表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第3話

   

 鶴子は幼い頃に母親を亡くし、男手一つで育てられた。父親は小さな会社を経営していたという。

 経済的には不自由のない暮らしであり、鶴子の大学も、国立ではなく金のかかる私立だったのだが……。

 大学に入って半年が過ぎた頃、不幸は起こった。

 運転資金を騙し取られて会社経営が立ち行かなくなり、精神的にも追い詰められた父親が、自殺してしまったのだ。

 借金ばかりが遺された結果、鶴子は大学を辞めて、夜のお店で働くようになったのだという。

「ごめんなさい、ヘビーな話で……」

「いや、構わないよ。仕事柄、似たような話は何度も聞いてきたから。もちろん、経営コンサルタントに持ち込まれるのは、倒産する前の段階だけどね」

「あら、そうでしたね。猿渡さんはコンサルタント企業ですから……。でしたら、もっと早くに猿渡さんとお知り合いになれたら、私の父も助けてもらえたのかしら」

 冗談っぽい口調で、鶴子はクスッと笑う。

 笑い飛ばせるような話ではないが、こういう態度を取らざるを得ないのだろう。そう思った猿渡は、相応の返し方をする。

「どうだろうね。状況次第では、僕でも無理だったかもしれない。神様ではなく、しょせん『猿』だからね。猿渡だけに」

 最後の一言は余計だったが、つい口から出てしまった。

 コンサルタントの話題になったからだろう、と猿渡は思う。


 猿渡は優秀な経営コンサルタントではなく、むしろ悪徳業者だった。顧客の会社経営を助けるどころか、仕事を通じて得た情報を利用して、相手から金を騙し取ることも多かったのだ。

 昔話の猿蟹合戦に出てくる猿みたいに狡賢い。猿渡は自分自身をそう認識していた。

 猿蟹合戦といえば、蟹みたいな男を相手にしたこともある。

 四角張った赤ら顔で、名前は加仁田。外見だけでも名前だけでも蟹は連想しなかっただろうが、二つ合わさったせいで『蟹』という印象になっていた。

 その加仁田に対して猿渡は「会社の経営資金を簡単に増やす方法がある」と持ちかけた。「内緒だが絶対に高騰する株を保持している」と言って、暴落寸前の株を大量に売りつけたのだ。

 かわいそうに加仁田は「配当金だけでも会社の運転資金には十分だから」という言葉を信じてしまった。猿蟹合戦の蟹が柿の種から芽が出るのを待つように、配当金を楽しみにしていたようだが……。

 大事な株券は結局、二束三文の紙切れになってしまい、加仁田の会社は倒産。加仁田自身は首を縊ったという。

 それこそ鶴子の父親も、この加仁田と同様のケースだろう。とても彼女には言えないが、猿渡は「騙される方が悪い」と思うのだった。


「あらあら。猿渡さんが『猿』なら、私は『鶴』でしょうか」

「そうだね。鶴子ちゃんは『鶴』だから……。鶴の恩返しかな?」

 猿渡が鶴の恩返しを持ち出したのは、密かに猿蟹合戦を思い浮かべていたが故の、昔話繋がりだった。

「お父さんが騙された結果、鶴子ちゃんは夜のお店に落ちたのだから、いわば罠にはまったようなもの。鶴の恩返しの冒頭、狩猟罠につかまった鶴と同じじゃないか」

「あら、猿渡さん。夜のお店に『落ちた』って言い方は、失礼じゃありません? うちは健全な店ですのよ。風俗ではなくて」

 口を尖らせて怒ったような顔を見せるが、あくまでも冗談だった。その証拠に、猿渡を嫌がるどころか逆に、彼女は彼の手の上に、そっと自分の手を重ねてくる。

 今さらのように、猿渡は思い出す。ここはキャバ嬢との過度なスキンシップも許される店であり、この程度は序の口に過ぎない、と。

「僕が鶴子ちゃんを助け出したら、鶴の恩返しみたいに、何か恩返しを期待していいのかな?」

「助け出すといっても、風俗ではないのですから、身請けなんてありませんよ? でも、たくさんご贔屓にしていただけたら嬉しいですわ」

 そう言って微笑む鶴子の手を、猿渡は、ギュッと握り返すのだった。

   

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