episode36 主従の誓
――バキィィッッ
目の前の床から爆ぜるような音がする。
姿は見えないが、たぶんサラーマが拳で殴ったのだろう。
煉瓦造りの床に、穴が空きそうな衝撃だ。
穴は空いていないけど、ヒビくらいは入っているかもしれない。
オルガの変化型は自信の身体を変化させるスキル。
金棒を使わないのは、拳と違って消すことが出来ないからに違いない。
見える金棒より、見えない拳。
拳でも十分な破壊力だから手に負えない。
「ふぅん。よく避けられたね。マグレでも大したもんだ」
「これくらい、余裕だね」
無論、強がりだ。
余裕なんてこれっぽっちも無い。
今回は、まだ身体が見えていたから、ギリギリで避けられただけだ。
だが、その身体も徐々に消えてきている。
サラーマの豊満な胸もほとんど見えなくなり、もうデコルテしか残っていない。
……あれ? ちょっと待って。
「え゛……。なんで服も消えてるの?」
オルガのスキルは自身の身体を変化させるものだ。
衣服は自身の身体では無いから、消えるはずがない。
「あたいに勝てたら、教えてやるよ」
何もない空間から、サラーマの声だけが聞こえる。
サラーマの姿は完全に見えなくなった。
このままでは、つぎの攻撃を避けることは難しいだろう。
もちろん、僕もこのままでいるつもりはない。
――放水!!!
両手を床に向けて、大量の水を放出する。
煉瓦造りの床は、みるみるうちに水浸しになっていった。
――パシャパシャ
水を蹴る音。
見えない足に蹴られて水が跳ねている。
水に残る足跡が、どんどん近づいてくる。
居場所がバレていようと構わない、ということだろう。
攻撃モーションやリーチが見えないのは、大きなアドバンテージだ。
彼女の動きを止めて、無力化するには――。
僕は自分のスキルを再確認する。
僕の足元も水浸しだから、凍結させるわけにはいかない。
それに、【放水】と【凍結】のスキルコンボは既にダイサツに躱されている。
同じ身体を持つサラーマも躱せると思った方が良い。
相手の姿が見えないと、【行動停止】も使えない。
【行動停止】は、相手の脳に干渉して身体への命令を阻害するスキルだ。
つまり、脳がある頭部を狙わないと効果が無い。
ならば、【重力操作】一択だ。
モカがレッドドラゴンになっていたときにしたように、過重力で動きを封じよう。
僕は投げられるものを探して、腰に下げた革袋に気づいた。
ベントットがくれた餞別だ。
まさか本当に役立つときがくるとは。
革袋に手を突っ込むと、石を掴んでスキルを籠め、サラーマがいる方に投げる。
――ヒュッ!
――バシャッ!! バシャ、バシャ、バシャ。
サラーマの反応は素早かった。
石を投げた瞬間には、もう横に飛んでいた。
石を躱したサラーマは、再び僕の方に迫ってくる。
だが、僕だってそれくらいは予想済みだ。
――追尾!!
躱されたはずの石は、自ら意思を持ったかのようにサラーマを追いかける。
石とサラーマの追いかけっこが始まった。
サラーマも投げられたのが石だということに気づいているはずだ。
当たったところで、多少痛いだけ。
しかし、彼女の勘が危険だと告げているのか、石に追いかけられて単純に気味が悪いのか、サラーマは石から逃げることを選んだ。
――ヒュッ!
――ヒュッ!
僕は革袋から、さらに石を取り出して投げる。
自動で追いかけてくる3つの石からは、さしものサラーマも逃げ場を失った。
――コツン、コツン、コツン
石が見えないサラーマに当たって、床に落ちる。
「過重力、発動」
――ドンッ
なにかが床にぶつかる音がフロアに響いた。
勝負あり、だ。
「僕の勝ちってことで、いい?」
サラーマが過重力で這いつくばっているであろう場所に声を掛ける。
頭、肩、胴、と消えていったときとは逆の順番で、サラーマの姿が見えてきた。
デカい身体がビッタリと地面にくっついている。
首を上げるのも辛そうだ。
「くそっ! なんだこりゃ。動けやしねぇ。あたいの負けかぁ。煮るなり焼くなり殺すなり、好きにしろよ」
「いや、しないよ。煮るとか焼くとか、物騒だよ。そんなことより、なんで服が消えたのかって謎が気になって仕方ないんだけど」
「そりゃ、おまえ。服も身体の一部だからだよ」
「服が身体の一部?」
「あー。正確には、あたいの身体の一部で作った服だから、だな」
「もしかして……髪? 100%? マジか……」
一体、どれだけの長さの髪があれば服を作れるんだろうか。
「煮ねぇし、焼かねぇし、殺さねぇってんなら、そろそろ、この重てぇやつなんとかしてくんねぇかな」
「あ、ごめん、ごめん。……解放したら襲ってくるとかやめてね」
「んなことするかよ! オルガが負けを認めたら、服従しかねぇんだ。騙し討ち上等のヒュムと一緒にすんじゃねぇよ」
服従すると言いつつ、ディスってくるの、なんなん?
まあ、心が広い僕は気にしませんけど。……けど。
過重力から解放されたサラーマは、そのまま片足を立てて跪いた。
「あたい達の負けだ。オルガは、自分を初めて負かした相手に主従を誓う習わしがある。ダイサツ共々、おまえに……いや、貴殿に忠誠を誓う」
「忠誠って、やめてよ。初めに言ったじゃん。僕が勝ったら友達になってって」
「友達……。それは命令か?」
「んー、じゃあ、命令でいいよ。最初で最後の命令。僕と友達になってよ」
僕は右手を差し出した。
サラーマが、その手を取って立ち上がり、堅く握手をする。
「嫁でもいいんだぞ」
「あ、友達でおねしゃす」
「男の方が好みカ?」
「うわっ、ダイサツ!? 急に入れ替わらないでよ。びっくりするじゃん」
サラーマと ダイサツが なかまに くわわった。
―――――――――――――――――――――――
※読まなくてもいいオマケです。
★次回予告★
どうも、エヴァルトです。
2人で1人のオルガ、サラーマとダイサツが仲間になったよ。
二重人格は聞いたことあるけど、身体まで変わっちゃうのは初めて見た。
2人ともスキルも別々なんだね。不思議だなあ。
次回、あにコロ『episode37 戦と命と』
ちょっとだけでも読んでみて!
―――――――――――――――――――――――――




