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外れスキルなので追放してください!

作者: おさむ文庫

『なあ、エド。君はこのパーティから抜けてくれないか?』


『な、なんだよ急に!』


『君の実力では正直もうこのパーティにはついていくことができないんだよ……今だって荷物持ちしかしていないじゃないか』


『あんたみたいな外れスキル持ちなんて要らないって言っているのよ!』


『で、でも……』



 同じパーティの仲間たちから散々に実力不足を告げられる俺。

 なんとか、彼らを説得できないかとあたふたする俺のことを、聖女であるルフレがかばってくれる。



『ひどいですわ! 今まで一緒にやってきた仲間だっていうのに。そんなマルスに抜けてくれだなんて……』


『いや、いいんだ、ルフレ。俺の実力が足りていないのは事実だからな』

『そんな、マルス……』



 これ以上俺のせいでパーティの雰囲気を悪くさせるのは良くない。

 荷物持ちの俺には、ここらへんが限界なんだ、きっと。



『……お望みどおり、俺は抜けてやるよ。今までありがとうな』



 それだけ言い残すと、俺は若干の未練を残しながらも、酒場をあとにしていく……



 ーー



 よし、シミュレーションは完璧だ。

 この流れなら、どんなことがあろうとも俺はこのパーティから追放されることができる。


 もう頭の中で何百回と繰り返したシュミレーションを、頭の中で再生する。

 いつ仲間たちから追放の宣言を受けてもいいように練り上げてきた、完璧な台本だ。


 なにかの間違いで俺をパーティから追放しようという意見が否決されてしまわないように、最後は俺の方から別れを告げないとな。

 それから、あまりにも喜んでその宣言を受けてしまうと怪しまれてしまうから、できるだけ予想外な表情も作ろう。


 まあ、全く予想外の出来事なんかじゃないんだけどな。

 むしろ、なんで早く言ってくれないんだと言う感じだ。


 今日までこの瞬間をどれだけ待ちわびてきたことか。


 ついに今日、俺は所属しているSランクパーティ「聖なる砦」から解雇の宣言をされるだろう。


 つい先程、パーティの要である勇者マルスから「話がある」と言われて酒場に呼ばれた。

 いつもは自身たっぷりな顔をしている彼が、珍しく深刻そうな表情を浮かべていたので、時が来たのだとわかった。


 世間話をしようと思って、あんな表情はしない。

 あれは、俺を追放したいけど仕方ないから心配そうな体裁を整えておこうと考えてている人の表情だった。


 俺はこれから1年間一緒に活動してきた仲間たちから追放される。

 いや、追放されなくてはいけない。

 そのために、これまで念入りに準備をしてきたのだから。


 運命の瞬間まであと少しだ。

 高まる胸を押しとどめつつ酒場にいた仲間たちのもとへと近づいていった。



「あ、エド」



 俺に気が付いたマルスは、空いている席に座るように促す。

 と言っても、俺たちがいる机に空いている椅子はあと1つしかないので、そこに座るしかないのだが。


 俺の目の前には、円卓を中心として「聖なる砦」の仲間たちが座っていた。

 勇者のマルス、聖女のルフレ、聖騎士のイーザ。

 みんな、このギルドを代表する腕前の冒険者たちだ。


 心なしか、みんな重たい表情を浮かべている。

 きっと、話の内容が俺を追放することだからだろう。



「話しっていうのは何だ?」


「それはね……」



 パーティの代表であるマルスは、言っていいのかと口をもごもごさせては下をうつむいている。

 そんな演技はいらないから、さっさと「君はこのパーティに要らないんだ」と言ってくれればいいのに。


 何度か思い悩んだ後に、ついにマルスがその思い口を動かし始める。

 さあ、ついに待ちわびた瞬間がやって来る!



「……エド、最近何か思い悩んでいることはないかい?」


「な、なんだよ急に!」



 よし、返答は完璧だ!

 違和感がない!


 ……って、あれ?


 思わず立ち上がって驚いて見せてしまった俺。

 流れとしては台本通りのはずなのに、違う。


 思い悩んでいること?

 どうしてそんなことを聞くんだよ。


 悩んでいることならあるぞ。

 どうして、今、俺の台本中にない台詞が彼の口から飛び出てきたかということだ!

