episode11 隠れた才
僕たちは、マスカレードマスクの女性に連れられ、雑木林の奥の小屋に入った。
女性の背はシャルティと同じくらい、だがスタイルは抜群に良いのが外套越ししでも分かった。
黒髪にスミレ色のハイライトメッシュを入れたショートヘアからは、大人の遊び心が漂っている。
小屋に入ると、女性はパンとコーヒーをご馳走してくれた。
身体が芯から温まる。
僕たちが落ち着いた頃合いを見計らって、女性が口を開いた。
「最初に一番大事なことを伝えておくわ。あたしの名前はクローネ。王子様の味方よ」
これから賞金首として突き出そうと考えている人が、パンやコーヒーを振舞ってくれたりはしないことくらいは、僕だって分かる。
しかし、腑に落ちないことが多すぎて、素直に「そうなんですね、ありがとうございます」とは言えなかった。
「えーっと。まずは野盗から助けて頂いてありがとうございました。それで、その……あなたは一体、何者なんでしょう? どうして僕の味方になってくれるんですか?」
「あたしが何者かって? このマスクを見たら分かるでしょ」
「いや、分かんないです」
「ヒ・ミ・ツよ、秘密。素顔もバレたくないから、わざわざマスカレードマスクなんかしてるんじゃない。変な趣味とかじゃないんだからね!」
あ、変っていう自覚はあるんだ。
「どうして王子様の味方になるのか……それも具体的なことは言えないんだけど、ある高貴な人のためよ。今、言えることはそれくらい。ごめんね」
ある高貴な人……いったい誰だろう。王家から命を狙われている僕を助けようなんて、奇特な貴人に心当たりは無いのだけれど。
もしかして、と思いシャルティの方を見てみるが、彼女は静かに首を振った。
シャルティも心当たりは無い、か。
うん、考えても仕方がない。
クローネが敵なら、わざわざこんな回りくどいことをする必要なんかないし、理由は分からないけど、なんか味方してくれるってことで納得するしかないな。
もう僕は考えることをやめた。
「わかった。僕はクローネを信じるよ」
「ほんと!? 良かった! ありがとう!! ほんっとーにありがとう!!」
ちょっと引くくらい喜んでる。
大人の魅力と、子供の無邪気さが混在した不思議な女性だ。
シャルティも無表情なようで、苦笑いしている。僕には分かる。
「信じて貰えたところで、もう1つ。信じられないような話だけど信じて欲しいことがあるの。それはね……王子様、あなたはゼロスキルなんかじゃないってことよ」
ん? いやいやいや、それは無い。
無い。
無い無い。
無い無い無い。
1年前にスキルが発現しなくて、
それからずっと、
何度も、
何度も何度も、
何度も何度も何度も試した。
父から、兄から、姉から、
従弟から、周囲の大人たちから、
落胆され、蔑まれ、憐れまれ、
泣きながら何度も試した。
それでも、ただの一度だってスキルが発現することは無かった。
「……殿下、大丈夫?」
シャルティが心配する声で我に返った。
怒りなのか、悔しさなのか、頭がクラクラしている。
「冗談でも、言っていいことと悪いことがある。――僕にスキルが無いことは、僕が一番分かってるんだ!」
「気持ちが分かるとは言わない。それでも、あなたにスキルがあることは事実なの。ただ、これまでは条件を満たせなかっただけ」
「……条件?」
「そう、条件。あなたのスキルは、まず相手の頭部を掴まなくては発現しない。スキルは……『相手のスキルの強奪』よ」
相手の頭部を掴む、確かにそんなことは試したことが無かった。
試そうと思ったこともない。
ただでさえ、王族は他人に触れる機会が少ないのだ。
そのうえで、他人の頭部を掴むってどういう理由、どういう状況で起こりうるのか、想像もつかない。
「嘘だ。そんなスキルがあるわけがない。大体、どうしてそんなことが分かるんだよ」
「嘘かどうかは、試してみれば分かるわ」
「試すって……もしクローネが言っていることが本当なら、他人のスキルを奪うってことじゃないか。そんなこと……」
ゼロスキルに苦しんできた僕が、他人のスキルを奪ってゼロスキルにするなんて。
――ドドオオオォォォォォン!!!
小屋の外で、巨大な猪が落とし穴に落ちたような音がした。
「ちょうど、お客さんみたいね」
クローネが小屋の外に出たかと思うと、すぐに戻ってきた。
手を後ろに縛られた、見覚えのある野盗を3人引き連れて。
さっきの仕返しをしようと戻ってきたら、クローネが仕掛けておいた罠にハマったらしい。なんてマヌケな話だろうか。
これからクローネが言うであろうことは予想できた。
どういうカラクリかは分からないけれど、きっとクローネが言うように、僕は彼らのスキルを奪うことが出来るのだろう。
あとは僕の覚悟だけの問題だ。
「ねえ、王子様。こいつらはスキルを悪用して、罪の無い人達から財産を奪う悪党よ。スキルを持たせたままにしたら、きっとまた他の人を不幸にするわ。でも王子様なら――あら、ちょっとイイ顔になったわね」
野盗たちにも、それぞれ野盗になった理由があるのだと思う。
それが私利私欲のためなのか、生活に困窮したからなのか、それともほかの理由なのか、それは分からない。
それでも、どんな理由であれ、他人から奪う者は、自らも奪われる覚悟が必要だ。
そして、これから先、僕の人生も同じ覚悟が必要になる。
――僕も今から『奪う』のだから。
リーダー格の野盗、ホビトの額に掌をゆっくり近づける。
「おい……なんだよ。何する気だよ!」
「あんたのスキルを貰うんだ」
ホビトのスキルの効果で正直に喋ってしまった。
「な、なにをバカなことを。ゼロスキルの無能のくせに。スキルを奪うなんて……出来るわけないだろ!」
強がっているが、明らかな怯えが伝わってくる。
掌を額にピタリと添えると、温かくゾワゾワとした感覚が、腕を伝わって頭に流れ込んできた。
彼の精神型スキル【自白】が、その効果や制約と共に自分の中に溶け込んだことを確信した。
そして、これは同時に彼のスキルが喪失したことを意味する。
「どうして……こんなスキルだったんだろう」
「きっと、王子様がそういう人だからじゃないかしら」
「……?」
「このスキルの怖さが分かっている。むやみやたらとスキルを乱用しない。そんなあなただから、このスキルに選ばれたんだと思うわ」
選ばれた……?
くだらない。後付けの解釈だ。
スキルに人を選ぶ意思など存在しない。
それでも。
スキルに見捨てられたと思っていた僕の心は、
クローネの言葉に少しだけ救われた。
このスキルを正しく使えるように、ゼロスキルの1年間があったのだと。
辛酸と屈辱にまみれた、この1年にも意味があったのだと思えた。
僕はこの日、初めてスキルを奪った。
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※読まなくてもいいオマケです。
トリスワーズ国 Tips <キャラクターの身体情報>
エヴァルト 16歳 178cm 65kg
シャルティ 14歳 170cm 58kg ※あとひと月で15歳
クローネ 28歳 172cm 62kg
ヴァルデマル 20歳 175cm 64kg
ナホロス 18歳 164cm 60kg
グロン47歳 202cm 135kg
ゲイン22歳 121cm 28kg
★次回予告★
どうも、エヴァルトです。
クローネがどうして僕のスキルのことを知っていたのかは謎のまま。
聞いても多分「ヒ・ミ・ツ」とか言われるんだろうな。
考えても仕方ないか。
次回、あにコロ『episode12 正義仮面』
ちょっとだけでも読んでみて!
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