episode02 危機察知
「殿下ー! エヴァルト殿下ーー!!」
そう叫びながら、部屋に突入してきた大柄の男。
僕の後見人のグロン将軍だ。
生まれてすぐに母を亡くし、父は政務で多忙だった僕にとって、グロン将軍は座学の教師であり、剣術の師範であり、育ての父のような存在である。
グロン将軍は、床に組み伏せられ剣を突き付けられた僕の姿を見るなり激昂した。
「貴様ら! 殿下になんという無礼を!」
言うや否や、グロン将軍は剣を向けていた近衛兵を片手で持ち上げると、力任せにぶん投げた。
大人の男の身体が空中を舞い、本棚の上の方に激突した。怖っ。
慌てて、もう一人の近衛兵が剣を抜こうとするが、剣のグリップを掴んだときには壁際までふっ飛ばされていた。
やっと自由に動ける。しばらく力任せに床に押し付けられていたので、胸と顎が痛い。
グロン将軍が、倒れている僕に手を差しだす。
鍛え上げられた筋肉、盛り上がった太い腕がなんとも頼もしい。
僕は立ち上がって剣を抜き、グロン将軍と背を合わせる。
「助かったよ。よくここが分かったね、将軍」
「私のスキル『危機察知』が殿下の危急を告げましてな。陛下に呼ばれていると聞いて、ここへ駆けつけた次第!」
危機察知って自分以外の危機も察知してくれるのか。
スキルって便利だなあ。
正直、めちゃくちゃ羨ましい。
おっとゼロスキルの僻みが出てしまった。
気を付けよう。
部屋の奥から、軽やかな拍手が聞こえてきた。
「さすがは我が国が誇る名将、グロン将軍。こんな夜更けに駆けつけるとは。忠臣の鑑だな」
敵もさるもの引っ搔くもの。
ヴァルデマルは闖入者の登場にも全く動じていないようだった。
椅子から立ち上がったヴァルデマルは、パーティーの会場を歩いているかのような悠然とした足取りで、こちらに近づいてくる。
臣下であるグロン将軍が、第一王子に問答無用で斬りかかってくるような真似はしない、と踏んでいるのだろう。
ヴァルデマルは、グロン将軍が構える剣先の僅か手前で立ち止まった。
「ヴァルデマル殿下! これはいったいどういうことか!?」
憤るグロン将軍が、唾を飛ばしながら吠えた。
ヴァルデマルは、その様子を冷ややかな目で眺めている。
「なんだ、第二王子は後見人も察しが悪いのか。ほら、貴様の大切なものだ。拾うがよい」
ヴァルデマルが足元にあった『王の首』を蹴り、グロン将軍の方へと転がした。
「見ちゃダメだっ! 将軍!!」
不意に主君の生首を見せられれば、いかに歴戦の強者といえど少なからず動揺する。
「これは……陛下! なんということを」
グロン将軍が『王の首』に気を取られた瞬間を、ヴァルデマルは見逃さなかった。
稲妻のように鋭いヴァルデマルの一太刀が、グロン将軍の首に向かって伸びる。
「ん、ぐぅぅ」
ヴァルデマルの一閃が、その首へ届くより一瞬早く、グロン将軍の左腕が剣筋を防いだ。
左の前腕に、ヴァルデマルの剣が深々と刺さっている。
グロン将軍の常人離れした筋肉が無ければ、腕ごと首が飛んでいたに違いない。
「ほぉ、これを防ぐのか。バケモノのような筋肉と反応速度じゃないか。スキル『危機察知』、地味に面倒なスキルだな」
ヴァルデマルが舌打ちしながら、剣を構え直した。
さらに、さっきグロン将軍が投げ飛ばし、突き飛ばした、二人の近衛兵も立ち上がっている。
「殿下。残念ですが、ここは逃げるほかないようですな」
グロン将軍の提案に、ヴァルデマルが口を挟む。
「いやいや、逃げられては困る。そこの無能には反逆罪で死んでもらうことになっているのだ」
ああ、兄の殺意がスゴい。
入口に近衛兵が一人、正面側から囲むようにヴァルデマルと近衛兵がジリジリと間を詰めてくる。
