◆02 ごみの惑星
くすんだ赤茶色の土けむりを巻き上げながら、四つの閃光、スラスターの光が勝手に昇っていく。少し前まで乗っていたはずの貨物船はあっという間にひとまわりふたまわりと小さくなって、メインエンジンの轟音さえも静寂に霞んでいった。
あとに残されたのは、そよぐ風と、打ち捨てられた『広大なごみ山の風景』だけ。
そう。俺はいま捨てられたんだ。ごみしかないこの惑星に。
フードがついた船外活動服のヘルメットのなかで息をつく。ああそうさ。心の隅ではなんとなく分かっていた。普通は単独で船外活動なんてありえないし、そもそも廃棄するごみの量が少なかったんだ。
そばにある金属製のごみが鏡のように俺をうつしていた。あいつらから言われてきたしけた顔に三白眼の緑色の瞳。自分も沈んだような表情だと思う。けれどもこれが素なわけだし、実際にしらけた気分も普段から抱いている。とくにいまはそうだ。
あいつらの本当の目的は、――口減らし。
目障りな一五歳のガキなどこの際捨てたほうが良いとか思いついたんだろう。いまごろ『ユーリが居なくなって清々したな』云々、あいつらはほくそ笑んでいるにちがいない。あの貨物船でずっと暮らしてきたから、いやでもわかる。
……どうせ、不貞の子だよ。俺は。
「こっちが清々したよ」
すこし大きめな声で、赤茶けた空に吐き捨てていた。
あいつらなんて嫌いだ。いや違う。
俺、ユーリは、大人なんて大嫌いだ。
息が乱れていたことに今更気がつき、整える。すぅ、と吐く呼吸を長めにとるとだんだん気持ちが落ち着いてきた。
執着なんて無い。どうせここで死ぬんだ。最期くらい、誰にも邪魔されず自由に過ごそう。
ヘルメットを覆うフードを後ろにおろした。視野がいっそう広くなり、荒んだ世界がどこまでも、どこを向いても続いている。
俺はひとり、ごみ惑星の大地を歩きはじめた。
くすんだ赤茶色の地面は乾燥していて、ちょっとしたことで細かい砂が舞いあがる。たぶん、火星の地下都市建設とか、ほかの太陽系外惑星の開拓時とかにでた土砂の一部が、ここに捨てられているんだろう。小惑星のくずも混ざっているかもしれない。
ごみ山も雑多で金属くずがあると思えば、廃コンテナや割れた大きなボンベ、機械の残骸、……遠くにはボロボロに裂けた宇宙船が寝転がっていた。進めば進むほどいろいろな物が目にはいる。
ごみ惑星、――正確な名称は『廃棄物投棄座標』だ。宇宙開拓でうまれた数多の『ごみ』を捨てるために特定の座標を定め、そこへ投棄する。ごみはしだいに塊になって、またごみが来て……を繰り返すうちに、座標は『ごみでできた人工惑星』にうまれ変わる。この惑星は人間がつくり、それでいて誰も大事にしない――そんな場所だ。
ひとしきり歩き、いったん立ちどまる。遠景にそびえる積もった赤茶色の土砂がまるで山脈のように……いやこれはもう山脈でいい。連なった高い峰々は良く言えば雄大。けれど『よくもこれだけの量を捨てたもんだ』とも思えてくる。
遠くまで見渡せているわけだから空気は澄んでいるはず。……それが人に合う空気かは別として。
いちおう見るかぎり、このごみ惑星は有害物質は引き受けていないらしい。それでも不法投棄はありえる。ヘルメットは絶対に開けたくない。
ヘルメット下部に目をうつし酸素残量をみた。のこり五時間と二〇分……。死ぬことへの実感は、まだ無かった。
そんなときだ。物音がしたのは。
「……ん?」
ガラリと、ごみが崩れたような音。方向からしてごみ山の裏だ。単に風化とか諸々の偶然で崩れたんだと最初は決めつけた。だけど、
――音は、移動をしている。
息が固まった。
……居る。俺のほかに、何かが居る。
音はごみ山から、地面に降りたような一音に変わる。しかしそれ以後は耳に入らなくなった。でも聞き間違いなんかじゃない。それにほかの船の人間でもない。各星域に数え切れないほど存在するごみ惑星で、廃棄する船が連続で訪れる可能性はゼロだから。
となると、いったい何が。ごみしかないこの惑星で……。
半分無意識で生唾をのみこむ。迷いが頭をよぎる。だけど、このもやもやを抱えたまま通り過ぎるのはどうしてもできなくて、
俺はごみ山の裏を見ようと、動きだしていた。
まわり込めそうなルートを見つけて歩みを進める。たぶん音をだした存在はごみ山を去っている。だとしてもこの目で確認したかった。痕跡でも分かればそれで良かった。そんなことを思い、歩きながらごみ山を眺めて、裏のようすを想像していた。
……が、地面を踏むはずの右足が、空を切った。
「……っ、うわ!?」
身体が傾くなか、何がおきたかを理解した。目の前には大きな窪地が口をあけている。そこに足をとられたんだ。
バランスを保てず、――俺はそのまま窪地の斜面を転がり始めた。
衝撃と回転で肺の空気が押し出される。抗うために斜面に手をのばす。速度が鈍り始める。
しかし同時にヘルメットがひび割れはじめた。衝撃が続き、完全に速度を殺しきったとき、
ヘルメットが大きく砕けた。
「うっ、ゲホッゲホッ……」
外とつながった穴から屈折率が違う外気が入り込んできた。刺激臭と、鼻や喉が焼けるような痛みがはしる。
やはりこの惑星の空気は毒ガスだった。たしか廃棄物の毒性ガスは、ものを腐食させるとか。
……だから毒性があるガスは吸いたくなかったのに。
喉がかすれ、咳さえできない。視界も滲みだす。意識も、遠のいてゆく。
ああ、俺はいまここで死ぬわけか。ほんとうに馬鹿らしい一生だった。
力が抜けてゆく。……でも、どっちみちこの惑星で死ぬと分かっていても、
あと少し、歩きたかったな。
――身体が浮く感覚がする。いや、これは持ち上げられているのか。切れぎれな意識でも、何かに抱きかかえられたような感覚が今している。
それから、なんだろう。……やわらかくて、温かい感触を左の脇腹に感じる。
とても、心地がよい。
視線を上にうごかす。輪郭がぼんやりと見えたころ、
俺は意識を手放していた。
――ごみの惑星に捨てられた少年は、ごみの世界をさまよいました。自分のほかには誰もいない、殺風景な世界でした。
しかし、彼が毒のガスに倒れたとき、それをみていたひとがいたのです――