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episode33 古城の主

「ここがアヴェールの古城か……。思ったより――」

「……荒れて、ない感じ」



 いま僕たちは、アヴェールの古城の外庭そとにわにいる。

 中に入る前だが、古城の外観があまり古く見えなくて戸惑っていた。


 もっと……壁は崩れていて、草木が生い茂っていて、動物が住み着いているような場所を想像していたから、拍子抜けという表現の方が近いかもしれない。



「そうね。200年も経っているとは思えないわね。……というよりも――」



 なにかに気づいたのだろうか。

 クロ姉が、古城の外壁(がいへき)に近づいていく。

 

 そのとき、僕の頭上にパラパラと何かが落ちてきた。


 これは……砂? 小石?

 こんなものどこから?


 見上げた僕の目に飛び込んできたのは、クロ姉の頭上に迫る瓦礫がれきだった。



「クロ姉、あぶないっ!」



 【火球】――壊せそうにない!!

 【竜巻】――クロ姉も巻き込んじゃう!!

 【念動力】――さすがに重すぎる!!

 【植物操作】――そんなヒマは無い!!


 ――放水!!!!!


 両の手から放たれた激流が、瓦礫を押し流す。


 そして空中で行き場を失った大量の水が、重力に引かれて地面に落ちる。


 ――バシャーーーーーーン!!


 辺り一面はスコールの後のようだ。

 そこに、全身ずぶ濡れになったクロ姉が立ち尽くしていた。


 近くにいたシャルティも巻き添えで濡れたらしく、無表情のまま目は不満を訴えている。


「ふふふ、ふふふふ。……ねえ、王子様。助けてくれたのは嬉しいんだけど、もっとスマートに出来なかったのかしら?」

「いや、でも他のスキルって言ったって――」

「……【重力操作】、使えば良かった」



 ああ、【重力操作】。そんなのもありましたね。

 でも、あれってスキルを付与したナイフとか投げなきゃいけないじゃん。


 いきなり投げても、外しちゃうかもしれないし。



「【追尾】のスキルもあるでしょ。せっかく沢山スキルを持ってるんだから、組み合わせてうまく使いなさいよね」



 参りました。僕が悪かったです。



「まあ、いいわ。次は気をつけてよね」



 はい。

 

 最早、途中から僕が一言も発さなくとも、会話が成立してしまっている。


 いつの間にか、心を読まれることに慣れてきた節がある。


 良くない。


 それはそれとして、さっきから何かが引っかかる。

 何が引っかかっているのか分からない。


 僕が違和感に首を傾げていると、クロ姉がさっき落ちてきた瓦礫を触って呟いた。

 


