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——— お母さんはこの近くにある村の出身だと聞いています。なんでも魔法を堪能に扱えるのだそうで、王都の魔法学校に通ったそうです。そこで二年間修学しました。ただ、王都は村での暮らしと違って、むしろ貧しさを要求したそうです。色々な意味で。


 町にはいたるところにゴミがあふれかえり、裏路地には人々の汚物が捨てられていました。道路はゴミだらけなので、馬車が通るには不便です。なので、定期的に掃除をするのですが、掃除をするときゴミはそのまま近くを流れる川へと捨てられるのです。当然ながら川は汚れ、夏場には何とも言えない悪臭を放っていました。その悪臭は王都全体に届いていたそうで、上京したばかりのお母さんには刺激が強かったそうです。こんな悪臭の中を生活しなくてはならないのかと思い、周囲を見るのですが、昔から王都に暮らすものには慣れているそうで、中々悪臭に対する不平不満を漏らすことができなかったそうです。


 王都は大きな町です。農村ではありません。当たり前なのですが、それは王都民たちの食糧は王都では生産できないと言うことです。食料は王都の外から運び込まなくてはなりません。ですが王都の規模は大きい。その分だけ王都民が暮らしていることになります。そしていたるところから人々が王都に集まってくる。毎日のように人が集まってくるのです。それに合わせて食料をどんどん運び込まなくてはなりません。王都の食糧事情は人口が増大する分だけ貧相になっていくのです。当然物価は高くなります。上京してきたばかりのお母さんが手持ちのお金で( まかな )うには限界がありました。学校の紹介で住み込みのアルバイトを始めました。貴族の令嬢に魔法を教える家庭教師の仕事です。それで生活を( しの )いでいました。授業のない日は朝からご令嬢に魔法を教え、授業のある日は夕方からご令嬢に魔法を教える。そんな毎日を送っていたそうです。


 貴族のお( いえ )なので、おかげで食べるには困らなかったそうです。けれども食事には不満があったらしいのです。一見きらびやかで豪華に見える食事ですが、農村から運び込まれる食材はどれも( いた )む寸前でした。むしろ( いた )みを隠すために派手に彩られていました。農村で取れたばかりの野菜や捕まえたばかりの獣をその場で料理して食べるのとはわけが違っていました。村で暮らしていたころに比べて満足のいく味を感じることができずにいました。ですが、貴族のお屋敷に住まわせていただいている以上、お母さんは文句など言えるわけもなく、黙々と食事をとり続ける日々を送っていたそうです。


 魔法学校でも苦労をしたそうです。序列ができていました。上から順に、王都の貴族、郊外の貴族、辺境の貴族、王都平民、地方都市平民、そして農民です。お母さんは序列の中では一番下に位置していたため、同級生の方々からあまり快い扱いを受けなかったそうなのです。農村出身の数少ない友人と固まり、お互いを支え合い、なんとか耐える日々を送っておりました。


 学校では男子の部と女子の部で校舎も校門も分かれていたので、男性の方と接する機会はなかったそうです。ただお母さんは貴族の方のお屋敷に住み込みで家庭教師をしておりました。機会があれば貴族の方が( つど )う茶会や社交界に呼ばれました。それだけであればよかったかもしれません。ですが、決して貴族様のご厚意で参加させてもらえたわけではなかったようなのです。魔法学校に通う若い女子生徒。そして貴族ではなく平民、それも農村出身の田舎者( いなかもの )。女性貴族たちのあざけりの( まと )として、そして男性貴族たちのいやらしい目の的としてお母さんはその出席を強要され続けました。時には男の人から直接声をかけられ、夜のお供を強要されたそうです。相手は貴族でお断りするのは大変容易ではないのですが、その際は、まだ学校に通う身であり身ごもるわけにはいかないので、お( たわむ )れはいましばらく待ってほしいと言って何とか( かわ )していたそうです。平民とはいえ、学校に通う女性に手を出したとあっては立場を弱くします。その一言で風聞を気にする貴族の方々を思いとどまらせていました。ですが何とか躱しても、そのように声をかけ続けられると言うのは大変つらいものであったそうで、お母さんの心は憔悴( しょうすい )していきました。


 お母さんは学校内では成績が優秀な方で、少なくとも平民の中では一番の成績を取っていたそうです。なので、王宮魔導士の仕事の紹介が回ってきました。ですが、先ほど言ったように貴族の男性たちの視線に耐えられず、王宮でもそれが続くかもしれないと気を揉んだそうです。そこでお母さんは、準魔導士として登録することにいたしました。準魔導士というのは魔導士が持つ諸々( もろもろ )の特権を持っておりません。その代わり、王国を離れない場合に限り、緊急時を除いては王都を離れることを許されています。お母さんは、準魔導士になることで、王都を離れ、生まれ故郷の村へと帰りました。


 村に帰ったお母さんは村長の取り決めで幼いころから顔見知りの男の人と結婚しました。急な結婚だったそうですが、その男の人の目が王都にいる貴族男性の目と異なっていたので信頼に足るとして意を決し、受け入れたそうです。


