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煮物屋さんの暖かくて優しい食卓  作者: 山いい奈
30章 それぞれの距離感
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第3話 まさかの出来事

どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

 翌日の土曜日。煮物屋さんはいつもの様に18時に開店した。


 今日のメインは海老(えび)とお揚げと蓮根(れんこん)椎茸(しいたけ)の煮物である。彩りは塩茹でしたちんげん菜で添えた。


 お揚げと椎茸から出る旨味がお出汁に滲み、具材をまとめ上げる。蓮根は乱切りにしたことで表面積が広くなり、特徴的な穴にもお出汁が絡んで、しゃくっとした歯ごたえの中に滋味(じみ)が広がる。


 椎茸にもしっかりと含められ、噛むとじわりと旨味が(にじ)み出る。臭みをしっかりと拭い、ぷりっと仕上がった海老もその味わいをまとっていて、口の中で風味とともに弾けるのだ。


 小鉢のひとつはめんまの海苔(のり)和えである。めんまは水煮のものを用意した。それに中華スープをベースとした味を含ませる。みりんやお醤油なども使い、仕上げにごま油をまとわせた。


 そのめんまを海苔と和えるのだ。コンロで炙って香ばしくなった海苔をばりばりとちぎり、めんまに加えてしっかりと絡まる様に混ぜる。


 味の沁みた歯ごたえの良いめんまにまとうごま油の風味と、ほのかに磯が香る海苔が良く合うのだ。


 小鉢のもうひとつはブロッコリのタルタル和えだ。


 タルタルソースは自家製である。潰した茹で卵にみじん切りにしたたくあんを合わせ、マヨネーズと少量の辛子(からし)を混ぜ合わせる。それを蒸したブロッコリと和えるのである。


 程よい甘みと酸味を兼ね備えたタルタルがブロッコリを包み込み、その爽やかさを引き立てるのだ。


「今日も美味しいわ〜」


 門又(かどまた)さんがブロッコリを口に放り込み、じっくりと味わう。おなじみの麦焼酎の水割りを傾けた。


「本当にねぇ〜。週末の煮物屋さんのこの特別感って何なのかしらねぇ〜」


 (さかき)さんもくい、とハイボールを口に含んだ。


 長らく煮物屋さんの常連さんでいてくださるおふたりは、生ビールを導入してからも1杯目の飲み物を変えられなかった。麦焼酎とウィスキーの銘柄こそ日によって違うが、根っからお好きなのだろう。


 今日は山形(やまがた)さんが来られていなかった。最近ではすっかりとトリオの様になっていたのだが、急ぎの仕事があるとのことで、来られたとしても少し遅い時間になりそうだということだ。


 まだ開店して間も無いので、お客さまは門又さんと榊さんのおふたりだった。なので佳鳴(かなる)千隼(ちはや)にも余裕がある。おふたりと世間話などをしながら、片付けなどのできることをした。


 やがて少しずつ席も埋まって行く。ほとんどは地元にお住まいの常連さんだ。


 初めてのお客さまが来られたのは、まだ席に空きがある時だった。ドアからいちばん近いところが空いていたので、そのお客さまはそこに腰を下ろした。


 若い男性だった。清潔感のある身なりをされている。背はすらりと高かった。かなり細身で「ひょろり」と言う表現がぴったりである。


「いらっしゃいませ」


 対応したのは千隼だった。おしぼりをお渡しし、この煮物屋さんの注文方法をお伝えする。


 佳鳴は他のお客さまとお話をしていたので、そちらは千隼に任せた。


 しかし間も無く、がしゃーん! と何かが壊れる様な派手な音が店内に響いた。


 その瞬間、程よく騒がしかった店内に静寂(せいじゃく)が満ちた。皆さんの視線がさまよい、やがて背面の食器棚にもたれ、左の頬を押さえて呆然とする千隼と、立ち上がって(こぶし)を突き付ける男性の元に集まった。


 佳鳴は一瞬何が起こったのかわからなかった。だがその様子を見て、千隼がお客さまに殴られたのだと把握した。


「千隼!?」


 佳鳴が悲鳴に似た声を上げ、客席からも「きゃあ!」「ハヤさん!」と声が上がると、男性は走って店を出て行った。佳鳴は慌てて千隼に駆け寄る。


「どうしたの? 何があったの?」


 何か失礼でもあったのだろうか。だが千隼がお客さまに手を出させるほどの粗相(そそう)をするとは思えない。そんな間も無かったはずだ。


 千隼は「判らない」とぽつりと漏らす。


「本当にいきなりだったんだ。辰野(たつの)さんの紹介で来たって言って、俺にここの店員かって聞いて来たからそうだって。で、毎週金曜日に会ってるかって言うから、そうだって答えたら殴られた」


「どういうことなのかしら」


「本当に判らない。何なんだろう。辰野さんの話が出てたから、関わりがあるのかも知れないけど」


 佳鳴も千隼も戸惑うしか無い。自分たちに危害を加えられる心当たりは全く無かった。


「店長さん、ハヤさん、警察呼ぶ?」


 門又さんが腰を浮かせてスマートフォンを振る。警察への届けは必要だろう。だが辰野さんが関係あるのかも知れないとのことだし、ここに警察官が来ると他のお客さまを巻き込んでしまう。迷惑を掛けてしまうことはできない。


「いえ、後で交番に行こうと思います。お騒がせしてしまって申し訳無いです」


「ううん、それよりハヤさん大丈夫なの?」


「痛みがありますけど、まぁ何とか」


 千隼は苦笑しながらそう言うが、頬の筋肉が動いて痛みが出たのか「つ」と顔をしかめた。


「千隼、病院に行っておいで。今日は土曜日だから、深夜外来やってるところ」


「市民病院だったらやってるかな。ちょっと調べて行って来る。診断書書いてもらわないとな」


「うん。これ、一応暴行事件だからね」


「そう言葉にすると重いな」


 千隼は苦笑いを浮かべると姿勢を正した。


「皆さま申し訳ありません。少し外します」


 千隼が客席に頭を下げる。


「大丈夫だから」


「ちゃんと()てもらって治療してもらって」


「ありがとうございます。じゃあ姉ちゃん行って来る」


「行ってらっしゃい。気を付けて」


 千隼が客席に頭を下げながら出て行くと、どこからともなく「はぁ〜」と大きな溜め息が()れた。


「びっくりしたぁ。一体何があったの?」


 門又さんの言葉に、佳鳴も「さぁ……。本当に判らなくて」と首を傾げるしか無かった。不安はあったがそれをお客さまに気取られるわけにはいかない。佳鳴は笑みを浮かべた。


「それよりご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ありません。皆さまにお飲み物1杯ずつサービスさせていただきますので」


「良いわよ、そんなの。気にしないで」


「そうよぉ〜」


 門又さんと榊さんがおっしゃると、他のお客さまからもご辞退のお声が上がる。


「いいえ、せめてもの気持ちですので」


 佳鳴は言いながらペンを取り、お客さまそれぞれの伝票からいちばん高い飲み物1杯分に打ち消し線を引いた。

ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)

次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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