ドノン共和国 仮面舞踏会編9
さて、ついに始まったベケ家主催の仮面舞踏会。私と妻、…いや、うん、ジョゼことルネは、ジャン=マリーさんと一緒に始まる前にピエロにもらった仮面をつけて、仮面をつけているルイーズ・ベケと会話をしていた。いや、そういう仕事だからね。表でも裏でも。…まあ、多分マスクになにか盗聴器的なものをつけられているとも思っているから、互いに親しい感じではないけれど。私ならする、ってだけのつたない勘でしかないからなんとも言えないんだけど、警戒しておくべきだとは思う。
これは、スパイをやってなくてもきっとそんな警戒はしていたけれども。なにせ、成功するか失敗するかで自分達の身の安全がどうなるかで変わってくる。成功すれば逃げなくても身は…まあ、安全だろうし、失敗しても上手く逃げ切れれば身は安全である。…それだからか、私はルネをつれてどう逃げるのが一番安全か、探しているのだけれども。
「…あら、旦那さん、キョロキョロなさってどうなさったのかしら?」
「さぁ、ここには色んな美人さんがいらっしゃいますから…。ほほほ、ホント困りますわね」
「旦那様にはジョゼ様という大変美人な奥方がいらっしゃるのに」
「あらやだ、ジャン=マリー、ったら。身内はそう褒めるものでなくてよ」
「………いやほら、困ったなあ……」
ははは、と乾いた笑いを浮かべながら、会話している三人の中に入る私。ジョゼからはふとももを抓られ、ルイーズ・ベケとジャン=マリーさんからは目線で「キョロキョロしないほうが自然ですわよ」と言われる。いや、わかってはいるけれども。どうしても、どうしてもである。
後、多分ルネは本気で不倫しないでね、みたいなつねり方をしている。いや、しないよ。しないから抓らないで、と私は肩を寄せる。私も、キョロキョロしてたらそんな不安はちらり、と浮かぶからルネの気持ちは分かる。口に出してみてもいいのだけれど、あまり口に出すとそのうちそれが、軽くなってしまうから、今は態度で示そう。
なんだか満足そうに頷いたルネ。
「いやいや、やはり夫婦とあってお熱いですわね」
「そうなんですよ、いつもこんな感じで」
「あらあら、羨ましい」
「えへへ、もう。そんなにからかわないでくださいよ」
「恥ずかしい、よなあ」
いや、本当に嬉しいんだけど恥ずかしい。ルネはそんな事ないんだろうけれど、私はあまり人前でイチャイチャするものじゃないと思ってるだけに余計に。とはいえ、人前でイチャイチャしなければいけない時ではあるし、何より、この時間が少しでも長く続ければな、なんて思っている私もいる。
そして、叔母であるルイーズ・ベケとこんなにも早く挨拶できたのは、いいことなのかもしれない。後回しにすれば後回しにするほど面倒くさそうな人だし。いや、口にはしないよ。それで色々と言われても困るし。…ただまあ、あの方達に「あの二人はいい夫婦ね」、って言いそうだし、そうするときっとあれだこれだ言ってきそうだから、それの対応を考えないといけないなあ、なんて思っている。
そんなことを考えながら、逃げ道を探していると、…まあ、囲まれているのが分かるし、それを見ている人達がいるのもわかった。そうか、そろそろピエロ側の準備ができてきたし、それに対応できる騎士団の数も集まったんだな、なんて思って。そろそろ、とルネの服を引っ張ったのと同時に。
乾いた銃声が、楽しげな音楽を止めた。
「やぁやぁ此処にお集まりの皆様。革命の時間へようこそ」
銃口を天井に向け、自らにすべての視線を集める仮面の、男。ピエロ、と名乗る男。私達はそそくさ、とその場を離れようとし、銃口をこちらに向けられる。
「おお、っと動かないでくれ同士。そこにいてベケの壁になっててもらいたい。大丈夫だ、俺はベケにしか弾は当てないよ。それぐらいはきちんと訓練しておいた。逃げないように、壁になってもらうだけでいい」
そう言いながら、近づいてくるピエロ。当てないように訓練しておいた、って言うけれども、銃はいつ何が起こってもおかしくなない。現に近づいてこられてる間になにかあるかもしれない。……多分、騎士団は彼が倒れてからじゃないと動かない、だろう。となると、…、私が動かないといけない、のか?
銃口を向けられているのは、慣れないし怖い。いや、慣れたら多分、人として終わりかもしれないから、慣れないでおきたいし、怖いという感覚はずっと持っておきたい。それでも、ルネとルネの大切な人は守らなければ、と一歩、前に出た。
ピエロは一瞬、おや、という顔をしたが。まあ、それでも自分の味方だ、と思っているのだろう。銃口をべけに向けながら、にこやかに近づいてくる。私は、右腕に魔力、を込める。短剣でも持ってくればよかったんだけど、残念ながら手ぶらである。だから、殴るしかない。
私の使える魔術は、風。だから、弾が飛んできても、一発、二発なら反らすことは出来る。大丈夫、私は此処では、死なない。自分に言い聞かせる。緊張、がその場を走った。