episode03 父の背中
(シャルティ視点)
――エヴァルトが取り押さえられるより、ざっくり1時間くらい前――
「シャルティ! シャルティはいるか!?」
ドタドタと騒がしい足音を響かせて、私を探しているのは父だ。
私の父、グロン=ランガストは王国一の将軍と呼ばれている。
足音も、声も、身体も、何もかもが大きい。確かに王国一だな、と思う。
もう日が沈んで、ずいぶん経つ。
こんな時間にいったい何の用だろうか。
そろそろ寝ないとお肌に悪いのに。
私は自室の扉から顔を出し、声の主の方を見た。
「……聞こえてる、うるさい」
父を嫌っているわけではないが、つい悪態をついてしまう。
「おお! そこにいたか、シャルティ。しかし、父に向かってうるさいとはなんだ、うるさいとは」
「……父さま、うざい」
「うざ……、流石に傷つくぞ」
本気でへこんでいるようだ。ちょっと言い過ぎただろうか。
「いや、そんな話をしている場合ではない。エヴァルト殿下が危ない。すぐに王城へ向かうから準備しろ」
王国の第二王子、エヴァルト殿下。使えるべき主でもあり、幼馴染でもある不思議な関係。
初めて会った時、彼の深緑色の瞳をとても綺麗だと思った。
生まれてすぐに母親を亡くし、兄姉との仲も良くないそうで、いつも寂しそうな目をしていた。
彼の方が年上にも関わらず、弟を守るような気持ちでずっと側に仕えてきた。
父は、そんなエヴァルト殿下の身に危険が及んでいると言う。
よく見ると、父は服の下に鎖帷子を着込んでいる。
「……もしかして、緊急事態?」
「うむ。命に係わる」
父のスキル『危機察知』は文字通り危機を察知できる。
それも現在進行形の危機だけでなく、近い未来の危機まで察知できる。
さらには、自分以外の身近な人物の危機も察知できる。
ここまで聞くと、出鱈目にチートなスキルのようだが、もちろん欠点もある。
それは、全ての危機を察知できるわけではない、ということだ。
――だから父は、母の死を防ぐことが出来なかった。
3年前、母は殺された。王国兵の調べでは強盗だろう、とのことだった。
犯人はいまだに見つかっていない。
「……すぐ、準備する」
手早く鎖帷子を着込み、動きやすいよう男性服に着替えると、煙玉を懐に詰め込む。
煙と一緒に炸裂音が鳴る特別製だ。一瞬で視力と聴力を奪えば、ほとんどの人間は対応できない。
「……お待たせ、行こう」
部屋を出ると、父が神妙な顔をして立っていた。
「これを持っておけ」
父のゴツゴツとした掌には似つかわしくない、小さなウッドリング。
見るからに丈夫そうな紐を通してある。きっと父が首に下げていたのだろう。
「……これ、なに?」
「母さんの形見だ」
「……母さまの、なんで?」
「来月で15歳だろう。成人のお祝いだ」
「……じゃあ、来月でいい」
「言っただろう。今回は命に係わる、と。きっと、母さんがシャルティのことを守ってくれる」
命に係わる、というのは「殿下の命」だけでなく「殿下を含む私たち全員の命」という意味だったようだ。
私は、自分の認識が甘かったことを反省した。
父は、私が物心ついた頃には既に、エヴァルト殿下の後見人だった。
平たく言えば、国王としての政務に追われている実の父親に代わって、父として、教師として、立派に王子を育てることが使命だ。
父は「殿下の身に何かあれば命を持って償う」と常日頃から言っていた。
そんなエヴァルト殿下に迫っている命の危機。
父は今、命を賭して殿下を守ろうとしている。
それほど大きな危機を察知したのだろう。
父の顔は、死を覚悟していた。
「なあ、シャルティ」
少し遠慮がちに、探るような声。
「……ん、なに?」
「久しぶりに、抱きしめてもいいか?」
「……うん、いいよ」
普段なら絶対に許可しない父との抱擁。
はっきりと覚えていないが、5年、いや6年ぶりくらいだろうか。
