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煮物屋さんの暖かくて優しい食卓  作者: 山いい奈
28章 扇木さん家の家庭の事情2
107/122

第1話 煮物屋さんのはじまり

どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

 両親のどちらに似ているかと問われると、佳鳴(かなる)千隼(ちはや)も「父親」と答えるし、そうであって欲しいと思っている。


 以前、母親の寿美香(すみか)に言われたことがあった。


「私は母親失格だけどさ、あんたたちを寛人(ひろと)くん似に産んだことだけは褒めてほしいね」


 あまりにもあまりな主張であるが、育児放棄などの件も含めてその通りだとも思ってしまうので、佳鳴も千隼も苦笑するしか無い。


 寿美香は確かに親失格なのかも知れなかった。ふたりに食を与えたのは父の寛人だ。味の付いたご飯しか食べられなかった幼い千隼のために、心を砕いたのも寛人だった。


 だが衣食となると、寿美香の恩恵も大きかったに違い無い。家を綺麗にし、ふたりの容姿を整えてくれたのは寛人だが、経済的な部分を見ると、寿美香の収入はかなり助力になったはずだ。


 アパレル会社勤めから子ども服のデザイナーになってから、寿美香の収入は寛人のそれをゆうに超えたのだ。


 当時の寛人の年収もそれなりにあったはずだが、寿美香のデザインはそれを余裕で飛び越した。


 寿美香は稼ぎのほとんどを寛人に渡していたというから、扇木(おうぎ)家は経済的に恵まれていたと言えるだろう。寿美香は生活能力こそ無かったが、仕事では有能な人だったのだ。


 両親の経済力には佳鳴と千隼も大いに助けられた。ふたりとも高校では勉強と部活に打ち込めたし、寛人の手伝いもできた。


 ちなみに大学の時にはアルバイトでお小遣いを稼いだ。料理に興味のあった千隼は調理助手のアルバイトにやりがいを感じていた。


 その恩恵は、煮物屋さん開店にまで及ぶ。


 まず必要なのは資金だ。店舗を借りるにしても資金が無くては始まらない。内装などにも要るし、道具を揃えるにしても必要不可欠なものだ。


 佳鳴も千隼も、そう長くなかった会社勤めの間にも貯金はしていた。寿美香はもう家を出ていたが、寛人と3人での実家暮らしだったこともあり、それなりの額があった。


 だが開店資金には及ばない。となると銀行からの融資(ゆうし)が必要だった。


 銀行から借りることができる金額は、借主の信用はもちろん元手の額も影響する。返済能力の有無も大きく問われる。


 果たして佳鳴と千隼にそれだけの資質があるのかどうか。


 煮物屋さんの営業形態が銀行に受け入れられるのかどうか。


 ふたりがリビングで顔を突き合わせて(うな)っていると、寛人が温かいほうじ茶を入れてくれた。


「どうぞ。少し休んだらどうだい」


「ありがとう」


「ありがとう」


 湯飲みに入れたれたそれをありがたくいただくと、寛人もソファに掛けて自分のほうじ茶をすする。そしておもむろに口を開いた。


「佳鳴、千隼、開店資金ね、銀行から借りる必要は無いよ」


「え? じゃあどこから借りるんだ?」


 千隼が言い、佳鳴も首を傾げる。


「借りなきゃ資金足りないもんねぇ」


 すると寛人はにっこりと笑って言った。


「母さんと僕が貸すよ。土地もあるから、良かったら使うかい?」


「え?」


「は?」


 さらっと大規模なことを言われ、佳鳴も千隼もあんぐりと口を開ける。確かに扇木家は経済的に困っていないとは思っていたが。


「母さんがデザイナーになってから、年収が上がったって言ってただろう」


「あ、ああ」


 佳鳴も千隼も驚き顔を崩せない。ふたりは前のめりになって、寛人の言葉を待った。


「そりゃあもうとんでも無い上がり方だったんだよね。デザイナーと言うかアーティストって、当たるとこんなに稼げちゃえるんだってびっくりしたよ。桁が違うからね」


「お母さんってそんな高収入なの?」


「そうなんだよ。だからうちには貯金がたくさんあるんだよ。父さんも仕事続けてたし、ふたりとも学校は全部国公立に行ってくれたしね。家から通ってくれたし、大学ではバイトもしてくれたし、学費をあまり使わずに済んだからね」


「そりゃあ私学よりは安いだろうけど」


 佳鳴も千隼も戸惑ってしまう。ふたりは確かに進学先を国公立に決めたが、それは家から通いやすい場所にあったことと、学部の選択肢が広かったからだ。


 私学ももちろんあったが、国公立に行ける学力があるのならその方が良い。佳鳴と千隼はそう考えた。千隼にとってはその大学に調理や栄養学が学べる学部があったことも大きかった。


「それに土地って? それは俺たち聞いて無いけど」


「ああ、結局母さんは家を出てしまったけど、昔はそのうち戸建でも建てようって話をしてて、県内の下町の住宅街に土地だけ買ったんだよ。なかなか立地も良くてね。ほら、このマンションは賃貸だからね」