 その人は魔法使いであるお母さんの暮らしを縛ることなく、自由にさせてくれたそうです。お母さんが町に出かけたいときには馬を用意し、魔法の見識を高めているときも邪魔をせず、夜のお供も必要最低限だったそうです。王都のときの暮らしとは異なり、男の視線に( おび )える必要がなくなり、お母さんはその人と幸せに暮らしておりました。お気づきのことかもしれませんが、その人こそが私のお父さんになります。


 私のお父さんがどう言う人なのかはあまり詳しくは聞けていません。村でどういう仕事をしているのか、どういう暮らしをしているのか、普段お母さんにどのように接しているのか、見目も鼻立ちもその一切を聞いておりません。ですが、話に聞く限りではお母さんを幸せにしてくれる人だと言うのは分かりました。


 そんな幸せな暮らしが二年近く続いたあたりで、王都から役人がやってきました。準魔導士の仕事を言い渡されたのです。断れることなら断りたかったと思います。でも、準魔導士である限り、断るわけにはいきませんでした。お母さんは村を出て仕事につくことにいたしました。この町から( た )つ馬車に乗り、三つ隣の港町で船に乗り、王都へと向かいました。


 王都につくなり、王宮騎士団の魔導士予備隊に配属されました。そして、北にあるブルジット山脈へと向かいました。なんでも巨大な魔獣が現れたそうで、その討伐を迫られたのです。お母さんは騎士団について行き、山脈へと向かいました。山脈は険しいだけでなく、雪も積もっており、真冬ほどではないものの極めて寒い場所だったそうです。


 魔獣との戦いに備え、野営テントを張り、拠点を構築しました。ですがそこでお母さんに異変が起こったそうです。急な目眩( めまい )と吐き気をもよおし、立っていられないほどだったとか。貧血を起こしたかのように度々( たびたび )地面に座り込んでおりました。冬の寒さにやられたのかとお母さんも周囲の人もそう思っていたそうですが到着してから二週間、あまりにも長引いたので軍医がお母さんの様子を見ました。その頃には服をまくれば多少ではありますが、お腹が張っているのが分かったのです。妊娠しておりました。一月( ひとつき )半です。お腹には私がおりました。


 さすがに戦わせるわけにはいきません。村に送り返すのが一番だと言うのは明らかでした。ですが、準魔導士招集に関わる規約には、準魔導士が女性であり、妊娠している場合には招集が免除される、との旨は()()()()()()()のだそうです。準魔導士を緊急招集しなければならないような事件はそうそう起こらないため、準魔導士が妊婦である可能性を考慮に入れていなかったようなのです。村に返すべきだけれども、規約にないため、帰村の許可を中々出せずにいたそうです。王宮騎士団長は苦渋の決断の末、近くの農村で待機する後方部隊へと母を護衛と一緒に送りました。


 それからお母さんはその村で介助を受けながら本隊の帰りを待っておりました。


 本隊は巨大な魔獣を探し回っておりました。ですが、どういうわけかなかなか見つけられずにいたそうです。それどころか到着してから魔獣の噂はぴたりと止まってしまいました。まるで巣立ったかのように。本隊はもしかすると本当に巣立ったのかもしれないと考えるようになりました。だとしたらせめて巣だけでも見つけようと調査を重ねたそうです。


 調査は難航し、時間がかかりました。真冬になり調査に出かけるには危険すぎると言うことで拠点を撤去し、お母さんの居る村まで戻って越冬することになりました。時間だけが過ぎていき、それに合わせてお母さんのお腹はどんどん膨らんでいったそうです。そしていつしか立つことも苦労するほどになりました。故郷に帰れない、命のやり取りがいつ訪れるのか分からない、そういう中で、お母さんは終始穏やかに私がいる筈のお腹をさすって日々を過ごしていたそうです。


 そして冬を越し、春を迎えました。派遣されて五ヶ月が経ちました。そのとき突然、山脈から大きな咆哮( ほうこう )が聞こえたそうです。その咆哮は越冬を喜ぶ咆哮のようでした。探していた魔獣の咆哮だそうです。のちに騎士団長は後悔したそうです。命を( と )してでも冬眠中の魔獣を見つけ出し、その( すき )に倒せばよかったと。


 それから急遽( きゅうきょ )調査隊が組まれ、山脈へと向かっていきました。お母さんはそこには入りませんでしたが、お母さんの学友が一人所属していたそうです。お母さんはその学友のことを心配し、毎晩山脈に向かって学友の無事を祈ったそうです。


 調査に出て半月で調査隊が戻ってきました。調査隊は、しかし、満身創痍で数もあいませんでした。調査隊は巣を発見しました。ですが、そこで魔獣と遭遇してしまい、戦闘になったそうです。それなりに武装をしていましたが、偵察が目的であったため当然ながら倒せるほどではなく、不意を突かれたこともあって被害も受けました。遭遇戦であるにもかかわらず、半分は生き残ったのですから( ほ )めてしかるべきかもしれません。ただ、その仲にはお母さんの学友の方はいらっしゃいませんでした。