 こんなの、アドリブでどうにかしろとかいうレベルじゃない!



「そんなに驚くってことは……やっぱり」



 俺の迫真の演技はさらにメンバーたちに誤解を生んでしまう。

 おい、やめろマルス。

 やっぱりなにかに思い悩んでいたんだね、みたいな慈愛の表情をするな。


 どうする。

 まさか、ここで俺の身の上を心配されるとは思っていなかった。



「い、いや違う。つい予想と違って驚いてしまっただけだ」


「予想?」


「ああ、俺はてっきりこのパーティを追放されるものだと……」



「「「そんなことするわけない!!」」」



 パーティメンバーみんなが声を合わせて、俺の考えを否定した。

 俺は、目の前が真っ暗になった。

 これまで立ててきた計画が走馬灯のように流れてくる。






 俺は、両親ともに冒険者の家系のエリート冒険者だ。

 小さい頃から、父の一流の剣術と母の一流の魔法訓練を叩きこまされていた。


 しかし、それは血筋だけの話であって、俺自身は別に冒険者として生きていきたいわけではない。

 俺個人としては、こんなダンジョンの中に潜って生計を立てるよりも、どこか田舎にでも離れてのんびり暮らしていきたい。



『なあ、父ちゃん。俺、冒険者にはなりたくない』


『何言っているんだ! 具合でも悪いのか?!』



 しかし、そのことを両親に話したら、一か月に及ぶ家族会議に発展した。

 父は勇ましい素振りを見せ始め、母はいかに冒険者が素晴らしい稼業なのかを熱弁してくれた。

 父と母は国の中でも名のある冒険者だったらしく、挙句の果てには、国の大臣をわざわざ俺のもとに派遣して、冒険者を進める緊急事態にまで発展した。


 そして、この瞬間に俺は確信した。



 冒険者はくそだ。絶対にやめよう。



 ここから俺は、いかにして両親を納得させつつ冒険者家業を諦めさせるかを考え続けた。

 ただ冒険者が嫌だからという理由で失踪したとしても、必ず両親は俺のことを見つけてしまう。

 それこそ、次は国王レベルを動かしてきそうで怖い。

 それに、生半可に両親に教育を受けてしまっただけに、言い訳にできないのがつらい。


 そう思い悩んでいる時に、一つの天啓が下った。



 冒険者パーティから追放されてしまえばいいじゃないか!!!



 いくらエリートの教育を受けたからって、それが全て冒険者の素質になるわけではない。

 落ちこぼれだっているはずだ。

 そして、その素質がないこと追放されることですべて解決する。

 両親に対するこれ以上ない説得力になるはずだ。


 我ながら天才だと思った。


 それから、俺は必死こいて現在の地位を確立させた。


 まず、ギルドにいたできるだけ駆け出しのパーティに声をかけて仲間にしてもらった。

 その時に出会ったのが、今のメンバーたちだ。

 勇者に聖女に聖騎士。

 正直、どうしてこんな逸材が野良で組んでいたのかわからなかったがちょうどよかった。


 それから、俺はうまく無能のポジションを演じながら戦闘要員から、うまく荷物持ちにまで降格することができた。

 必死こいて戦えないふりをした。


 もう、こんな使えないやつ、速攻クビにしておかしくないレベルまで自分を陥れた。

 正直一蹴り入れれば倒せそうな敵にも、必死こいておびえて見せた。


 ここまですれば追放まで秒読みだと思っていたのだが、1年も時間がかかってしまった。

 それでもあきらめずにここまで耐えてきたというのに、まさか、まだ駄目だったなんて……






「だ、大丈夫ですか?」



 心配そうに俺の顔を覗き込んでくれたルフレのおかげで、何とか現実に戻って来ることができた。


 大丈夫なわけないだろ!

 こっちはそのやさしさのせいで死にそうだわ!


 ルフレにも相当迷惑をかけてきた。

 彼女に嫌われるために、何度もわざとけがをしては回復をかけてもらったりもした。

 それでも、なお、俺のことをかばってくれる正真正銘の聖女だ。


 しかし、しかしだな……

 その優しさが人を傷つけることだってあるんだぜ?