「それにしても妙な瓦礫ね」

「え? なにが?」

「……外壁と、材質が違う」



 シャルティに言われて、瓦礫を見てみると、外壁とは少し色も違うようだ。



「自然に崩れてきたわけじゃないってこと。あたし達、とーっても歓迎されてるわね」

「……手荒な、歓迎」



 クロ姉を狙って瓦礫を落としたやつがいる。


 上を見るも人影らしきものはない。

 このまま襲撃される、ということは無さそうだ。



「まあ、いいわ。取りあえず、中に入りましょう」

「入口はここ……だよね」


 竜の浮彫り(レリーフ)が物々しい、黒くて重厚感のある扉。

 昔読んだ冒険小説に出てくる、魔王の城を思い出した。


 ――ギィイイイイイイイ。


 僕たちは分厚い扉を開いて、古城の玄関ホールへと進む。


 200年くらい前の城だが、僕が住んでいた王城とそれほど大きく違うようには見えない。


 1階にはキッチンや食堂、洗濯室もあった。

 調理用具は綺麗に整頓されていて、戸棚には野菜がしまってあった。


 いや。

 いやいや。

 いやいやいや。


 200年前に放棄された城が、綺麗に掃除されていて、調理用具が整頓されている。

 挙句の果てに、食べ物まで保管してある。



「これ、住んでるよね」

「間違いなく、住んでるわね。外壁も人の手で補修された跡があったもの」



 外庭でクロ姉が気付いたのは、そのことだったのか。

 先に言ってくれれば良かったのに。



「……幽霊、住んでるかも」

「僕も詳しくはないけど、たぶん幽霊は料理を食べたりはしないんじゃないかな」



 さすがに、幽霊説は消えたと考えていいだろう。


 僕たちは先住者の手荒な歓迎に注意しながら、ゆっくりと城内を進んでいく。


 玄関ホールにある大階段をあがり、2階へと向かう。


 部屋がいくつも並んでいる。


 一番近い部屋の扉を開く。寝室だ。

 次の部屋の扉を開く。ここも寝室だ。

 次も、その次も、その次も寝室だった。


 城は元来、多くの使用人が住み込みで働くことを想定した造りになっている。


 この部屋はそうした使用人たちの部屋なのだろう。



「寝室も綺麗だったね」

「きっと使っていない部屋も、手入れを欠かしていないんでしょうね」

「……もしかして、いい幽霊?」

「綺麗好きなのは間違いないね」



 シャルティはまだ幽霊にこだわっている。

 もしかして……怖いのだろうか。


 無表情だからよく分からないけど、可愛いところもあるな。


 更に上の階へと上がる。

 目の前に大きな扉が現れた。


 ――キィィィィィィ


 扉は見た目に反して、スムーズに開いた。


 きっとこまめに油を挿して、手入れをしてあるんだろうな。


 扉の先には、これまた大きなホール。


 200年前はここでパーティーとか開かれていたのだろうか。


 高い天井にシャンデリアがいくつも下がっている。



「そろそろ、出てくるわよ」

「……幽霊、出る?」

「そろそろ幽霊ネタは終わりにしない?」

「……幽霊、見たかった」


 あ、そっちか。

 怖がってるんじゃなくて、会いたがっていたんだ。


 前言撤回。



「あっ!」



 喉元につっかえていた違和感の正体に気がつき、つい声が出てしまった。

 クロ姉も、シャルティもあたりを警戒する。



「……幽霊、出た?」

「いや、ゴメン。なんでもないんだ」

「ちょっと紛らわしいことしないでよね」

「うん、ゴメン」



 もう謝罪も上の空だった。

 違和感の正体はクロ姉だ。


 外庭で瓦礫が落ちてきたとき、クロ姉はどうして水を避けられなかった?


 初めて会ったときのクロ姉は、目にも止まらないスピードで野盗を縛り上げていた。


 野盗の1人を瞬時に移動させていた。


 なんのスキルかは分からないけど、僕が放水した瞬間に、いや「クロ姉、あぶないっ!」と声を掛けた瞬間に、あの場所から移動するくらいクロ姉なら簡単だったはずだ。


 どうしよう。

 こういうことは本人に聞いてみてもいいのだろうか。



「あの……クロ姉?」

「しっ、しずかに」

 


 クロ姉が人差し指を口元に立てて、喋るな、と合図する。


 ――ギシッ


 何かが軋む音が、ホールに反響した。


 もちろん、鳴らしたのは僕たちじゃない。

 3人で背中を合わせて、周囲を警戒する。


 どこだ? どこから来る?



「……殿下、上!」



 シャルティの声に反応して、3人はその場から飛び退いた。


 ――ドゴオオオォォォォン!!!


 何か大きな影が上から落ちてきた。


 影は静かに立ち上がる。


 人だ。姿かたちは間違いなく人で、男性だった。

 だが、それは初めてみる大きさの、わば巨人だった。


 今まで僕が会った人の中で、一番大きかったのはグロン将軍だ。


 そのグロン将軍よりひと回りもふた回りも大きい。


 身長も高いが、なにより筋肉が大きい。胸板は厚いし、腹筋はバッキバキだし、腕や脚は僕の倍くらい太い。


 外から入ってくる光が、影の頭部を照らした。

 薄桃色の長い髪を後ろで結んでいるようだ。



 その額には小さいがハッキリと分かる角が1本生えていた。




―――――――――――――――――――――――

※読まなくてもいいオマケです。

★次回予告★

 どうも、エヴァルトです。

 古城に住んでいたのは鬼! じゃなくてオルガ。

 大戦で村が焼かれて行方が分からなくった人種、オルガの生き残りだ。

 オルガって、でっかいんだなあ。

 次回、あにコロ『episode34 鋼鉄の鬼』

 ちょっとだけでも読んでみて!

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