序章 3
私とルネを乗せ、エンジン音を静かに響かせ早朝の街並みを走るトライク(3輪バイクのことを指す)。サイドカーには荷物を載せ、ルネは私の後ろで、背中にピッタリくっついている。トライク+サイドカーは運転しづらいのだけれども、私とルネは自慢じゃないけれど事故ったことは一度もない。とはいえ、これからも気をつけて運転しないといつ事故に合うかどうかわからないので、気をつけて運転をする。
まだ目覚めぬ街並みを横目に。
「やっぱ、朝だと人そんなにいないね」
「いない方がいいんじゃないか。見送られて流刑っていうのも可笑しいだろう」
「それもそっか。……まあ、この景色も見納めかあ」
「そうだな。陛下が心変わりするか、お亡くなりなるまで私らはこの景色を見られない」
後者は兎も角、前者は当分ありえないだろう。なにせ不敬罪だ。私が陛下の立場なら一生でも許さないだろうし。その部下が能力があったとしても、だ。それにそう容易く許していては他の部下の心が離れていくだろう。
陛下のお気持ち、陛下の立場を考えれば、私達がこの国に帰ってくることはない。
「お兄様たちにもうちょっときちんと挨拶してくるべきだったかなあ」
「なんだ?きちんと挨拶してこなかったのか?」
「いや、もうホント簡単、というか。また会えるよ、ぐらいの簡素なものだったし。手紙のやり取りは、きちんとするように、って言われてるからね」
「手紙送れるのか?」
「お姉様は週に一度は使者を送ってくるって言ってたよ」
「あの人ならどんな手を使っても、やりかねない、な」
ルネの上には兄が一人、姉が3人いる。一番末っ子で、腹違いの姉妹であるルネを兄弟は皆溺愛していた。長兄のジョズエ様を始め、長女のナタリー様、次女のエマ様、三女のレオンティーヌ様からは口酸っぱく、
「ルネを不幸にしたら一族郎党地獄のそこまで追いかけるからな」
と言われている。この不敬罪に巻き込んでしまったことが割とそうなのでは、と思ったが、すんなりこうなったという事は、不幸にしたということではないのだろう。それだけは助かっている。
まあ、この国を出たらどうなるかは分からないが、この国を出るまでは私は安全だろう。それ以降はわからないし、私が暗殺でもされて連れて行かれてもそれはそれで仕方がないとは思う。
…いや、心の底ではそんなふうに断罪されたいと私が思っているのだろう。そうやって逃げたいと思っている私もいる。それは自分勝手で、ルネを不幸せにすると思いながらも、だ。
「…………ねえ、ヴィヴィ」
「ん?」
「私がいなければ、なんて思ったりする?」
「…は?」
「だって、ヴィヴィは私がいなければ一生、この国で安定した生活を送れただろうし、それに…」
私はトライクを道の端っこに止め、ルネの方を向く。二人共、顔は出るタイプのスポーツジェット、と呼ばれるタイプのヘルメットをしているため、顔は見える。
いつもはとても美人なルネの顔が、とても不安そうに、そして、とても幼く見えた。
「いいかい、ルネ。私は、ルネのいない人生なんて考えられない。君はどうだが、知らないが。私は、陛下の前から、君が大好きだった。ずっとずっと大好きだった」
「…………私も、私もヴィヴィのことが…。でもそれは、迷惑かなって…、ずっと…」
「迷惑だなんて、思ったことはない。…不安になるようなら何度だって言う。私はルネのいない人生なんて考えられない。昔も今も未来も。決して、変わらない」
「………うん。…うん……」
「だから、…ルネがいなかったほうが良かったかなんて……そう聞かないでくれ。私から言えるのは、それぐらい、だ」
「………ゔん゛」
「……雨、振ってきたな。早めにこの国を抜けて、雨宿り出来るところを探そう」
「ゔん゛」
私は前を向き、トライクを走らせる。静かな街並みを、名残惜しむように、走り出す。
王都から3時間かけて国はずれの城塞を抜けて、そしてそこから二時間かけて城塞を抜ける。
王国から出る頃には、すっかり太陽は真上に上がっていた。…少しだけ、城塞を見ていた時間もあるから城塞を抜けるのは二時間じゃなかったかもしれない。まあ、それぐらい許してほしい。
「………どんな事があっても」
「どんな所でも」
「「私達は一緒」」
「えへへへ」
「ふふっ」
そう言って笑い合って。私達は、終わりのない旅にでる。