「ああ、大丈夫だ。追放されるものだと思っていたから驚いてしまっただけだ」


「さっきから、追放されるだなんて、どうしたんですか? エドのことを追放するわけがないじゃないですか」


「でも、俺は単なる荷物持ちだぞ? 戦闘なんてできるわけがないし、正直厄介だろう」



 そうだ、俺は単なる荷物持ちだ。

 敵を目の前にして戦うこともできない。

 できることといったら、仲間たちが倒した魔物の残骸からドロップアイテムを拾って持ち帰ることくらいだ。

 それで報酬を一丁前にもらっている給料泥棒だ。


 そういう設定なんだ。


 しかし、それを離すとルフレは目をキリと鋭くさせて俺をにらみつけた。



「エドは、“単なる荷物持ち”なんかじゃないです!」


「じゃあ、なんなんだよ?」


「それはそれはもう、“すごすぎる荷物持ち”なんです!!」


「ええ……」



 あまりにも目をキラキラと輝かせながら俺をたたえるルフレを前に、若干引いた。


 すごすぎる荷物持ち?

 俺が?

 そんなわけないだろう。


 俺は荷物持ちをすることに関しても、役に立たないぎりぎりのラインを伺って必死に勤めてきたんだ。

 それこそ、俺の知っている荷物持ちの相場からは半分も持てないくらいの力量を使っていた。


 そんな俺がすごい?

 すごい使えないの間違いだろう?



「あ、疑ってますね? それだったら、この間『火竜の洞窟』の中でエドが持って帰ってきてくれた荷物を数えてみてください」


「荷物って……あの時は、お前たちが倒してくれた火竜の牙と爪としっぽ“だけ”を持って帰って来たが……」



 だけ、という部分を特に強調してルフレたちには伝えた。

 俺の知っている荷物持ちの人は、いつも火竜をたおせば一匹丸ごと持ち帰ってきていた。

 だから、その半分くらいになるようにはぎ取りやすい爪と牙としっぽだけを選んで持って帰って来たのだが。


 しかし、俺の回答を聞いたルフレはにこりとドヤ顔を見せた。



「……実はですね、このギルドの中で火竜のしっぽなんて超レア素材を持って帰ってこれたのはエドが初めてなんですよ」


「え?」


「あれを持って帰って来た時は、ギルド中お祭り騒ぎになっていたんですからね! エドは気づいてなかったみたいですけど」



 ウインクして見せるルフレ。

 その言葉を聞いて、血の気がさっと引いていくのを感じた。


 え?

 火竜のしっぽってそんなに持って帰りにくいものなの?

 だって、俺の知っている荷物持ちはあのしっぽを片手で……


 あ。


 その時、俺はすべての間違いを悟った。

 俺の知っている荷物持ちって、それは両親がいつも引き連れていた人じゃないか。

 あの、国をも動かす両親の荷物持ち。


 たとえ荷物持ちだとしても、そんなのが平均の相場になるわけがないじゃないか。

 ということは……



 もしかして、俺、やっちゃいました?



 穴があるのならすぐにそこに向かって叫んでやりたかった。



 コノヤロオオオオオオオオオオオオオ!!

 俺のバカアアアアアアアアアアアアア!!



「これだけの力を持っているのに謙遜してしまうなんて、さすがエドはすてきな人ですね」



 ルフレは慈愛に満ちた笑顔で俺に優しく語り掛けてくれる。

 それはまさしく、天使の微笑みだった。

 彼女の親衛隊でもいれば、すぐにでも昇天してしまうレベルの眩しさだろう。


 でもな、今はその優しさはいらないんだよ!


 みろよ、俺の瞳を。

 ありがたい言葉を前に、希望を失っているだろう!

 その清らかな瞳で俺の瞳を覗いてみろ!



