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その日、ヨゼフは十五年続けてきた日課を途中で放棄して、少女を駅の傍の喫茶店に誘った。少女は特に断ることなく、三十路をとっくに過ぎているヨゼフのあとを追った。やはり裾が長すぎるのか、あまり早くはついてこない。すり足なのだろうか? 見えると期待していたつま先が現れる様子はなかった。
少女は喫茶店についても麦藁帽子を外すことはなかった。顔を見られたくないのかもしれない。ヨゼフは深く聞かず、停車場でした問いを再び尋ねた。
「それで、君は誰を待っているんだい」
「お父さんを待っています」
透き通るようなその声は、どこかで聞き覚えがあり、懐かしさを感じた。
「お父さん、今どちらに出かけてるんだい?」
その問いにはすぐに返答しなかった。何か逡巡しているのだろうか。固まったまま下を向いていた。その様子にあまり聞かれたくないことかと思い、話題を変えようとする。
しかしその前に少女の口が開いた。
「お父さんと顔をあわせたことはないんです」
言葉を詰まらせてしまった。避けた方がいい話題に違いない。
「すまない。ぶしつけな質問をしてしまった」
「いえ。お父さんの顔を見たくてこちらに来ましたから。でも顔も知らないお父さんを見つけようとするのは無理な話ですね」
「その……、お父さんの特徴とかは知らないのかい?」
少女は首を横に振る。
「お父さんのこと聞いてないから」
「ならお母さんから何か聞いてないかい?」
「お母さんとも会えてないから……」
再び言葉を詰まらせるヨゼフ。自分が口を開けば開くほど彼女を傷つけてしまうのかと思い、閉口してしまう。
どちらも口を開かず、沈黙が続いた。
隣の停車場には、ちょうど定期便が次々と入っていった。停車場は降りる人と乗る人とで溢れかえり、人々の雑多な音や声がヨゼフの耳にまで届く。
少女に声をかけてしまったのは失敗だったかと思い、どうお開きにするか悩み始めた。
すると少女は顔を上げてまっすぐとヨゼフの顔を見た。その出で立ちは、誰かに似ているような気がした。誰に似ているのかを思い出そうとしたところで少女は淡々と語り始めた。