父の背中は大きくて、私の手はなんとか端に引っかかっているような状態だ。
反対に、父の手は大きすぎて、私の身体は片腕にスッポリと収まってしまう。
父の体温を感じられるのも、これが最後かもしれない。
そう思うと涙がこぼれそうになるが、父には絶対に泣き顔を見せたくない。
唇を噛んで必死に堪えた。
「では、行くか」
「……そう、だね」
ドシドシと大きな足音を立てて歩く、父の大きな背中を追う。
父の名誉に賭けて、必ずエヴァルト殿下を救うのだ。
★
「……エヴァルト殿下、どこ?」
「殿下なら国王陛下に呼ばれて、陛下の部屋に行かれましたよ」
王城についてすぐ、殿下の侍女を捕まえて所在を訪ねる。
「まずいな」
当然と言えば当然だが、王城の中でも、王族の部屋は聖域だ。
許可を得た者以外は入れないようになっている。
普通に考えれば、王都でここ以上に安全な場所は存在しない。
にもかかわらず、殿下の身に危機が迫っている。
それが意味するところは――。
「……相手は、王族?」
「そういうことになるな。しかし相手が国王陛下だとすると……。分からん。とりあえず陛下の部屋に行ってみるしかあるまい」
もし、国王陛下の手によってエヴァルト殿下の身に危機が及んでいた場合、私たちはどちらの味方をするべきなのだろう。
もちろん、この国で一番偉いのは国王陛下なのだけど。
エヴァルト殿下を救うために駆けつけた、この気持ちのやりどころがない。
王族専用のエリアに通じる道を守る兵士を、将軍の立場をフル活用して脅しすかし、強引に中へ入りこむ。
国王陛下の部屋が見えてきた。
声が聞こえる。
これは……第一王子、ヴァルデマル殿下の声だ。
「お前と――王家最大の恥も始末――るんだ」
王家最大の恥、始末、不穏なワードが並ぶ。
焦って部屋に飛び込もうとする私を、父が大きな手で止める。
「まずは俺がいく。ふん、ヴァルデマル殿下くらい俺一人でどうにでもなる。だが、命を賭けた戦いでは何が起きるか分からん。もしものときはお前の名を呼ぶ。そのときは殿下を連れて死ぬ気で逃げろ」
「…………」
「そんな顔をするな。なあに、俺一人ならギリギリまで粘っても逃げ切れる。父を信じろ」
心にもないことを言う。
もしものとき、それは父が敵を制圧出来なかったとき、ということだ。
そんな相手にギリギリまで粘って、逃げられるはずがない。
それでも、私は頷くしかなかった。
「……死んだら、許さない」
「うちの娘は厳しいな」
父は笑顔でそう言うと、いつものように大きな足音を立てて、部屋に向かった。
「殿下ー! エヴァルト殿下ーー!!」
相手を威嚇するような、大きな声で殿下の名前を呼ぶ。
私はそんな父の、大きな背中を見送った。
願わくば、私の名前が呼ばれることのないように。
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※読まなくてもいいオマケです。
トリスワーズ国 Tips <人口>
人口:約50万人
ヒュム、エルフ、ドワフ、リザド、コボル、ホビト、オルガ、ハピラ、8種の人種が住む国。
人口の実に約70%がヒュム(半分以上ヒュムの血である混血種を含む)であり、そのほとんどが王都、及びその周辺に住んでいる。
王都は城塞都市となっており、戦争がはじまると周辺に住んでいる者達も王都に入る
籠城戦の際は戦争の支援をする義務を課せられている。
また、城塞都市はその構造上、土地の拡充に大きなコストがかかるため、人口の増加に王家は頭を抱えている。
★次回予告★
……私、シャルティ。
……名前、呼ばれちゃった。
……殿下を、守る。……絶対に、逃げ切るの。
……次回、あにコロ『episode04 王都脱出』
……読んで、くれる?
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