「で、でも俺のスキルは他では役に立たないしさ」



 もうすでにライフポイントはゼロになりかかっているが、それでも何とか希望に縋り付いて、俺は次のカードを切ることにした。


 そうだ。

 俺はまだ切り札を持っているのだ。

 正直、もうこの段階でかなり劣勢を強いられているが、そんな状況でも覆せるだけのカードを俺は持っていた。


 それは、俺の持っている、いわゆる「外れスキル」の存在だ。


 いくら荷物持ちでちょっと目立とうとも、それを無視できるほどのくそスキルを俺は持っていた。



 俺たちは冒険者になるとき、自分のメインともなるジョブスキルを選択できるようになる。

 やり方は簡単で、特定の鑑定士に占ってもらうことで自分にぴったりと合うジョブスキルが3つ提示されるのだ。

 俺たち冒険者はその中で1つを、自分の唯一のスキルとして選択することができるのだ。


 他の冒険者たちと同じように、俺も冒険者になるときに鑑定の儀を受けた。



「自動成長」

「自動戦闘」

「自動卵割り」



 これが俺の前に提示されたジョブスキルだった。


 迷う暇はなかった。

 ここまでのくそスキルがあるものかと目を疑い、歓喜したものだった。



『それでは、エド君。自分の選びたいスキルは見つかったかね?』


『はい。 「自動卵割り」にします!』


『ふぇ??』



 俺の選択を聞いた鑑定士は5かいくらい聞き返して来た。

 自分の人生を棒に振るつもりかい?

 そんなくそスキル、誰の役にも立たないよ?


 普段冷静な鑑定士が全身の毛穴から汗を吹き出しながら俺を説得している姿は見ものだった。



『俺はこのスキルでいいんです……もし、このことを周りの人に言ったら、あなたの頭もこうしますからね?』



 すぐ近くにあった鑑定士お気にいりのゆで卵をスキルで割りながら、彼にはちゃんと釘を刺しておいた。

 後にも先にも、あのスキルが役に立ったのはあの時くらいだ。


 それ以来、俺はくそスキルを持つ冒険者としてさげすまれるように立ち振る舞ってきた。


 全自動で卵が割れるからと言って、一体何になるというんだ?

 そんなくそスキルがまさか存在しているとは思っても見なかったのだからな。

 なにより、そんなスキルを持つメンバーがパーティにいるというだけでも恥ずかしいことこの上ない。


 正直、追放への切り札になるカードだ。



「確かに! エドのスキルはくそ過ぎるスキルよね!!」



 俺の思いにこたえるように、聖騎士であるイーザは笑い始めた。

 そうだ、それでいい。

 聖騎士である彼女は、俺の追放される計画における最大の弱点だった。


 彼女には、いつもどうでもいいようなところで敵からの攻撃をかばってもらっていた。

「どうしてこんなところにいるのよ!」とその度に怒鳴られていたものだ。

 正直、俺の無能ぶりを一番間近で見ている人物だろう。


 彼女なら、俺へのヘイトもたまっているはずだ。

 ルフレでの失態を取り返してくれるくらいの挽回を期待したい!



「なによイーザ! エドのことを馬鹿にするんじゃないわよ!」


「別にいいだろ。こいつのスキルが外れスキルなことは間違いないんだから」


「なにそれ! エドのこと何もわかっていない!!」



 急に俺の目の前で口げんかを始めてしまったルフレとイーザ。

 やめて! 俺のために争わないで!!


 いや、まじで。

 世界一時間の無駄だからやめてくれないか。



「本当のこと言って何が悪いのよ!」


「なによ。そんなにバカにして! いつもエドのそばに居たいからって編成まで無理やり変えてきたくせに!!」


「なっ! そ、それは言わない約束だろう……!」



 ん?

 流れが変わったぞ?


 編成を変えたってなんだそれ?

 確かに、いつの間にかダンジョンを潜るときはイーザが俺の側について防御してくれるようになっていたが……

 それは、俺を守るために渋々やっているだけだってキレていたじゃないか。



「な、なんだよ、エド。こっち見るな!」


「あ、ああ。すまん」



 さっきまであんなに笑い飛ばしていたイーザの顔が真っ赤だ。

 俺の顔を見るなりしおらしくなって、目を背けて。

 いつもの強気な顔はどこに行ってしまったんだ。


 これじゃあ、まるでオトメ……

 え? 乙女の顔しているの?


 なんで?!



「お、お前が悪いんだぞ! そんなビジュアルして頼りなさそうな表情するから放っておけないんだろうが! だから、私はしかたなく守ってやっているだけだからな!!」


「あら~イーザちゃん。それじゃあ、自分から告白しているみたいなものじゃな~い」


「う、うるしゃい!」



 急に早口で弁明をしだすイーザと、それを親父のような視線で見つめるルフレ。


 ビジュアルだと?

 俺のビジュアルだと?!

 それって、あのくそ両親の遺伝子じゃないか!!!


