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episode35 不可視鬼


「これから死ぬ者に聞かせる名などナイ」

「じゃあ、自分から言いたくなるようにしてやる」



 【自白】のスキルを使えば名乗らせることは出来るけど、アンフェアな気がした。


 名前を訊くことが目的じゃないし、ちゃんと戦って、打ち負かしたうえで名乗らせないと意味がない。


 絶対に僕が実力で「ぎょふん!」と言わせてやる。

 あれ? 「ぎゅふん!」だったっけ?


 グロン将軍がそんなことを言っていた気がするけど、なんだっけな。


 魚粉だか牛糞だか……そんな感じのアレだ。



「生意気なやつメ。そろそろ死ネ!」



 僕はブーツに【重力操作】のスキルを使い、周囲の重力を軽くする。


 もっと早くにやっておけば良かった。

 身体が軽く、スイスイ動ける。


 オルガが金棒を振り回しているが、不意でも突かれないかぎり、当たらないと確信できた。



「なんダ? 逃げ回るだけカ?」

「安い挑発には乗らないよ」



 位置が悪い。

 もう少し右。

 行き過ぎだ。


 もっとこっちに来い。



「ちょろちょろと逃げ回りやがっテ! いい加減にシロ!!」



 今だ!!!!


 ――行動停止


 赤竜になったモカにも使ったスキル。

 相手の動きを止められる強力なスキルだが、少し距離が離れているのでやはり止められるのは1秒くらい間だけだ。


 一度使うと約10秒間、このスキルを使えなくなるのでタイミングを探っていた。


 そして今なら、1秒あれば十分!!



「なんダ!? 体が動かナイ!!」



 ――ガッシャアアァァァン!!!!


 オルガの頭上に、天井に吊られていたシャンデリアが直撃する。



「グッ、ガアアァァァ」

「体は硬質化出来ても、衝撃を軽減できるわけじゃないんだろ?」



 固い金属鎧でも、衝撃を防ぐことは出来ない。と、グロン将軍に教えて貰ったことがある。


 この城のシャンデリアは大きくはないが、それでも1灯あたり10kg以上はあるはずだ。


 天井から自由落下したシャンデリア。

 身体を硬質化しているから外傷は無いだろうが、普通の人間なら気絶してもおかしくないほどの衝撃だっただろう。



「なぜ、シャンデリアが落ちてきたノダ!?」



 オルガが、シャンデリアを押しのけて姿を見せた。

 頭を押さえながら、クロ姉とシャルティの方を見る。


 仲間が手助けしたのではないか、と疑っているのだろう。


 だが、2人は最初の位置から全く動いていない。

 


「なぜって、チェーンをフックから外しただけだよ」

「誰ガ?」

「僕が」



 シャンデリアは、天井にあるフックにチェーンで吊り下げられている。


 僕の念動力ではシャンデリアを持ち上げることは出来ないが、フックにかかったチェーンを少しづづズラすくらいなら出来ないこともない――ちょっと時間はかかったけど。



「ふぅーーーー。参っタ。いったいどれだけの数のスキルを持っているノダ?」



 オルガが床に大の字になって寝ころんだ。


 ごめんね。自分でもちょっとズルいんじゃないか、と思っている。



「我の負けダ。我の名はダイサツ。認めよう、おまえの強さヲ。だが、まだ()()は負けてイナイ」


 我々!?

 そうだ。この城に住んでいるオルガが、彼一人だけとは限らない。


 これだけの城を手入れしているのだ。

 むしろ複数人いる方がしっくりくる。


 僕は周囲を見渡し、新たなる敵に備えた。

 しかし、誰かが襲い掛かってくるような気配はない。



 「違う! さっき倒れたオルガを見て!!」



 クロ姉の声で慌てて視線を戻すと、ダイサツと名乗ったオルガの身体が、みるみるうちに変貌していくではないか。


 と言っても、コボルのように別の生物に変身しているわけではない。


 信じられないことに、男性から女性へと、身体が変化しているのだ。

 特に胸……元々厚かった胸板が、どんどん膨らんでいく。


 クロ姉も真っ青の巨乳になった。



「ふっ、んんーーーーーー、っと」



 寝転がっていたダイサツ(だったオルガ)が、背伸びをしたかと思うと、跳ねるように起き上がった。



「なんだい? ダイサツはこんなモヤシみたいな身体のヒュムに負けたのかい。情けないヤツだねえ」

不可思議(ふかしぎ)なものを見させてもらった。きみは、誰だ? ダイサツはどこに行った?」

「あたいの名はサラーマ。不可思議なのはあんたのスキルと一緒だろ? ダイサツは今、あたいの中で眠ってる。あたいらは2人で1人なのさ」



 不可思議はお互い様、か。

 言われてみればその通りだ。



「くだらない質問はもういいかい? さっさと続きをやろうじゃないか! 先に言っておくけど、あたいはダイサツの倍は強いよ。覚悟しな!!」



 あれ? もしかして、もう戦う前提で話が進んでる?



「やっぱり戦わないとダメ?」

「ああ!? 当たり前だ! 舐めてんのか!? ダイサツも言ってただろうが。あたいらは自分より強いヤツにしか従わねぇ。あたいに勝てなきゃおまえらは死ぬ、戦わなくてもおまえらは死ぬ。それは変わらねえんだよ」



 言っていることはダイサツと変わらないけど、言い方ひとつでこんなに印象が変わるんだな。


 サラーマは……ダイサツが紳士的だったと思えるほど、ガラが悪い。



「仕方ないね。じゃあ、僕が勝ったら友達になってくれる?」

「友達だろうと、奴隷だろうと、妻だろうと、なんだってなってやるよ! あたいに勝てたら……な!!」



 奴隷とか、妻とかは全く要求していないし、むしろ遠慮したい。


 サラーマが勢いよく飛び掛かってきた。

 戦い方はダイサツと変わらないようだ。


 ……あれ?


 変だな。あるはずのものがない。

 両腕がない。肩から先が無くっている。


 動きが早すぎて見えない、とかそんな話じゃない。


 なぜなら、両脚も無いのだ。

 膝から下が無いのに、そこにあるかのように身体が動いている。


 ――無いのではなく、見えないのか。 


 そのときになって、僕はベントットの言葉を思い出した。



「見間違えたんじゃなくて、見えない何かに襲われたって言うんだよ」



 幽霊。

 見えない、なにか。



 幽霊の正体は、不可視(ふかし)の鬼だったのだ。




―――――――――――――――――――――――

※読まなくてもいいオマケです。


★次回予告★

 どうも、エヴァルトです。

 ボスに勝った! と思ったら連戦に突入したときに絶望たるや……。

 でも幽霊の正体が分かったのはスッキリして良かったかな。

 あとはサラーマを倒せば終わりだ! ……終わるよね?

 次回、あにコロ『episode36 主従の誓』

 ちょっとだけでも読んでみて!

―――――――――――――――――――――――――

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