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煮物屋さんの暖かくて優しい食卓  作者: 山いい奈
18章 穴を埋めてくれるもの
59/122

第1話 優しい再会

どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

 その日の仕込みを終え、佳鳴(かなる)千隼(ちはや)はカウンタで並んで夕飯を摂る。


 この日のメインは豚ばら肉と茄子(なす)とピーマンの煮物である。豚ばら肉から出る美味しい油が茄子とピーマンに絡んだ一品である。


 茄子はとろとろに、ピーマンもくたくたになるまで火を通す。彩りは悪くなってしまうが、しっかりと味を含ませて味わい深い料理に仕上がっている。


 小鉢のひとつは高野豆腐と干し椎茸の含め煮だ。煮物が被ってしまうがこちらは煮汁のほとんどを高野豆腐に含ませているので、小鉢として成立すると踏んだ。


 昨夜の営業後から冷蔵庫でゆっくりと戻した干し椎茸は、しゃくしゃくとした歯応えを残し、戻し汁の滋味(じみ)深さをしっかりと高野豆腐が吸い込んでいる。椎茸の味を活かすために醤油は少なめにしてある。


 もうひとつはシンプルにブロッコリのごまマヨネーズ和えだ。小房にして蒸して粗熱を取ったブロッコリを、白いりごまと白すりごま、マヨネーズで作った和え衣で和えてある。


 ブロッコリは食べやすい様に少し柔らかめに火を通してあるが、いりごまのぷちぷちとした歯応えがアクセントになっている。


「とろっとろのお茄子美味しいねぇ。やっぱり火を通したお茄子はこうでなきゃ」


 佳鳴がほぅと息を吐くと、千隼は口角を上げ「おう」と返す。


「ブロッコリ、ごまがしっかり効いてて良いな。高野豆腐も干し椎茸が凄い染みてる。旨い」


「ありがとう。干し椎茸ってご家庭で扱うのちょっと面倒だったりするしね。お店で食べていただいて良さを知っていただきたいなぁ」


「確かにな。ぬるま湯でも戻せるけど、使いたいってすぐに使えるもんじゃ無いからなぁ」


「風味を最大限出したいんならやっぱり水戻しだしねぇ。うん。ピーマンもしっかり味含んでて美味しい」


 佳鳴が次々と箸を動かして行く横で、千隼はふと手を止める。


「なぁ、姉ちゃん」


「ん?」


「ここって良い店だよな」


 なんの前触れも無いせりふに、佳鳴は驚いて瞬きをする。


「どうしたの突然」


「俺らまだまだ未熟だと思うし、常連さんに支えてもらってるって良く解ってるんだけど、良い店に育てて行けてるなぁって」


「そうだよねぇ」


 佳鳴も箸を下ろし、ふっと微笑む。


「恵まれてるよね。本当にそう思う。経営者としてはもっとお客さんに来てもらってって思うところなのかも知れないけど、来ていただいている常連さんが心地よく過ごしていただける空間を保つ、をしていくのが今の1番大事なことなんだと思う」


「ああ。それは肝に命じないとな」


「うん。精進しよう。まずはしっかりと食べて今日の営業だよ」


「おう」


 千隼は応え、大口を開けて白米を放り込んだ。




 営業が始まって数分後、まだお客さまもまばらな時間帯、訪れた女性のお客さまの顔を見て佳鳴は目を見開いた。


「……いらっしゃいませ」


 それでも務めて笑顔で出迎える。その女性は死んだ様な目をしてふらりと入って来て、ドアから1番近い空いている席に腰を降ろした。


 佳鳴がおしぼりと渡すと、女性は力無い笑顔を浮かべて薄く口を開いた。


扇木(おうぎ)さん、久しぶり」


「……うん、久しぶり、青木(あおき)さん」


 佳鳴も笑顔を返した。


「食事させて欲しくて」


「うん。このお店はね」


 佳鳴が煮物屋さんの注文方法を伝えると、青木さんは「そうなんだ……」と呟く。


「食べたいものが注文できるお店じゃ無いのね」


「うん。だからお客さまは、表に出してるおしながきを見て入って来てくださるの」


「あ、ドアに掛かってた写真はそういうことなのね。おもしろいね。でも仕事前だからお酒控えたいし量もあまり食べたくなくて」


「お料理だけと、お冷かソフトドリンクでも大丈夫だよ。少食でお酒飲めないお客さまはそうして食事だけして行かれるよ」


「じゃあそうしようかな。ドリンクはえーっと」


 青木さんはドリンクメニューを取る。


烏龍(ウーロン)茶にしとく」


「分かった」


 佳鳴と千隼が並んでドリンクと料理の支度をしていると、青木さんはまた口を開く。


「この前ね、偶然内山(うちやま)さんに会ったの」


「内山、聡美(さとみ)?」


「そう」


 内山聡美は佳鳴の大学時代の友人で、以前結婚の悩みで煮物屋さんに来てくれた。あれから他の友人も交えて1度飲みに行ったが、それからまた直接会うのはご無沙汰になっていた。


