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episode26 鬱を放つ

(エヴァルト視点/第三者視点)


 僕とマタリ長老は盟約を結び、そのまま夕方まで飲んで、親睦を深めた。


 と言っても、飲んでいるのも喋っているのも、主にマタリ長老だ。



「ヒュム達の卑劣な罠にかかり、ワシは1人取り残され、敵に囲まれたのじゃ。敵はヒュムが……たしか10人はおった。ワシは数多の首を自在に操り、噛みついては投げ、嚙みついては投げ――」



 主に大戦の英雄譚、というか自慢話だった。

 マタリ長老も酔いが回っているのだろう、もう同じ話を3回ほど聞かされている。


 そろそろ勘弁して欲しい。耳を休憩させてあげたい。



「ちょっと、お手洗いに――」



 僕がトイレに逃げようとしたとき、部屋の扉がノックされた。



「長老、王国兵の中隊が近づいております」



 壮年の男性が静かに報告する。



「どうやら、招かれざる客のようですな」

「目的は僕、でしょうね。こんなことになって申し訳ありません。すぐに村を出ます」

「いやいや、それには及びませぬぞ」

「しかし……」

「まあ、何と言いますかのぉ。殿下がいようと、いまいと、ワシらにとっては変わらんのですじゃ」



 居ても居なくても変わらない?

 いったい、どういうことだろう。



「ワシらはヒュムを嫌っておりますし、特に王家は怨敵(おんてき)。しかも、コボルは血の気が多いときております」



 僕は昨日のマタリ長老を思い出した。


 なるほど、たしかに。

 あれは長老が特別だったのではなく、大人のコボルは概ねあんな感じということか。



「王国兵が中隊規模で村に近づいてきたともなれば、もはや戦いは避けられません。先代の王はそのあたりも理解しておったようで、こちらを刺激するような真似はしなかったものじゃが……」



 兄が父を殺したことで、為政者(いせいしゃ)としてのノウハウが引き継がれなかったのだろう。


 いや、引き継いでいたとしても、あの兄ならば関係なかったかもしれない……。



「でしたら、せめて僕たちも――」

「それには及びませぬ。中隊ということは100人程でしょう。たかが100人に遅れを取るワシらではない。高みの見物がイヤ、ということでしたら、そうですな……、モカと一緒に子供たちを守っていて貰えると助かりますじゃ」



 これ以上の議論は無用、ということだろう。マタリ長老は僕の返事を聞くことなく、部屋を後にした。


 きびきびと歩く様は、先ほどまでお酒を飲んでいた人物と同じとは思えない凛々しい姿だった。


      ★


(第三者視点)


「ヒュムが我らの村に何の用か!?」



 村から少し離れた場所で、コボルの男達が王国兵と相対(あいたい)している。

 今にも噛みつきそうな勢いだ。


 すると、兵達の奥から馬に乗ったナホロスが現れた。



「ケモノ風情がエラそうであるな」

「なにを!?」



 いきなりケモノ呼ばわりされて、いきり立つコボルの若者を、年配のコボルが手で制した。



「まあ良い。別に今日は戦をしにきたわけではないのである。小生のありがたい言葉を聞くがよい」



 ナホロスが馬上で胸を張る。

 いつも横にいるセバスサンの姿が見えないのは、別の部隊を指揮しているからだ。


 一昨日の朝、ヴァルデマルに呼び出されて、リザドの村とコボルの村まで急遽捜索に出る羽目(はめ)になり、セバスサンを呼び寄せる時間も取れなかった。



「小生らは、国王陛下弑逆しいぎゃくの罪で逃亡している大罪人を探しているのである。貴様らに問うたところで、顔も知らぬでは話にならぬ故、小生自ら貴様らの村を捜索に来たのである。理解したなら、さっさとそこを通すのである」

「カッカッカッカ。これじゃ、これじゃ。ワシの知っておるヒュムはこういう奴らじゃったわい。懐かしいのぉ」



 ナホロスの前に大笑いしながら現れたのは、マタリ長老だ。



「ジジィ、なにがおかしいのであるか? 戦をするつもりは無いとは言ったが、老いぼれ1人殺すくらいは別に構わぬのであるよ」



 ――ジャッ


 ナホロスが手を挙げると、前列の兵士達が槍を前に構えた。



「カッカッカッカ。さっきから戦をするつもりは無い、などと抜かしておるが……お主にその気がなくとも、こっちの戦支度は30年前から整っておるわい!」

「なんだと!? ジジィ、耄碌もうろくしているのであるか? 兵の数はこっちが倍以上いるのである。いま謝れば、ジジィの首だけで許してやるのである」

「カッカッカッカッカッカッカッカ! 倍!? たったの倍!? これじゃから大戦を知らん若造は始末に負えん。その程度の人数差で貧弱なヒュムがワシらに勝てるわけがなかろうて」


 腕に青い鱗が生え、身の丈は倍、増えていく頭。

 マタリ長老の姿がみるみるうちに変貌していく。


 ナホロスは侮っていた。

 もちろん、コボルは変身するスキルを持っている、ということは知っていた。


 これまでに犬やら猫やら鳥やらに変身するコボルは何人も見てきた。


 だが、いまナホロスの目の前には、巨蜘蛛、九尾の狐、九つの首を持つ水蛇ヒュドラ、牛頭に、筋骨隆々の人身の怪物ミノタウロスまでいる。


どれもこれも、人の背を軽々と超える大きさのバケモノばかりだ。


 ヒュドラの姿になったマタリ長老の声が響く。



「さあ、ワシらの30年分の憂さ晴らしに付き合ってもらおうかのぉ」

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」



 変身したコボル達の(とき)の声が、一体に鳴り響く。



 ものの3分と持たず、ナホロス達は散り散りに逃げ出した。


―――――――――――――――――――――――

※読まなくてもいいオマケです。


トリスワーズ国 Tips <コボルの村>


 リザドの村よりさらに南、いくつか山を越えた先にあるコボル達の村。

村は山に囲まれた盆地にあり、コボル達は主に狩りをして生活している。

 長老のマタリは、大戦で活躍した連合軍の若き英雄の1人。

 若さゆえ、講和の場に立ち会うことは出来ず、結果的に大戦を生き残ることが出来た。

 当時のリーダーから預かっていた『シュヴァルの親書』を、今も大事に保管している。


★次回予告★

 どうも、コボルの皆さんが強すぎて……ちょっと引いているエヴァルトです。

 酔っ払いが大袈裟に話しているんだと思っていた長老の話も、全部事実だったのかもしれない。

 次回、あにコロ『episode27 暴虐の痕』

 ちょっとだけでも読んでみて!

―――――――――――――――――――――――――

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