◇01 はじまり:貨物船
操縦席から見える漆黒の世界には、星たちが美しくきらめいている。見慣れた風景だが、やはり飽きることはない。
今回請けた『星間運送業務』の積荷は得意先からの保存用食糧五〇〇〇トンだ。行き先の惑星は新規の開拓地で馴染みは無い。しかし先人たちが築き上げた地図のおかげで、この船は迷わずに進むことができる。
自動操縦機能をオンに切り替え、俺は操縦桿から手を離した。
いつもの業務。いつもの日常。
だが、今回はそのいつもとは少しだけ違っていた。
「親父さん、入るね」
電子ノックさえ無い安上がりなエアロック式のドアが開くと、ひとりの若い女性がそこにいた。
「おう、リサ。この操縦室も懐かしくないか」
俺の問いに、リサは当時と変わらない無邪気な笑顔を返して入ってきた。亜麻色の長い髪もあのころを思いだす。
こいつと一緒に船に乗るのは久しぶりだ。独り立ちをしてもう一五年になるか。小娘だったこいつも、いまでは指折りの運送屋になったという噂は耳にしている。少々誇らしい気分だ。
リサとは偶然、今回の積荷を受けとった星の宿泊所で再会した。聞くに取引先との交渉だとか。用事も終わり星間航行をする定期便を待つあいだに俺の姿を見つけたそうだ。「ついでに送っていってほしい」と。懐かしい顔に言われて断る俺じゃない。
操縦室を懐かしそうに見渡したのち、俺の横にきたリサは後ろ手に何かを持っていた。
「はい。これ親父さんに」
出したものは、一輪の青い花。船内の揺れや衝撃にも耐えられるよう透き通った細長い小箱に入っていた。
「『ガーベラ』だよ。船に乗るまえに買っておいたの。保水ゲルで長持ちもする」
「ほう。ありがとうリサ。受けとっておく」
リサから受けとったガーベラの小箱をドリンクホルダーにそっと差した。青紫と見間違うほどに濃い青色をたたえる花弁が美しい。花は俺の性分に合わないが、ときにはこういうのも良い。
「最近調子はどう。親父さん」
「まあ悪くない。独りの業務も良いもんだぜ。しかし俺と花は珍しい組み合わせだな。ははは」
「う、うん。……かもね」
一瞬だけ、リサの表情が曇ったように感じた。だがそれはやはり一瞬で、彼女は操縦席の計器やら椅子やらに目をうつしていた。そばにあった擦れた傷にふれてリサは言った。
「……懐かしいな。親父さんが孤児だった私を引き取ってくれてから、この船がお家だったもの」
「ああ。俺も懐かしいよ」
つぎに言おうとした言葉を、だが俺はいつの間にか飲み込んでいた。
そうだな。時が経つのは早い。あっという間にすぎてゆく。
俺も歳をとったものだ。
そんなとき、だった。
操縦席の窓。漆黒がひろがる世界のなかで、
遠く視界に、ひとつ惑星がみえた。
「……ん、あれは」
それは、くすんだ色の茶色い惑星。
いそいで手元の画面に地図を、そして現在の船がいる座標と重ね、確認した。
……ああ、間違いない。思えばこの星域だった。
俺のあわてる様子にリサは不思議に思ったようだ。「いやなんでもない」と俺は答える。
だが腹の内では、決めたことがあった。
「あのさ、親父さん」リサが言った。
「会うのも久しぶりだし、よかったらガキのころに話してくれたあのおとぎ話、また聞かせてくれない? 好きだったから」
「おい『あの話』まだ憶えていたのかよ。……ふっ、いいだろう話してやる」操作盤をいじりながら答える。
船の自動操縦機能をオフにした。
「俺もいま用事ができてな。ちいとばかり付き合ってくれないか」
操縦桿を握りなおす。『寄り道』に進路を変えつつ、あのころとおなじ、懐かしいおとぎ話を語った。
――むかしむかし、あるところにひとりの少年がおりました。彼はいま『ごみの惑星』に捨てられたのです。
ごみしかない、ないはずの人工惑星で、彼はひとりの女性と出会いました――