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episode25 盟約の儀


「ジョーカー殿、こっちの方はいかがですかな?」



 長老が親指と人差し指で円を作り、口元でクイッとやった。


 なんだろう、この状況は。


 モカが元気に部屋に戻った後、僕は1人、長老の私室に呼ばれた。


 私室にはベランダが有り、僕は長老に促されて、ベランダに設置されたデッキチェアに座っている。



「飲めないことは無いのですが、そちらの方はめっぽう弱くて。」

「そうか、それは残念じゃ」



 残念だと言いながら、長老は二人分のショットグラスを持ってきてお酒を注ぎ始めた。


 気を遣ってくれたのだろう。僕のグラスには半分くらい量しか入っていない。


 一方、長老のグラスはお酒が表面張力している。

 それ、絶対飲むときにこぼれますよね?



「一杯だけ、お付き合いくだされ」



 長老はお酒が零れるのも構わず、グラスのお酒を飲み干した。


 続いて、僕も自分のグラスを空ける。

 リザドの村で飲んだものよりも、甘く飲みやすいお酒だ。


 ――と、思ったら後からアルコールが喉を焼いてきやがった。



「カッカッカ。本当に苦手なようですな」



 僕のしかめ面を見て、長老が相好(そうごう)を崩す。



「いや、失敬、失敬。そういえば、まだワシの名を名乗っておりませんでしたな。ワシはマタリと申します。……エヴァルト殿下」



 ん? いま、なんと?


 突然の出来事に固まっている僕の前に、マタリ長老は例の人相書きを出してきた。

 

 恐ろしく似ていないとウワサの、僕とシャルティの人相書きだ。



「盗み聞きするつもりは無かったのじゃ。ただ、ワシらコボルはちょいと人より耳が良くのてのぉ。たまたま聞こえてしまったんじゃよ……しかし、この人相書きはヒドい出来ですな。カッカッカッカッカ」



 そこまで言われて、ついさっきシャルティが、モカに本名を名乗っていたことを思い出した。


 迂闊(うかつ)だった。

 匂いだけでヒュムだと気づく人達だ。


 部屋の中にいないからといって、話し声を聞かれない保証など無かったのだ。


 僕は観念して、マスカレードマスクを外して素顔を晒す。


 デッキチェアから立ち上がって、王家の礼式に(のっと)った名乗りを述べた。



「こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。亡きヴィスタネル王、ランヴァルス=ヴィスタネルが次男、エヴァルト=ヴィスタネルです。」

「ふむ。では、大戦の覇者シュヴァル=ヴィスタネルは……」

「僕の祖父にあたります」



 そう答えると、マタリ長老は深くため息を吐いた。



「なんの因果でしょうなあ。言わずもがな、シュヴァル=ヴィスタネルは我らコボルの怨敵おんてき。しかし、その孫であるエヴァルト殿に、我が孫を救って頂くことになるとは」

「ベントットからも聞きました。我が祖父、シュヴァルを筆頭とするヒュムが、連合軍のリーダーを騙し討ちにした、と。しかし――」

「カッカッカッカッカ。信じられませぬか。無理もない。確固たる証拠もなく、自分の祖父を悪人呼ばわりされて、むしろ不快で当然でしょう」

「そう、そうなのです!」

「では、証拠がある、としたら?」

「え……!? あるの……ですか?」



 ヒュムが連合軍を騙し討ちにした証拠が?


 マタリ長老が、懐から日焼けした皮紙(ひし)を取り出す。



「これはシュヴァル殿から連合軍に送られた『講和の親書』ですじゃ」



 皮紙には、確かにシュヴァルから講和を持ち掛けている文面が記されていた。


 割れている封蝋ふうろうの印章も、王城で幾度も目にしてきたヴィスタネル家独自のもので間違いない。


 つまり、ヴィスタネル大戦記に記された「連合軍の降伏によって大戦は集結」という一文は捏造されたものであることは証明されてしまった。


 そして、シュヴァルから講和を持ち掛けたにも関わらず、ヒュムの勝利で大戦が終結する結末を迎えたのは何故か、と考えれば『講和のために集まった連合軍のリーダーを騙し討ちにした』という話が真実味を増してくる。


 気付けば、今度は僕が深いため息を吐いていた。



「僕は何も知らずに生きてきたのですね。大戦の英雄と言われてきた祖父が、まさか、こんな……。父は知っていたのだろうか。……ヴァルデマルは知っているのだろうか」



 今まで自分が生きてきた王家そのものが分からなくなってきた。


 兄の策謀によって王家を追われる身となったが、それでも王家に叛意(はんい)を抱いたことは無いし、王家の人間であったことを誇りとしていた。


 大戦の英雄の血筋であることを誇りに思っていた。


 それらの誇りが、偽りの上に建てられたハリボテなのだとしたら。


 僕はもっとこの国をらなくてはならない。

 クロ姉に言われたからではなく、僕の意思で識りたいと強く思った。



「ところで、エヴァルト殿下は本当に前王を手に掛けられたのか?」

「まさか! あれは我が兄、ヴァルデマルによるものです。僕は……、僕は……ヴァルデマルに」

「カッカッカッカ。王城は城壁と兵士に守られておるのに、外よりも余程危険なようですな」



 大笑いしながら、僕との会話をツマミに、マタリ長老はお酒を飲む。


 数えてないけど、もう4、5杯は飲んでいるのでは……。



「殿下、シャルティ殿とモカが友となったように、ワシらも手を握り合うことは出来るじゃろうか?」



 マタリ長老の目が、真っ直ぐに僕の目を見ている。



「もちろんです。この繋いだ手を、更に多くの人々の手に繋げていくことで、僕はこの国に信のを作りたい」

「それは何と壮大な。この国の現状いまを思えばまさに夢物語じゃ。殿下に出来ますかな?」

「分かりません。しかし、大きな壁があることは、乗り越える努力をやめる理由とはならないはずです。まずはもっとあなた達のことを知りたいと思います」

「殿下が、その理想を叶えるために力を求めたならば、ワシは命を賭けて殿下を支えることを誓いましょう」

「長老……」

「カッカッカッカ。これはコボルとヒュムではなく、ワシと殿下の盟約ですぞ」

「マタリ長老の信に感謝します」



 僕はショットグラスを持ち上げる。

 マタリ長老が一瞬驚いた顔をして、笑いながら僕のグラスにお酒を注いでくれた。



「僕たちの盟約に」

「乾杯」




 お酒がのどを通り、心が熱くなった。


―――――――――――――――――――――――

※読まなくてもいいオマケです。


トリスワーズ国 Tips <リザドの村>


 王都の南側にあるリザド達の村。村の周りには湿地帯が広がっており、古くから農地として活用されてきた。近くにある湖では食用の魚も獲れる。

 5年前、ヴィスタネル王族襲撃計画に多くの若者が参加し、その命を散らしたことで、村には若い男性が少なく、野盗から身を護ることもままならない状況となった。


★次回予告★

 どうも、エヴァルトです。

 正体がーバーレーてーたー!

 長老の地獄耳がエグすぎる!!

 じいちゃんの話もショックだったなあ。

 ずっと驚かされてばっかりだったなあ。

 次回、あにコロ『episode26 鬱を放つ』

 ちょっとだけでも読んでみて!

―――――――――――――――――――――――――

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