 突然のことにお母さんは呆然とし、涙を流しました。悲しさで満ちていました。ですが、そこで追い打ちをかけられます。魔獣が村に現れたのです。大きな羽を持ち、凶悪な( あご )を持ち、トカゲのような尻尾、そしてどうしようもなく硬い( うろこ )。勘のいい方ならこれだけ聞いて想像できることと思います。そうです。ドラゴンです。ドラゴンが突如、当時拠点としていた村に現れました。突然のことに部隊は右往左往し、統率が定まらず、ドラゴンはそんな彼らに気も留めず、家を田畑を壊してしまいました。


 お母さんは身体が愚鈍( ぐどん )となり、身動きが取れないまま、休ませてもらっていた家を壊されて半身が下敷きになってしまいました。崩れた家から顔を出すお母さんはドラゴンと目をあわせてしまいました。( いにしえ )より女性の魔法使いはドラゴンと目を合わせると連れ去られると言われております。ドラゴンによってお母さんを下敷きにする家の骨組みは取り除かれましたが、そのまま連れ去られてしまいました。その時のお母さんの表情がどんなのだったかは分かりません。きっと怖かったのだと思います。女性を連れ去ったドラゴンがその後女性に何をするのかについては伝承が全くないからです。何をしてくるのか分からない。その恐怖がお母さんの心を苦しめていたと思います。


 ドラゴンは巣に戻るなりお母さんを離しました。巣の入り口は高いところにあり、身軽な兵士ならともかく私を身籠っているお母さんにはそれを乗り越えることは厳しいだろうと言うのは明らかでした。お母さんはドラゴンから逃げるように必死に壁際( かべぎわ )へと移動したようです。ちょっとしたくぼみを見つけ、大して深くもないくぼみに身を投じて縮こまり、必死に祈りを捧げ、そしてお父さんの名前を呼び続けたそうです。ドラゴンは人語を介しません。お母さんの背中をずっと見続けていたそうです。何もせず、何もされず、三日三晩神への祈りとお父さんの名前を呼ぶことを繰り返したお母さんは、食事をとらなかったがために徐々に体力を衰えさせ、横たえてしまいました。


 そんな弱り切ったお母さんをドラゴンは…………。




 …………。




 食べてしまいました。




 ドラゴンに飲み込まれたお母さんはドラゴンの口の中から体内へと落下してしまいました。消化される。けれども三日三晩食事をとらなかったお母さんは思考するほどの元気も抵抗するほどの元気も残されていませんでした。そして飲みこまれた先は……。不思議な空間でした。胃の中とは思えない場所だったそうです。まるで物語に出てくるような、洞窟に作られた迷宮都市を彷彿( ほうふつ )とさせる空間だったそうです。ですがそこは同時に残酷な場所でもありました。( いた )るところに女性のミイラが横たわっていたのです。その女性たちは魔法使いが好んで身に( まと )うローブやマントを身につけていたり、好んで使うアクセサリーを身につけていたりしていました。全員が魔法使いだったのです。


 そしてお母さんは気づきました。気づいてしまいました。


 この迷宮のような場所は( まぎ )れもなくドラゴンの胃なのだと。けれども人間とは違って、物を溶かす場所ではないと。ドラゴンの胃は魔法使いの女性が持つ魔力を一方的に吸い取るための場所なのだと。ただただここにいるだけで魔力を吸われ続けてしまうのだと。そう気づいてしまいました。


 お母さんは半狂乱になり身重( みおも )の身体を起こして壁を叩きました。泣きながら叫びました。出して、出してと。ですが、そこは本当に迷宮のような場所で、壁は岩でできているようでびくともしなかったのです。お母さんは絶望しました。生きる気力も一瞬でしぼんでしまいました。このまま魔力を吸われ続け、いつ死ぬのか分からない中、この場所にとどまることに恐怖を感じました。そして狂うがままに( そば )に居たミイラたちの持ち物を漁り、ナイフを手に取りました。そしてそのナイフをそのまま自分の喉笛に突き刺しました……。


 ですが、そこからが本当の地獄の始まりだったのです。


 お母さんは死ぬことができませんでした。その空間は死ぬことができない空間なのです。食べ物はなく、飲み物もない。飢餓とのどの渇きだけが襲う不死の空間に閉じ込められてしまいました。お母さんは完全に気が狂ってしまいました。毎日のようにお腹を刺すのです。死ぬために。グサリ、グサリ、グサリと。でも痛みだけが伴い、血は溢れても決して死ぬことができない空間で、その繰り返しに徐々にお母さんも力を失ってしまいます。食事がとれないせいで体力がなくなり、ドラゴンに吸われ続けているせいで魔力もなくなる。お母さんは動けなくなり、横たわり、ひたすらにお父さんの名前を呼びました。でもそんなことしたところでお父さんが助けに来てくれるわけがありません。お母さんはそのまま気を失ってしまいました。不死の空間で自我を失い、筋力も失い、やせ細り、周りにいる女性たちと同様にミイラになりました。出口も入口もないその場所で、お母さんは今でも死んだように生きています。

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