episode29 新王即位
(第三者視点)
「ヴァルデマル陛下、臣下一同、新王の御即位に心よりお祝いを申し上げます」
前王ランヴァルスが亡くなって5日。
この日、王城は朝から新たなる王の誕生に、沸き立っていた。
「ヴァルデマル。今日からあなたはこの国の王です。ヴィスタネル王家の祖、英雄シュヴァル様の名に恥じぬ立派な王となるのですよ」
「はい、母上。必ずやこの国を平らからかにすることを我が祖父に誓いましょう」
新王の答えに、満足そうな笑みを浮かべているのは、ヴァルデマルの母であり王太后のマーレだ。
ヴァルデマルと同じ銀髪。
その長い髪を綺麗に結い上げている。
切れ長な目も母子でそっくりだ。
「兄上様、御即位おめでとうございます。なんと立派なお姿。王冠も外套もよくお似合いですわ」
「おお、イザリア。お前も王妹として、これからも俺を支えてくれ。頼りにしているぞ」
ヴァルデマルの妹、イザリアはマーレの子ではない。
マーレはもともと、前王ランヴァルスの側室だった。
正妻のルナリオ妃が病で亡くなったのち、その座に収まった。
イザリアとエヴァルトは、亡きルナリオの子だ。
その証拠に、イザリアの髪の色はエヴァルトと同じ赤茶色をしている。
「恐れ多いことですわ。敬愛する兄上様のためなら、このイザリア、戦場だって駆け回りますことよ」
ヴァルデマルとイザリアは仲が良い。
歳が近いこともあるが、イザリアが女子で王位継承権が低かったことで、マーレに警戒されなかったことが大きい。
エヴァルトは王位継承権2位とはいえ、正妻の子である。
日頃から権力争いが絶えない王城において、いつ誰が第二王子を『次の王の座』に担ぎ出すか分からない。
マーレにとって誰よりも危険な存在だった。
マーレは、ヴァルデマルがエヴァルトに心を許すことのないよう、厳しく言い聞かせてきた。
その心配も、エヴァルトがゼロスキルの無能であると判明した1年前に、不要なものとなった。
イザリアも実の弟であるエヴァルトを愛することが出来ずにいた。
母ルナリオが、エヴァルトを産んですぐに病に倒れたため、幼いイザリアは母の死をエヴァルトのせいだと思い込んだのだ。
さらには母を失った悲しみから、ヴァルデマルとマーレに甘えるようになり、どんどんエヴァルトを目の敵にするようになった。
そう仕向けたのも、もちろんマーレなのだが、子供たちは知る由も無い。
「ヴァルデマル陛下! 御即位、誠にめでたいのである。このナホロスもこれまで以上に粉骨砕身、陛下のために尽くすのである」
「おお、我が従兄弟ナホロスよ。ケモノどもに蹴散らされた無様な面で、よく俺の前に出てこれたものだな」
恭しく頭を垂れるのは、ヴァルデマルの従兄弟であるナホロスだ。
愚弟エヴァルトを捕らえるどころか、その足取りすら掴むことが出来ないでいる愚図な従兄弟である。
コボルの村で大敗を喫したナホロスが、ほうほうの体で王都へと逃げ帰ってきたのは昨晩のことだ。
新王の即位という大事な日に、敗戦の報告を持ち込んできたナホロスを、ヴァルデマルは苦々しく思っていた。
しかし、今日は祝賀の日。
これ以上、ナホロスを責め立てて、めでたい場を台無しにするわけにはいかなかった。
「まあよい。それはともかく、忌々しいのはケモノ共だ。王国の兵に手を出すとは許すわけにいかぬ」
「そ、そうである! すぐにでも大軍をもって、かの村を攻め滅ぼすべきである!!」
(簡単に言ってくれる……)
無邪気に騒ぐナホロスはさておき、ヴァルデマルは慎重だった。
コボルを攻め滅ぼしたいという気持ちに嘘はない。
しかし、ナホロスの報告によれば王国兵100人が、半分ほどの人数のコボルによって、瞬く間に壊滅されたという。
ヴァルデマルは無能ではない。
個人的な感情を優先して、無謀な戦いに兵を投入するような愚は侵さない。
(まずは彼我の戦力を把握せねばならんな)
王城には事実に基づいた情報が無い。
図書室にある大戦史は、勝者が創作した偽りの資料である。
ヴァルデマルは幼い頃に、母からそう教えられていた。
「ナホロス殿、そんなムチャを言うものではありませんぞ。コボルの村にはヴィスタネル大戦の生き残り、連合軍の英雄と呼ばれていた水蛇のマタリも健在と聞きます。攻めるにしても、しっかりと準備をせねば」
ナホロスに苦言を呈しているのは、白い髭をたっぷり蓄えたザゴンネス将軍だ。
エヴァルトの後見人がグロン将軍であったように、ヴァルデマルにも後見人がいる。
それが、このザゴンネス将軍だ。
ザゴンネス将軍は大戦にも参加していた。
当時はまだ20歳そこそこの若い将だったが、コボルやオルガの怖さは身をもって知っている。
「ザ、ザゴンネス将軍は、なにを弱気なことを言っているのであるか。将軍は平和ボケしているのである」
「なんと! 聞き捨てなりませんな。誰が腰抜けの弱虫か!?」
「そ、そこまでは言っていないのである! セ、セバスサン! セバスサンはどこでいるのであるか!?」
ザゴンネス将軍に凄まれ、ナホロスは脱兎のごとく逃げていく。
「ふん、いつも威勢がいいのは口だけだな。あの従兄弟殿は」
「兄上様。あんな愚図に任せていては、いつまで経ってもエヴァルトを捕まえられませんわ」
「分かっている。だが、エヴァルトごときに王家の有能な将の時間を割きたくないのだ。その点、ナホロスなら適任だ」
「それもそうですわね」
「そんな些事よりも、俺にはやらねばならんことが山ほどある」
父を自らの手で殺してまで手に入れた王座。
目的は、純血のヒュムによる国土の完全統一。
ヴァルデマルは己が野望に向けて、ようやく一歩を踏み出した。
―――――――――――――――――――――――
※読まなくてもいいオマケです。
トリスワーズ国 Tips <キャラクターの身体情報>
エヴァルト 16歳 178cm 65kg
シャルティ 14歳 170cm 58kg ※あとひと月で15歳
クローネ 28歳 172cm 62kg
〈New〉
ベントット 20歳 182cm 75kg
モーカレラ 15歳 152cm 43kg
★次回予告★
俺が新たに国王となったヴァルデマルだ。
ヒュムのヒュムによるヒュムだけの国を創る。
今日は俺の伝説の始まる記念すべき日だ。
ところで……お前はヒュムなんだろうな?
次回、あにコロ『episode30 一章閉幕』
いいから読め、読まねば殺す!
―――――――――――――――――――――――――