 まるで、そこの八百屋さんで大根買いました、みたいな調子で言われ、佳鳴も千隼もあっけに取られてしまった。


 寛人は、ふたりの父親は、こんな豪快なことをあっけらかんと言う様な人だっただろうか。


 きっと子ども達が知らなかっただけで、寛人はそうなのだろう。何せあの寿美香と結婚生活を送ることができる性格なのだから。肝が()わっているとも言える。


 佳鳴と千隼はまだ呆然とした顔を見合わせ、詰めていた息を「はぁ」と吐いた。


「なんか……本当に驚いた。うちって思った以上に裕福だったの?」


「よそさまと比べたらそうかも知れないね。母さんがばりばり仕事をしたからこそできた資産だよ。でも母さんはそれだけ稼いでも浪費しなかったし、僕も身の丈に合った生活しかできなかったし。将来のためにお金はいくらあっても良いものだからね。佳鳴と千隼も貯金していたみたいだけど、結婚とか独立とかになったら、やっぱりまとまった分を渡してやりたいって親心もあったし。そしたらお店をやるって言うんだからねぇ」


 寛人は言って穏やかに微笑んだ。


「うちからだったら、銀行みたいに利子は付かないし、立ち上がりはどうしても売り上げが伴わないかも知れない。そういう時の融通もしてあげられる。どうかな?」


 それは願っても無い申し出だった。だが親にそこまで甘えてしまっても良いのだろうか。


 佳鳴も千隼も実家暮らしとは言え、もう立派な大人だ。仕事もしている。


 煮物屋さんをやることはもちろん寛人にも相談していた。だがそれは資金などの話では無く、営業形態やメニューの相談などだ。料理に関しては、佳鳴と千隼にとって、寛人は師匠の様なものなのだ。


 佳鳴も千隼も寛人が作る優しい味の煮物が好きで、それが煮物屋さんのルーツにもなっている。


 千隼は寛人に教えてもらった煮物を、大学の授業でさらにブラッシュアップし、ふんわりとした将来設計ではあるが、お店などで出せる様にと研鑽を積んだのだ。


 それを食べた寛人は「凄いなぁ」と手放しで褒めたものだった。なので佳鳴とふたりで飲食店を開きたいと言った時には賛成もしてくれたし、応援すると言ってくれた。


 それがこんな形になろうとは。


 本当にありがた過ぎる話だ。だが戸惑うふたりに、寛人は「まぁまぁ」と(なだ)める様に言う。


「もしかしたら甘えだって思ってる? そんなこと考えなくて良いよ。何も援助するって言っているんじゃ無い。貸すんだからもちろん返してもらうんだからね」


「このこと、母さんは?」


 正直、あの寿美香が佳鳴たちを応援してくれる様な()が見えない。子どもたちに無頓着なので邪魔などはされないだろうが、決して前向きにはならないと予想できた。


 両親から融資されると言うのなら、その大半は寿美香がもたらしたものだろう。寛人の話からそれは想像できる。まさか寛人の一存では無いと思うのだが。


「もちろん知ってるよ。母さんも賛成してる。うちにはそれだけあるんだから、銀行から借りるなんて勿体無いって言ってたよ。もちろん限りはあるけど、土地はあるんだから、そんな馬鹿みたいに掛からないだろう? ふたりのことだから堅実な仕事をするだろうし」


 それはそうだ。融資が銀行からだろうが両親からだろうが、無駄な使い方をするつもりは一切無い。


 もともとは居抜きで店舗を借りることができらた僥倖(ぎょうこう)だと思っていた。そうしたら内装も少し手を入れるだけで使える可能性があるし、備え付けの調理機器も(しか)り。補修などは要るだろうが、初期費用はそれなりに抑えられるだろうと思っていたのだ。


 それでも職人の手を借りなければいけない部分も多く、なのでやはりふたりの貯金だけでは足が出るだろうという話だったのだ。


 それを寛人の話では、土地にいちから上物を建てたらどうだというのだ。


 それは確かに理想だし夢でもあるが、今のふたりでは無理だと思っていた。それがまさか、叶うかもしれないだなんて。


 だが佳鳴も千隼もまだ迷っている。まだ実家暮らしとは言え、もう自立してもおかしくない。社会人になってもう数年も経つのだ。


 寛人は甘えだなんで考えなくても良いと言ってくれている。それでもためらってしまうのだ。


「ねぇ、佳鳴、千隼」


 そんなふたりに寛人はふんわりと穏やかな笑みを浮かべた。


「親孝行だと思って、僕たちを頼ってくれないかな」


 そう言われ、ふたりは思わず顔を見合わす。そこまで言ってくれるなんて。佳鳴は感動すらしてしまう。千隼も目を赤くしている。


 寛人は、そして恐らく寿美香も、こうしてふたりを応援しようとしてくれているのだ。


 これは、応えなければならない。きっと応援もだが、期待もしてくれているのだ。佳鳴と千隼のお店が繁盛する様に。お客さまを満足させられる様に。


 もしかしたらこれは、銀行から融資を受けることより、プレッシャーが掛かることかも知れない。


 けれど、その方が佳鳴と千隼には良いのかも知れなかった。銀行に返済する為にあくせくするより、寛人の、少しばかり不本意だが寿美香のための方が、励むことができそうだった。


 佳鳴はぐっと表情を引き締める。千隼を見ると、千隼もその目に力強さが宿っていた。


「……千隼」


 佳鳴が静かに言うと、千隼は「うん」と頷いた。


「お父さん、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 千隼と佳鳴は寛人に深く頭を下げた。すると寛人は「あああ、頭を上げて」と慌てた。

ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)

次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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