「私は陛下よりエヴァルト殿下をお守りするよう命じられた身。こんなところで殿下に死なれては、亡き陛下に顔向けが出来ませぬ……シャルティ!」
グロン将軍が愛娘の名を叫ぶ。
その瞬間、辺りは煙幕に包まれ、パンッ、パンッ、パンッと炸裂音が鳴り響いた。
煙幕に視界を遮られ、炸裂音で耳がキーンとしている。
誰かが僕の腕を掴んで引っ張る。
どうやら扉の方へ誘導してくれているようだ。
白い世界から抜け出し、王城の廊下へと出る。
僕の腕を引っ張っている『誰か』と目が合った。グロン将軍の娘シャルティだ。
グロン将軍が後見人に決まったときから、いつも一緒に遊んできた、ひとつ下の幼馴染。
濡羽色の艶やかで長め黒髪、透き通るような白い肌。――無表情な顔。
控えめな胸に加えて、女性にしては少し高めの身長。
さらに男性服を着ているため、中性的な雰囲気が漂う。
ときどき、同性から恋文を貰うこともあるそうだ。
などと、悠長なことを思い出している場合ではない。
「ありがとう、助かったよ」
お礼を言っても、その表情はピクリとも動かず、ただ口をパクパクさせている。
――違う。
さっきの炸裂音で、僕の耳が聞こえなくなっているんだ。
「ごめん、聞こえない。なに?」
シャルティの口の動きをじっと見て、一文字ずつ声に出してみる。
「は」
「し」
「れ」
合っていたのだろう。シャルティは頷くと、また僕の腕を掴んで走り出す。
いやいや、先へ進むには一人足りていないじゃないか。
「ちょ、ちょっと待って。まだ将軍が来てないよ」
しかし、シャルティは首を振る。
その顔には、強い決意の眼差しと、別れを覚悟した憂いが同居していた。
グロン将軍は殿として、あの場に残ったのか。
煙幕が消えても、奴らが僕を追えないように。
僕とシャルティが逃げる時間を稼ぐために。
王城を抜け出し、暗い城下町を走る。
何も言葉をかけることが出来なかった。
僕は、シャルティに腕を引かれるまま、無言で走った。
時折、シャルティの方から鼻をすする音が聞こえる。
いつの間にか、僕の耳も治っていたようだ。
親不孝なことに、僕は今更ながら、父を殺されたのだという実感が湧いてきた。
父は政務に忙しく、世の父子のように構って貰った記憶は無い。
それでも、幼い頃に父に抱き上げられたときのことや、剣術の筋が良いと褒められて嬉しかったことが、不意に思い出されて目頭が熱くなってくる。
だけど僕には、父の仇を討つ力などない。
逃げることしか……出来ない。
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※読まなくてもいいオマケです。
トリスワーズ国 Tips <大戦②>
オルガ・コボル・ハピラ・リザドが結託し、トリスワーズの征服を企む。
ヒュムはシュヴァル=ヴィスタネルを中心に団結し、これの鎮圧にあたり、連合軍の降伏によって大戦は集結、戦いは3年に及んだ。
シュヴァル=ヴィスタネルは連合軍の首謀者の責任のみを問うものとし、種の責任を問わずトリスワーズの民として受け入れた。
―――『ヴィスタネル大戦記』 序文より抜粋
★次回予告★
ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、どう、も、エヴァ、ル、トで、す。
めっちゃ走らされた。お城広すぎ。階段多すぎ。さすがにしんどい。
あ、次はシャルティの話だよ。僕を助けにくるまでのサイドストーリーってやつ。
次回、あにコロ『episode03 父の背中』
ちょっとだけでも読んでみて!
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