第2話 体調の悩みどころ
どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
その日葛原さんは、珍しく少しばかり疲れた様な表情を滲ませて来店された。
「こんばんは〜」
「いらっしゃいませ。お疲れさまです」
佳鳴がそう言いながらおしぼりを渡すと、葛原さんは気持ち良さそうに手を拭く。
「今日は珍しく、ご病気の患者さんが多かったものですから〜」
「あら」
昔から冗談の様に言われているのが、病院に通うご老人たちの会話。
「最近○◯さん見ないわねぇ」
「どうも病気しちゃったみたいよ」
「あら大変。そりゃあ来られないわよねぇ」
クリニックなどの地元に根付いた小さな病院は、界隈にお住まいのご老人の井戸端会議の場になることがある。
葛原さんのお人柄もあるのか、葛原内科クリニックももれなくそうなっているらしい。ご老人の皆さまは患者さん同士のお喋りを楽しみ、診察では不調のことよりも葛原さんとのお話を嬉しそうにされるそうだ。
葛原さんはお元気そうな患者さんを見て安心される。もちろん診察もする。
そんな葛原さんのクリニック。今日はそれに加えて他の患者さんも多かったのだったら、それは大変だっただろう。
クリニックには受付時間の終わりはあるが、その間に来られた患者さんは全員診察をするので、終了時間は日に寄って変わる。確かに今日は遅い目のご来店だった。
「それは大変でしたね。今日はゆっくりと休まれてくださいね」
「ありがとうございます〜。いえねぇ、患者さんが多いのは、経営者の立場で言うと良いのかも知れませんけど、医者としては複雑ですねぇ〜。商売上がったりは確かに困るんですけど、元気な人がひとりでも多い方が良いですからねぇ〜」
「難しいですねぇ。でも調子を崩された方を治されるのがお医者さまですもの。安心して病気ができるっていうのは違いますけど、かかりつけのお医者さまがいてくださると、心強いって思いますよ」
「そう思っていただけていると嬉しいですねぇ〜。店長さんたちもかかりつけのお医者さんおられますか〜?」
「かかりつけ、と言えるかどうか。私も千隼も毎年人間ドッグを受けていますよ。半日コースですけどね。必要だと分かっていても、バリウムを飲むのは憂鬱です」
佳鳴が苦笑すると、葛原さんは「あはは」とおかしそうに笑う。
「確かにバリウムは辛いですよねぇ。げっぷ我慢しながら右向いて〜左向いて〜ってやられるのもしんどいですもんねぇ〜。下剤も嫌ですよね〜」
「そうなんですよねぇ。でも普通のレントゲンじゃ分からないこともあるんでしょうしねぇ」
「胃の場合、確実なのは胃カメラですけどね〜。でもあれはあれで麻酔が無かったらしんどいですからね〜」
「胃カメラはしたことが無いです。やっぱりしんどいですか?」
「口から入れるのはしんどいですかね〜? 鼻から入れるのもあって、そっちは比較的楽にできますよ〜。でもやっぱり胃カメラを飲むことにならない方が良いですけどね〜」
「そうですよね。暴飲暴食とかしない様に気を付けます。幸い私なんかは結構胃腸丈夫みたいなんですけどね。胃痛とかもほとんど無くて」
「店長さんはまだお若いですからね〜。少しぐらいの無茶は身体が付いて来てくれると思いますけど、注意するのに越したことは無いですから〜。胃腸だけじゃ無く、お医者の世話にならない様にして欲しいですね〜」
「はい。肝に命じます」
佳鳴が真剣な顔で頷くと、葛原さんは「はい」とにっこり笑った。
丈夫で健康だと自負している佳鳴だが、どうも低気圧には弱い様で、雨の日などは頭痛を起こすことがある。
血圧の低下で空気中の酸素が少なくなり、自律神経のバランスが崩れて頭痛やめまいが起こりやすくなるそうだ。
また血行不良にもなりやすく、筋肉が緊張し、それも頭痛を助長してしまうらしい。
最初はただの体調不良だと思っていたのだが、どうも雨の日に起こりやすいことに最近気付いた。気圧痛というものがあるのは知っていたが、自分がそうだとは思わなかったのだ。毎回起こるわけでは無いからだ。
幸い佳鳴の場合は薬局で買える鎮痛剤が効いてくれた。なのでそれで凌いでいる。煮物屋さんの営業もあるので我慢する様なことはしない。痛みを感じたらすぐに飲む様にしている。実際それが正しい鎮痛剤の服用方法らしい。
そして薬は飲み過ぎると効かなくなるとも聞くが、それも都市伝説なのだそうだ。正しい方法、期間で飲めば問題無い。そもそも佳鳴は乱用する様なことはしない。
今日は大雨で、佳鳴はまた頭痛に襲われていた。軽い痛みのうちに鎮痛剤を飲み、少ししたら効いてきたのでほっとする。
天候に関わらず煮物屋さんは開店するので、佳鳴たちは今日も市場で仕入れである。市場は屋内だし、駐車場は立体で屋上以外は屋根があるので、雨が降っていても濡れずに買い物ができるのはとても助かる。
買い物を終えて、車のトランクに荷物を乗せている時、千隼が思い出した様に「あ」と声を上げる。
「姉ちゃん、そう言えばそろそろ絆創膏が無くなりそうだった」
佳鳴も千隼も包丁には慣れているが、それでも毎日大量の食材を扱うのだから、手を怪我することもある。それにお客さまの万が一に備えて、ある程度の医療品を店舗に常備してある。
「じゃあ買って来なきゃね」
市場内の一角には大きなドラッグストアがある。ふたりはそこに向かった。
「他に買わないといけないものってあるかなぁ」
「んー、シャンプーとか洗剤とかはあったよねぇ」
家の在庫を思い出しながら、まずは絆創膏をと棚に向かう。その時、商品棚に目立つ様に置かれているお薬が目に入る。目立つポップがあったからだ。
『気圧痛に効く!』
「あら」
佳鳴は目を見開く。そんな商品が出ていたとは。薬局にはそう頻繁には来ないし、テレビなどでCMを見ることも少ないので、情報がすっかりと遅れているのだ。
佳鳴はその青いパッケージを手に取って、裏の説明書きを読んでみる。すると確かに気圧の低下で起こる身体の変化に効くと書かれていた。
「へぇ、試してみようかなぁ」
「姉ちゃん今日も頭痛来てたもんな。大変だよなぁ」
「千隼はこういうのって無いの?」
「無いなぁ。少し怠いなーってのはあるけど、天気悪かったらそんなの珍しく無いだろ」
「でもそれも一応は軽い症状みたいだよ。でも薬とか飲むまででは無いのかなぁ」
「まぁな。そうだ、一応さ、葛原さんに聞いてみる?」
「んー、お客さまならともかく、私たちがお聞きするのはなぁ」
佳鳴は渋い表情を見せる。だが千隼は特に気にした風も無く「大丈夫じゃね?」と軽く言う。
「世間話的に聞いてみたら良いんじゃ無いかなぁ。買ってもし効かなかったら勿体無いじゃん」
「そうだねぇ……。でもどちらにしても今は見送りかな。鎮痛剤まだあるし」
佳鳴は薬の箱をそっと棚に戻した。
ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)
次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。