episode31 古き悪夢
(第三者視点)
「……殿下、殿下!……死んじゃ、ダメ」
月明りが照らす夜の森。
シャルティがエヴァルトの身体を支え、必死で傷口を抑えている。
エヴァルトは正面から袈裟に斬られ、誰が見ても致命傷だ。
「シャルティ……。君だけでも……逃げて」
「……そんなこと、出来ない」
エヴァルトは、首を振るシャルティをゆっくりと引き離すと、少しだけ笑った。
「僕は、もう……ダメだよ。ハァ、ハァ。……この、狭い国で……ずっと、逃げ続け、るのは、やっぱり……難しい、ね」
エヴァルトには、もう喋る力もなくなってきている。
「この、スキルに……ハァ、ハァ。もっと、早く気づいて、いれば……。もっと、沢山の、ハァ。スキルを、奪っていれば……ハァ、ハァ。違って、いたのかな……」
「……もう喋っちゃ、ダメ。……私が必ず、助けるから」
――ガサッ
背後の茂みで音がした。
シャルティが振り返ると、人影が月明りに照らされて浮かぶ。
「どうした? 鬼ごっこはもう終わりか?」
エヴァルトを執拗に追い続け、致命傷となる一太刀を浴びせた張本人。
ヴァルデマルだ。
「お前たちを追い続けてもう10年、いや、もう少し経ったか? 無能の分際でよくぞここまで俺の手を煩わせてくれたものだ。……だが、それも今日で終わりだ」
――ミシ、パキ、ミリッ
ヴァルデマルが、落ち葉と小枝を踏みながら、ゆっくりと2人に近づいてくる。
シャルティは、中腰の体勢でヴァルデマルとエヴァルトの間に腕を広げた。
「健気なものだな。先に貴様から首を刎ねても構わんぞ」
「……やめ……ろ。……やめて、くれ。……カハッ」
エヴァルトの口から鮮血が飛び出す。
「無理をするな。曲がりなりにも俺たちは兄弟だ、いたずらに苦しめるつもりはない。大人しくしていれば、一瞬で殺してやる」
ヴァルデマルが腰に下げた剣を抜く。
「貴様はもとより、混ざりものも生かしておくつもりはない。隠世の世界というものがあるのかは知らんが、2人ともきっちり送ってやる」
「……父さま、母さま」
シャルティが首に下げたウッドリングを握りしめる。
「そうであったな。貴様の父も母も、俺が殺したのであったわ。親子揃って同じ剣に斬られるとは、数奇な運命だな。ふっ、ふふ、ふはははははは」
ヴァルデマルはひとしきり笑うと、剣を構え直した。
「無駄話はこれくらいでよかろう。……死ね」
月の光に照らされたヴァルデマルの剣が、真っ直ぐに振り下ろされる。
★
「殿下!!!」
クローネがベッドから跳ねるように身体を起こす。
窓から差し込む陽光が、寝起きの瞼に突き刺さった。
「また、あの夢……。大丈夫。殿下は変わられた」
あたりを見回して、息を吐く。
ここはリザドの村だ。
王国軍に荒らされた家は村人たちと協力して修繕した。
踏みつぶされた穀物や野菜は救えなかったが、田畑は村人の操作型スキルであっという間に元通りになった。
壊された建物の修繕では、エヴァルトの【ブロック生成】が大活躍で、この部屋もエヴァルトが創出したブロックで組み立てた簡易住居だ。
ベッドや寝具は村人から貸して貰った。
クローネは水を飲もうとベッドから出る。
しかし、強烈な頭痛と眩暈に襲われ、その場にしゃがみ込んだ。
「もう、あまり時間が無いみたいね」
クローネは胸元から年季の入ったウッドリングを取り出して、祈るように握りこんだ。
「あと少しだけ、これが最後のお願い」
もう自分は長くないことを、クローネは知っている。
これは病ではない。彼女が自ら望んで得た呪いだ。
それでも、あと1分、1秒でも長くエヴァルトを支えたかった。
寿命のロウソクをほんの少しでも伸ばして貰えるよう、今は亡き父と母に願う。
――コンコン。
「クロ姉、起きてる?」
エヴァルトの声だ。
クローネは気力を振り絞り、太ももを両手で押さえながら、身体を持ち上げる。
こんな姿を見せて、エヴァルトを不安にさせるわけにはいかないのだ。
――コン、コン、コン。
「うーん、まだ寝てるのかなあ?」
ゆっくりと身体を動かして、扉を開けると、エヴァルトとシャルティが立っていた。
「ふわぁあ。寝てけど王子様のノックで目が覚めちゃったわ」
「あ、クロ姉! 寝てたって――もうお昼だよ?」
クローネが目覚めたとき、太陽はまだ東の方角にあった。
少なくとも2時間以上は動けずにしゃがんでいた、ということだ。
「大人は昼までだって寝るものなのよ。それで、どうしたの?」
「あ、そうだった。さっき王都から戻ってきた人が言ってたんだけど、ヴァルデマルが新王になった、って」
「そう。そうよね。ランヴァルスが死んだことが公になって、もう5日だもの。遅いくらいだわ。でも、そうとなると……急がなくちゃね」
エヴァルトとシャルティが頷く。
王位が空席ということは、絶対権力者がいない状態だ。
王城内には反目し合う将軍や文官が多く、簡単に大軍を動かす決定はだせない。
しかし、ヴァルデマルが王となれば話が変わる。
極端な話でもなんでもなく、絶対権力者であるヴァルデマルの一存で、大軍を動かすことが出来るようになるのだ。
もし、そんなことになれば、守りに弱いリザドの村や、コボルの村は大軍に囲まれて逃げ場すら失ってしまう。
「みんなを守るための場所が必要だね」
「……心当たり、ある」
「あたしも、1つだけ心当たりがあるわ。じゃあ、せーの、で言いましょ。せーの、よ」
「……うん、分かった」
「「せーの」」
シャルティとクローネは声を揃えて言った。
「「アヴェールの古城」」
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※読まなくてもいいオマケです。
★次回予告★
はーい! クローネよ!
第二章初めての次回予告を担当できるなんて光栄だわ!
アヴェールの古城はエルフの大森林の近くにある廃城なの。
でもリノベーションすればきっと素敵な本拠地になると思うのよね。
……って、あれ? もしかして先客?
次回、あにコロ『episode32 幽霊の城』
この国の行く末を見届けて……。
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