episode24 力の制御
「モーカレラを助けてくれたこと、礼を言う。昨日のワシの態度も失礼じゃった。この場で謝罪させてもらう」
「とんでもない。うちのジョーカーが勝手なことをして、申し訳ありませんでした」
深夜のドラゴン騒動から一夜明けて、謝罪しあう大人たちの図。
謝るようなことは何もしていない、と心では思いつつも、僕とシャルティも頭を下げる。
いや、そういえば――
約束破って外に出ちゃったし、
見張りの人に自白のスキルも使ったし、
長老に導眠のスキルも使った。
僕、謝るようなことしてるな。
いや、今はそんな些細なことよりも、もっと大切なことがある。
「長老、僕たちはまだモカを助けられていません」
「どういうことじゃ?」
「たしかに、僕は昨日、暴走しているモカを止めました。しかし、あれは昨夜が初めてではないですよね? そして今後も続くのではないですか?」
「たしかに。お前さんの言う通りじゃ」
長老の悲痛な顔。
本当にモカのことを案じているのだと伝わってくる。
「お願いです。僕にモカを助けさせてください」
「なぜじゃ……。どうしてヒュムのお前さんが、モカを助けようとするんじゃ? モカはコボルじゃぞ。お前たちがケモノと嘲るコボルじゃ」
「モカは……僕の大事な仲間の、友達です」
シャルティが強く頷く。
そんな彼女を、長老はオバケでも見ているかのような顔で見つめていた。
「友達じゃと? ヒュムとコボルが友達?」
「……ヒュムとか、コボルとか。……友達になるのに、関係ない。……私とモカ、友達」
シャルティが、ギュッと拳を握りこむ。
「そうか。関係、ないのか」
長老の呟きに、僕とシャルティは強く頷いた。
横でベントットも満足そうに腕を組んでいる。
クロ姉が、一歩、長老に近づく。
「若輩者が生意気を言います。どうか新しい世代の若者たちを信じていただけませんか?」
長老は目を静かに閉じて、とつとつと話し始めた。
「モーカレラはスキルが強すぎて制御できておらんのじゃ。過去にも同じような事件があったと村の記録にある」
「なんだ、前例があるんじゃねぇか。そんときゃどうしたとか記録にあるんじゃねぇか?」
「前例はある。あるにはあるが……」
長老が言葉を濁す。
あまり楽しい話では無さそうだ。
「自分の力をコントロール出来ない者のほとんどは幽閉されたそうじゃ。力が強すぎて幽閉することも出来ない者は自然へ還した、との記録もある」
僕たちは息をのんだ。
力が強すぎて幽閉することが出来ない者、とはまさにモカのことじゃないか。
自然へ還したとは、言うまでもなく殺したということだ。
世が世なら、と考えると背筋が冷たくなる。
「100年以上も昔の話じゃ。モーカレラを幽閉など出来ようはずもない。モーカレラが成長して、スキルをコントロール出来るようになるまで耐えれば良いのじゃ。村で話し合って、そう決めた」
「それは、あとどれくらいかかるんですか?」
「分からぬ。数日なのか、数年なのか……」
昨晩の様子を思い返す。
モカが暴れたことで、村には甚大な被害が出ていた。
家族である長老は耐えられるかもしれないが、村人が数年もこの状況を受け入れられるとは到底思えない。
「僕のスキルは、他人のスキルを奪うものです」
「なんじゃと?」
「僕がモカのスキルを奪えば、問題は解決する。しかし、罪の無い人のスキルを無断で奪うことは僕の信条に反します」
「全てをあの子に話して、本人が納得すればスキルを消してやる、と言うことか」
頷く僕の目を、長老の鋭い眼光が貫く。
「ふん。嘘をついているわけではなさそうじゃな。考えるべくもないわい」
長老は「よっこらせ」と立ち上がると、奥へと下がっていった。
10分後。
「おじいちゃんのバカぁ!」というモカの叫び声が、家中に響いた。
★
「あ、ラビットだぁ。おはよぉ」
「……うん、おはよう」
長老に連れられて、モカが部屋に入ってきた。
泣いていたのだろう。目の周りが少し赤い。
「おじいちゃんからぁ、全部聞いたのぉ。モカのせいでぇ、村のみんなが困るのはぁ、絶対にイヤなのぉ。モカはぁ、おじいちゃんのこともぉ、村のみんなのこともぉ、大好きでぇ、みんな幸せがいいしぃ、一緒にいたいんだぁ。だからねぇ、ジョーカーにお願いがあるのぉ」