「少し立ち話をしてね、扇木さんがお店やってるって聞いて。ほっとする美味しいご飯出してくれるって聞いて、食べてみたいなぁって仕事前に寄ったの」


「メインの煮物はともかく、小鉢はそんな大げさなもんじゃ無いよ」


 佳鳴が笑うと、青木さんは「ともかくって?」と問う。


「煮物を作ってるのは弟の千隼なの」


 千隼が佳鳴の横で小さく頭を下げる。青木さんも「どうも」と会釈(えしゃく)をした。


「じゃあ小鉢を扇木さんが?」


「うん。あとお味噌汁もね。あ、定食にしなくてもお味噌汁お出しできるよ。良かったら飲む? 今日は水菜のお味噌汁だよ」


 お味噌汁用の水菜はあらかじめさっと茹でておいて、お出しする時にお椀に入れてお揚げの味噌汁を注ぐのである。ほんの少し温度は下がるが、この方が彩りが綺麗で歯応えも良い。


「お味噌汁? へぇ、飲みたいな」


「分かった。待っててね。はい、まずは烏龍茶」


「ありがとう」


 烏龍茶のタンブラーを受け取った青木さんは、唇を湿らす程度に口を付ける。


「はい、お料理お待たせ」


 メインと小鉢2品、そしてお味噌汁をお出しする。ほかほかと湯気の上がる料理を前に青木さんは「わぁ……」と感嘆の声を漏らす。


「本当になんて言ったら良いのかな、身体に良さそうって言うか、優しそうなご飯……。健康になれそうな気がする」


「一応バランスも考えてるからね。冷めないうちにどうぞ」


「ありがとう。いただきます」


 青木さんは高野豆腐の器を手にし、箸を伸ばして高野豆腐を口に運ぶ。ゆっくりと食むと大きな(ひとみ)を潤ませて「美味しい……」とこぼした。


「本当に優しい味……こんなの久しぶりに食べた。干し椎茸で出汁を取ってるの? 凄く良い味」


「そう。干し椎茸はそれだけで良い出汁が出るからね」


「嬉しいなぁ。最近ずっとコンビニご飯とかお弁当だったから、こんなの本当に久しぶりなの」


「だったら体調崩しがちにならない? 大丈夫?」


「青汁は飲んでるんだけどね。焼け石に水かも知れないけど」


「どうだろう。でもできたらちゃんとご飯を食べるのに越したことは無いと思う」


「解ってるんだけどどうしても面倒になっちゃって」


 青木さんは苦笑すると味噌汁をすする。そして「ほぅ……」と心地よさげな溜め息を吐いた。


「美味し〜い。しっかりと出汁を取ってるのね。これも凄っごく優しい味。癒されるなぁ〜」


「青木さん、毎日お味噌汁飲むだけでも違うよ。インスタントのでも良いから飲んでみたら?」


「そうだね。でもやっぱりこうした手作りのには負けるよ。自分で作ったら良いんだろうけどね」


「じゃあ超簡単な作り方。お椀にお出汁入りの味噌と乾燥わかめと乾燥ねぎを入れてお湯を注ぐ」


「え、お鍋使わないの?」


「うん。ちょっとぬるくなるけどその方が飲みやすいかもね。今は溶けやすい液体味噌もあるから試してみてよ」


「それなら手軽にできて良いかも。お弁当とかに付けるだけでも気分が変わるかも」


 青木さんは言うと穏やかに微笑んだ。




 青木さんはご飯を満足げに平らげ、これから仕事だと席を立つ。


「あのさ、また来ても良いかな」


「もちろん。いつでも来てね。でも月曜日は定休日だから」


「ん、分かった。ありがとう、ごちそうさま」


 そして会計をして店を出て行った。


 他の常連さんとの話が一段落した千隼が寄って来る。


「姉ちゃん、友だち?」


「うん。前に言ってたね、ホストクラブにはまってお仕事を夜に変えた、大学の時の」


「ああ、友だちってほど親しくは無かった人な。もしかしたら話聞いて欲しかったのかな」


「どうかなぁ。青木さんには他に仲の良いお友だちがいたはずなんだけどなぁ」


 佳鳴が首をひねると千隼も「うーん」と小さく唸る。


「まぁ、また来てくれるみたいだから、もし何かあるんだったらねその時にね」


「そうだな」


 千隼は頷くと、またお客さまのところに戻って行く。


「すいません、ビールください」


「はーい」


 佳鳴は新たな注文に応え、冷蔵庫から瓶ビールを取り出した。

ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)

次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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