ドノン共和国 仮面舞踏会編6
さてさて、私達が上手く不穏分子と接触できた次の日。私とジョゼはその渡された紙が示す酒場、ベランジュールの前にいた。時間は、午後5時を回った所、酒場にはいるには少し早いけれども、かと言ってその酒場が空いていないとは言えない時間。いや、もうちょっと早い時間から酒場にいる人だとか、一日中酒場にいる人とかたまには見るけれど、まあ、それは本当にまれなことなので。
とりあえず入る前に、昨日使っていた仮面を顔につける。そういえばなぜ、仮面舞踏会が終わっても仮面をつけたまま来るように言ったのかは聞いてはいなかった。素顔のほうがいいのではないだろうか、とは思ったのだけれども、初めてあったのが仮面だから、素顔を知らないっていうのもあるのかもしれないとは思い直した。ああいうところで集めてるんだから、そら、互いに顔を知らないなんていうのはよくあることだと思う。
あ、そうそう。ジャン=マリーさんは他のお仕事が入りました。それも私達がこちらに向かう目の前で。いやまあ、偉い人に付いてる人だからそういう急な仕事もよくあるんだけど。私もよくあった。それに、今日は来ないほうが良かったかもしれない、とは思う。大暴れなんてされたら、なんかこう、収集がつかないことになりそうだった。
「…さて、行こうか。覚悟は出来てる?」
「受けたときから出来てる。…いや、なんか暴れるつもりでいる?」
「いやぁ、なんかあったら、の話だよ。なにせ酒場だからね。何があってもおかしくない」
「あー。出来上がってる人達の集い場だものね」
「何その認識。…間違ってるとは言えないけれど」
そう言って、私達は笑いあう。戦場になるかもしれない場所に入る前の、ほんの少しの心が安らぐ時間。私はぽんぽん、とほっぺを叩いて、気合を入れ直す。覚悟はできている、と聞いたのは自分に対してでもあった。まあ、私達の正体がバレることはないとは思わないけれど、ないと言い切るほど安心はできない。
そんな様子をみて、ジョゼが私の方をぽん、と叩き。
「気楽に行こ気楽に。暴れるのはホント、最後の手段。話し合いとか話を聞くだけで住むなら、それがいい、ってね」
「そう、だね。それを願うよ」
私達は意を消して、ベランジュールの出入り口の扉を開ける。扉の中は、それこそ、酒場、といった感じで中々に賑わっていた。客層が私達も含めて、全員仮面をつけている、という異常な客層でなければ、ただの賑わってる酒場だな、という感想で終わっていた。
仮面舞踏会以外でそういう客層を見ると割と怖いんだな、と私は初めて思った。いや、初めてこういう場面は初めて経験するんだから、初めて思う以外のことはないのだけれども。それでも、なんかこう、圧倒されてしまう。
う、と私達がたじろいていると、見覚えのある仮面が話しかけてきた。そう、先日、私達に個々の場所を書いたメモを渡してきたピエロ、である。
「おお、来てくれたか。歓迎するぞ、同士」
「ええ、よろしくおねがいしますわ。…それにしてもこんなにも、集まっていらっしゃるのね。圧倒されてしまいましたわ」
「ふふ、それだけこの国に変わってほしいと思う人間が多い、ということさ。まあ、俺だけでは集められなかったけれどね」
「そう、なんですか。…まあ、そうですわよね。お仲間が?」
「そうそう、紹介が遅れた。ドミニク、クロエ!」
ピエロが仮面達の方をみて、ドミニク、とクロエ、と呼ばれる人を呼んでいるようだ。ということは、ピエロ、ドミニク、クロエがこの不穏分子の中心、なのだろうか。なんか一回の仮面舞踏会で釣れた相手にしてはとても大物で、この大物が少しだけ、間抜けにみえた。いや、ただの女性好きと言うだけで、ほかはとても有能なのかもしれないけれど。…これだけ人を集められるということはただの女性好きと言うのは過小評価かもしれない。
そのうち、ドミニク、とクロエ、と呼ばれた仮面の二人が私達の前に現れる。どちらがドミニク、でどちらがクロエなんだろう、と思っていると。
「ピエロ、の方から紹介がありました。私、ドミニク・ドノン、と申しますわ」
「同じくピエロの方から紹介がありました。私、クロエ・ドノン、と申します」
黄褐色のツインテールがドミニク、赤髪のボブカットがクロエ、ということがわかった。そして、二人が名乗った名字。ドノン。……ドノン?
「ドノン、ですか?」
「ええ。現在、カユザユ家、ショーヴァン家、ベケ家、ジラルディエール家でまとめられておりますが、本来は私達、ドノン家がカユザユ家、ショーヴァン家とこの国をまとめていたのです」
「ああ、忌まわしきベケ家とジラルディエール家。恨みは300年前、私達の先祖様が元首選挙からあの二家の邪悪な手によって外されたことから始まっております」
「ふむ」
旧家が出てきた。いや、古臭い人として元首を批判していた人が引っ張ってくるには実に古臭いと思うのだけれど、と思いつつピエロを見るが。ピエロはうんうん、と頷いている。いや、いいのか。ベケ家より古い人達だぞ。…子孫、だけど。いや、子孫だから話がわかると思っているのか。思っていたいのか。
…どちらにしろ、この不穏分子の親玉だと思っている二人の恨みの根が深いようだった。