モカはそこまで話すと、一度大きく息を吐き、少しだけ息を吸った。
「モカのスキルをぉ、消してください」
モカが、スカートの裾をギュッと握り、小さく頭を下げる。
顔は隠れているが、涙がポトポトと落ちて、スカートを濡らしていた。
昨日、シャルティと話していたときの彼女は、スキルが使えるようになることを諦めていなかった。
スキルを使えることが当たり前の国で、スキルを使えないようになることがどれだけみじめか、僕がよく分かっている。
にも関わらず、一生スキルが使えない身体になることを、彼女は今日、ほんの10分の間に決断したのだ。
家族のために。
村のみんなのために。
僕は、自分と1歳しか違わない女の子に、尊敬の念を覚えた。
「それじゃあ、はじめるよ」
スキルを失うところをなるべく見られたくない、というモカの希望で、部屋の中は僕とシャルティと、モカの3人だけ。
モカは僕と2人だけがいい、と言っていたのだけど、「男と2人きりなど許さん!」と騒ぐ長老のために、シャルティだけは同席させることになった。
椅子に座っているモカの頭に、静かに掌を当てる。
――強奪
凄まじい力が流れ込んでくる。
これまでに野盗からいくつものスキルを奪ってきたが、そのどれよりも力強くて、熱い。
1分ほど経って、僕の身体は膝から崩れ落ちた。
「……ジョーカー、大丈夫!?」
「うん、僕は大丈夫。モカの様子は?」
シャルティに肩を借りて、モカの方を見る。
「うぅん。モカぁ、なんかぁ、身体が変なかんじぃ」
モカが、その身を縮こまらせて震えていた。
「やっぱり、奪いきれなかったんだ……」
モカのスキルは大きすぎた。
その強大な力を奪いきる前に、僕の体力が尽きてしまったのだ。
シャルティの目の前で、モカの姿が徐々にレッドドラゴンへと変わっていく。
竜の爪、竜の角、竜の鱗、竜の翼。
――しかし、そのサイズは全長で1mほどだった。
「あれぇ、モカぁ、もしかして変身してるぅ?」
小さなレッドドラゴンは目をパチクリさせて、そう言った。
「……モカ、良かった!」
シャルティが、小さなレッドドラゴンとなったモカの首に抱きつく。
どうやら、僕が力を奪いきれなかったことで、モカのスキルが残ったらしい。
「えへへ、痛いよぉ。ラビットぉ」
「……違うの、モカ。……本当は、ラビットじゃないの」
「えー、どういうことぉ?」
「……私の名前、シャルティ。……もう友達に、嘘つきたくない」
「シャルティがぁ、本当のお名前ってことぉ? そうなんだぁ♪」
「……噓ついて、ごめんね」
謝るシャルティの頭を、モカが小さな翼で包み込む。
「いいよぉ。本当のお名前をぉ、教えてくれてぇ、ありがとぉ♪」
「……モカ、ありがと」
シャルティはモカに名前を教えてしまった。
僕が止めれば、きっとシャルティは思いとどまっただろう。
それでも僕は、今のシャルティの気持ちを大事にしたいと思った。
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※読まなくてもいいオマケです。
トリスワーズ国 Tips <グレンジ公国>
トリスワーズの南にある小国。国境には他人種の立ち入りを拒む『エルフの大森林』が広がっており、ここ数百年は両国における交流は無い。攻められる心配もないため、ヴィスタネル王家も南に兵を配置していない。
数百年前はエルフの大森林を他人種が行き来できる時代もあったらしく、その頃は交流も戦争もあったとされている。
エルフの大森林の近くにある古城が、その時代唯一の名残と言える。
★次回予告★
どうも、エヴァルトです。
小っちゃい竜ってカワイイなあぁぁぁぁぁ。
モカをゼロスキルにしないで済んで本当に良かった。
なんだか僕も泣けて来ちゃった。
次回、あにコロ『episode25 盟約の儀』
ちょっとだけでも読んでみて!
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