 両親よ、ここまで来てまだ俺の夢の旅路を邪魔しようというのか。


 解せぬ。

 贅沢なことは言わないんだ。

 ただ、どうしてイーザにピンポイントで刺さる顔にしてくれたんだよ!!!


 穴があれば叫びたかった。

 くそスキルまでの流れは完璧だった。

 あのままイーザに俺の欠点を叫ばせて、その流れに俺が乗れば、みんな俺の無能具合に気づいてくれるはずだったんだ。


 なのに、それなのに……

 こんなところにトラップが潜んでいるとは思いもしなかった。



「それくらいにしてよ!!」


「マルス……」



 状況がめちゃくちゃになったところで、ここで真打登場だ。

 まだ、戦況は変えられる。


 勇者マルス。

 このパーティの要であり、勇者というSSランクのスキルを持つ一種の権力者だ。

 どんな決定事項でも、彼が最後に駄々をこねれば、覆すだけの影響力はある。


 うちのマルスは、それに加えて少年のようにあどけた甘いマスクを持っている。

 彼の魅力に惹かれた、それこそファンクラブが国に存在しているくらいの人気だ。

 彼だって本気を出せばそれなりの権力を用いることができるだろう。


 そう、切り札を使い切ってしまった俺にとっては、最後の希望だ。


 彼に悪い印象を与えるために、これまでどれだけ彼の前でへまをしてきたことか。

 それもこれも、全て今日のためだ。

 さあマルスよ、今こそ、その胸の内に秘めている思いをぶちまけてくれ!!



「エドを追放するとか、無能とか、そう言う話はもうやめてよ!」



 ……うん、知ってた。

 自分を保つために希望を持ってみたけど、ここで追放の流れとかはできるわけがないよね。うん。


 マルスの瞳にはうっすらと涙もたまっている。

 普段、魔物を倒している凛々しい瞳からは全く想像もできない涙だ。


 これまでの話の流れで、そんななく要素あったか?



「エドのスキルは全然外れスキルなんかじゃないんだからね……みんな気づいてないかもしれないけど、エドの『自動卵割り』は、何回もこのパーティをピンチから救っているんだからね!」


「そ、そんなことは……」



 さすがにないだろう。

 マルスがとっさに放ったでたらめに違いない。

 なんだよ、自動卵割りが役に立つ瞬間なんて。


 それこそ、これまでスキルを使ったためしなんてほとんどないぞ?

 オムライス作るのが少し楽になったくらいだぞ?

 ゆで卵は作る前に卵が割れるから、作れなくなったんだからな?


 自分で言うのもあれだけど、相当外れスキルだぞ。


 しかし、当のマルスはそんなこと全く思っていないようだった。

 涙声で、しかしはっきりと言葉を続ける。



「今まで、このパーティが“モンスターハウス”に遭遇したことはある?」


「それは……ないな」



 モンスターハウス。

 それは、ダンジョン内に仕掛けられた隠しトラップの1つだ。

 ある空間に入ると、突如として魔物が無限湧きになって冒険者たちを襲い掛かる。


 解除方法はいまだによく解明されていないため、遭遇してしまった冒険者はほぼ全滅するしかないと言われている。


 俺たち「聖なる砦」は、そんなモンスターハウスに遭遇することは全くなかった。

 それこそ、その存在自体伝説のものなのだと思っていたのだが。



「僕も、モンスターハウスに全く遭遇しないのが不思議で調査してみたんだ。そうしたら重大な事実がわかったんだよ」


「重大な事実?」



 ゴクリ。皆がつばを飲む。

 なんとなく嫌な予感がする。

 それだけはわかっていた。



「あの、モンスターハウスの仕組みは、どうやら魔物が無限に湧いてくるわけじゃなくて、あの空間の中で魔物が無限に“孵化”していたんだ。生まれた魔物はすぐに次に生まれる魔物の“卵”を生んでから戦闘を始めていたんだよ」


「それってつまり……?」


「つまり、僕たちはモンスターハウスに遭遇していなかったわけじゃなくて、遭遇しながらもその卵を全て、エドが破壊しながら進んでいてくれたんだよ!!」



 え、うそ。

 おれ、またやっちゃってました?



