プロの手で改修してもらう必要がある。
「城の改修となると……アイツかのぉ」
「モンセノーが当代随一の匠であることは間違いないですな」
「じゃがのぉ……」「でもなあ……」
マタリ長老とゴダーン村長のため息が混じる。
頼むべき職人はハッキリしているにも関わらず、2人とも気が乗らない様子だ。
「その、モンセノーという人は、なにか問題があるんですか?」
「アイツは変わりモンなんじゃ。おかげでこっちがどんだけ苦労したか」
「そして頑固モノです。一度言ったらダメとなったら梃子でも動かない」
僕の質問ひとつで、2人とも遠い目になった。
過去にずいぶんと痛い目に遭ったようだ。
気持ちが別の世界へ旅立ってしまった2人を横目に、ベントットがコソコソと耳打ちしてくる。
「つってもよぉ、そのトンデモーとかいう奴に頼むしかねぇんだろ?」
「モンセローな。ほとんど原形が残ってないよ。かろうじて『ン』と母音が名残り。 ていうか、その名前間違えるやつって今後の定番ネタかなにかなの!?」
「間違えただけだ」
「ウソだ。間違えたっていうレベルじゃない」
「人の名前を、一度聞いただけで覚えられるヤツの方が凄えと思う」
それは、僕も同感だ。
「あと、モンセローじゃなくて、モンセノーじゃなかったか?」
「あれ!? もしかして、ちゃんと覚えてる!?」
「オレって凄えよな」
ただの自慢だった。
そもそも、なんの話だっけ?
「頼む相手が決まっているなら、悩むことなんかないわ。ね、王子様?」
クロ姉のおかげで思い出した。
そうだ。城建築の匠に、この城の改修をお願いするって話だった。
「そうだね。クロ姉の言う通り、まずは会ってみないとなにも始まらない。長老、村長、モンセノーさんがどこにいるかはご存じですか?」
「もちろんじゃ。大戦中に何度も行かされたからのぉ。モンセノーが住んでおるのはシトロプ山脈にあるドワフの谷じゃよ」
「有名な人ですから。谷の人に聞けば、屋敷の場所もすぐに分かるでしょう」
シトロプ山脈は、トリスワーズと隣国グランドダラム教国を隔てている、巨大で険しい山脈だ。
昔から「シトロプの山脈を越えるには命が3つ必要」と言われている。
この険しい山脈によって、軍はおろか、商隊の往来すら困難となっており、グランドダラム教国は地図上は隣国でありながら、外交上は遠国という扱いになっている。
そんな天然の要害に、ドワフ達は居を構えている。
鍛冶に必要な鉱石が山ほど取れて、敵から身を守ることも出来るドワフの楽園である。
「善は急げ、だ。クロ姉、シャルティ。出発は明日でいいかな?」
シャルティが頷く。
「ごめんなさい、王子様。あたしは今回はパス」
「え!? そうなの!?」
「王子様も頼もしくなったし。シャルティと2人でも大丈夫でしょ」
「それは……まあ。うん」
なんだか、突き放されたような寂しさを感じた。
出会ってから、たったの1週間なのに。
僕はすっかりクロ姉に頼りきっていたようだ。
「シャルティが行くならぁ、モカも行きたいのぉ」
「なんじゃと!?」
マタリ長老が、今にも目玉が家出しそうなほど驚いている。
「ダメじゃ、ダメじゃ。大事な孫娘をあんな危険な場所にやれるものか!」
「やだぁ。行くったら行くのぉ。じゃないとぉ、モカはおじいちゃんのこと嫌いになっちゃうよぉ」
「なっ!? き、きらいに!?」
勝負は一瞬だった。
モカは僕たちと一緒に、ドワフの谷へ向かうことになった。
マタリ長老はコボルの村へと帰っていったが、城を出て行くまでに少なくとも50回は「孫を頼みますぞ」と言っていた。
ベントットも一緒に行きたがっていたが、村長の護衛を投げだすわけにもいかず、渋々リザドの村へと帰っていった。
★
城の屋上には心地よい風が吹いていた。
無数の星が煌めく空の下、デコボコした鋸壁のへこんだ場所に腰かけているクロ姉の背中が見える。
「クロ姉、こんなところにいたんだ」
「あら、王子様。わざわざ、あたしを探しに?」
クロ姉が振り返ると、黒髪がさっきまでと反対側になびいた。
「うん。お礼を言ってなかったって思って。ここまで僕を助けてくれてありがとう。クロ姉の、その……高貴な人? にも感謝を伝えて欲しい」
「ああ……そうね。分かったわ。会えたら伝えておく」
会えたら? いったいどういうことだろう。
簡単には会えない人なのだろうか。
仮にそうだとしても、手紙で状況の報告とかしていないのかな……。
僕が考えていることくらい、いつものクロ姉なら表情で読み取るはずだ。
だけど、クロ姉は何も言ってくれなかった。
それはつまり、そういうことなのだろう。
「どういう意味か聞いても……教えてくれないんだろうね」
「そう。ヒ・ミ・ツよ、秘密。秘密が多い女ってミステリアスで素敵でしょ。でも、急にどうしたのよ?」
「なんだか……今日のクロ姉を見てたら不安になっちゃって」
「不安?」
「うん。なんだか、ふっといなくなっちゃいそうな。そんな不安」
「…………」
クロ姉が黙って僕の方を見ている。
なんだかいつものクロ姉らしくない。
「クロ姉、どうしたの?」
「ん? あ、なんでもないわ。王子様が急に変なこというからフリーズしちゃった。……でも、そうね。いつまでも秘密にしておくわけにも……いかないか」
「え?」
「うん、決めたわ。2人がドワフの谷から帰ってきたら、全部話す。聞かれたことにも全部答える」
「本当に? いいの!?」
「ええ、約束するわ。だから、王子様も約束して。無事に帰ってくるって。もちろんシャルティも傷ひとつ無いようにね」
「うん、約束するよ」
僕はクロ姉と約束した。
だけど、この約束が果たされる日は訪れなかった。
―――――――――――――――――――――――
※読まなくてもいいオマケです。
★次回予告★
どうも、エヴァルトです。
最近のクロ姉、ちょっと変。
いや変なのは元々なんだけど、いつもと違うというか……。
考えてても仕方ないか。
次からは僕と、シャルティと、モカの三人旅が始まるよっ。
次回、あにコロ『episode39 赤竜の翼』
ちょっとだけでも読んでみて!
―――――――――――――――――――――――――