 もう駄目だ。

 あまりに衝撃の事実に頭がついていかない。

 新たな事実に完成に沸くルフレとイーザ。


 そこに涙ながらに力説を唱えるマルスも加えて、もう自体は収拾がつかないものになっていた。


 この状況を覆せるだけのカードは残念ながら俺は持って居ない。

 なんて言ったって、俺がこのパーティをずっと救い続けてきていたことが発覚してしまったのだから。


 荷物持ちができて、一目惚れされていて、さらに外れスキルが理不尽トラップの有効打だということが判明してしまった。

 自分で言うのも嫌になるくらいの優良物件だ。

 こんな物件を手放すパーティがどこにいる?


 両親だってもろ手を挙げるレベルかもしれない。


 もういっそ、このまま逃げ出してやろうか。

 両親は説得できないかもしれないけど、それでも何とかなる気はする。

 何も行動しないよりは、せめてそっちの方があきらめもつくのかもしれないな……



「ねえ、エド……」



 思わず膝をついて崩れてしまっていた俺のもとにマルスがやって来る。

 今更なんだって言うんだよ。

 俺はもう自動絶望マシーンになり下がっちまったんだよ。


 煮るなり焼くなり好きにしてくれ。



「僕たち……いや、僕にはエドのことが必要なんだ」


「マルス……」



 突然握られる俺の手。

 その手の先には、見目麗しい少年の滑らかな手が握られていた。

 普段剣を振りまわしているはずの彼とは思えないほどのか弱い手。


 彼の震えが肌を伝って俺のもとにまで伝わってきてしまう。


 か弱い。あまりにもか弱い。

 こんな俺が守ってあげたいと思うくらいに。


 あれ、こいつ本当に勇者だよな?



 確かめるように見つめるマルスの瞳。

 彼の視線ははっきりと俺の瞳を捉えていた。

 まだ涙を浮かべながら、ほのかに赤く染めた目の中には俺の顔しか映っていない。


 ほんのり赤く染めた頬がさらに、高揚感を煽って来る。



 おかしい。

 相手は勇者だぞ。

 国中にファンクラブができる程の絶世の美少年だぞ!


 それが、手を握られただけで、なんだこの感情は!!

 胸がドキドキ言って止まらない!


 恋なのか?

 これが、恋なのか?!



「これからも、ずっと一緒に居てくれないかな?」


「お、おう」


「ほ、ほんとう!!」



 ぱっと明るくなったマルスの表情。

 ルフレの瞳なんて濁って見えてしまうほどまでに透き通った輝きが彼を覆った。

 彼の頬の紅潮が顔全体に広がっていく。

 それを隠すように、マルスは俺から顔をそむけた。


 かわいい。



「ずるいです! 私とも一緒に居てくださいね!!」


「離れろルフレ! エドの近くにいるのはこの私だ!」



 気が付けば酒場に残っていたのは俺たちだけになっていた。

 酒場の真ん中で、俺は仲間たちに抱き着かれながら地面にうつぶせている。


 頭の中には、まだマルスの天使のような表情が焼き付いていた。


 酒場に居た人たちは、俺たちを見ながら楽しそうに帰っていった。

 そして、どういう訳か、みんな俺に向かって投げ銭をしながら帰っていった。


「今夜はお楽しみね」なんて、余計な置手紙まで残して。

 余計なお世話だ!



 何はともあれ、こうして俺の田舎でスローライフの夢は完全に消え去った。

 これからも俺は、血なまぐさいダンジョンの中をこの仲間たちと一緒に歩いていくことになるのだろう。


 面倒臭いし、次は火竜一匹くらいまとめて持って帰って来てやろう。

 なんかもう、どうでもいいや。



 でも、まああれだな。


 お父さん。お母さん。

 冒険者っていうのも案外悪いものでもないのかもしれないな。

お読み頂きありがとうございました!


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[良い点] こんなに可愛い子が女の子のわけがない。 [一言] ここまでドヤァも鼻の穴膨らませも無いさっぱりと読めるもしかして俺やっちゃいましたか?は初めてです! 勘違いの理由もよくあるタイプなのに、ち…
[良い点] 俺、なんかやっちゃいましたか系列も勘違いばっかりで進んでいくのもぶっちゃけ好きじゃなかったけど、料理の仕方が原因なんだと気づかせてくれたこと。 [一言] 女と気づかないパターンまでうまく入…
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