白く暖かな時間
どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
12月になり、寒さも増してきた。太陽が照る日中はまだ暖かさも感じるとは言え、夜の帳が下りればすっかりと冷え込む様になってきた。
冬至はまだ少し先だが、12月もなればもう冬だと言う認識になる。クリスマスも迫り、クリスマスデコレーションが施されているショッピングセンターなども目立つ。
見上げる様な大きなクリスマスツリーに、大小の装飾はなんとも華やかだ。
そんな冬の訪れに、煮物屋さんでは必ず作る煮物があるのである。
「こんばんはぁ」
そんな元気なご挨拶とともにドアを開けたのは仲間さん(3章)だ。少しばかり鼻のてっぺんが赤らんでいる。今夜は風が強いので、寒さがより増すのだ。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ。こんばんは」
「SNS見て楽しみにしてたの。もう12月だもんね」
仲間さんはそう言いながら脱いだコートをハンガーに掛け、バッグをカウンタ下の棚に突っ込んだ。
「お口に合えば良いんですけども」
「煮物屋さんのお料理が口に合わないはずが無いよ。あ、とりあえず生で」
「はい。かしこまりました」
佳鳴はタンブラーにサーバから生ビールを注いだ。横では千隼が料理の支度をする。
「はい、お待たせしました」
「ありがとう」
綺麗に泡を作った生ビールを受け取った仲間さんは、さっそく「いただきます」と口を付けた。ごっごっごと喉を鳴らして半分ほどを流し込むと、「ぷはぁ!」と心地よさげなため息を吐いた。
「美味しーい。外が寒くても生があると頼みたくなっちゃう」
「そうおっしゃっていただけると、導入した甲斐があります」
佳鳴がにっこりと微笑むと、仲間さんは「ふふ」と相貌を緩めた。
「でも今日はメニュー的に、2杯目は白ワインにしようかな」
「それは合うでしょうね。でも案外、いつもの日本酒ソーダも合うかも知れませんよ」
「そうね。フレンチで日本酒飲んだりするもんねぇ。試してみようかな」
そこで千隼が整えた料理をお出しする。
「はい、お待たせしました」
今日のメインはクリームシチューだ。これぞ冬の定番、というイメージである。夏のカレーの様にCMに引っ張られている様な気もするが、それはお客さま方もきっと同様だ。
煮物屋さんのクリームシチューは、具沢山で作る。定番具材の鶏もも肉、玉ねぎ、じゃがいも、人参。
そして旬のほうれん草をたっぷりと入れる。ほうれん草は寒さに晒されて、凍るまいとして甘さを蓄える。そんなほうれん草を茹でてあく抜きをして、仕上げに加えるのだ。
具材とスープの割合を考えると、クリーム煮とも言える。だが佳鳴と千隼は冬にいただくあったかメニューのイメージで「シチュー」と言い張るのだ。
玉ねぎは薄切りにして、オリーブオイルとバターでしんなりとなるまで炒め、しっかりと甘味を引き出してやる。
じゃがいもと人参は煮崩れしにくい様に、しっかりとオイルをまとわせる。
ブイヨンも手ずから取ったものだ。綺麗に洗った玉ねぎや人参、じゃがいもの皮、セロリの葉、きゃべつの芯などを、水からことこと煮出した。
ちなみにきゃべつの葉は、今日のお昼のソース焼きそばの具になったのだった。
ホワイトソースももちろん手作りだ。バターと小麦粉、牛乳で滑らかに作った。
鶏もも肉は下茹でをしてあくと余分な脂を取り除く。こうするとあっさりと仕上がるのだ。
炒めた野菜に白ワインを入れてしっかりと煮詰めてから鶏もも肉を加え、ブイヨンをひたひたに注ぎ、ことことと煮て行く。少し水分が減ったところにホワイトソースを入れ、続けて煮込んで行く。
塩と白こしょうで味を整えて、仕上げに生クリームとバターを落とした。
ほうれん草はお客さまにお出しする直前に加えるのである。
ほろっとほどける鶏もも肉ととろとろの玉ねぎ、ほっくりじゃがいもにとろける様に柔らかい人参、しゃくっとした歯ごたえを残したほうれん草。
それらを柔らかな味のスープがまとめあげるのだ。生クリームとバターがこくを生み出し、味わい深い一品になっている。
小鉢のひとつはマカロニサラダだ。オーソドックスなマヨネーズのものでは無く、オリーブオイルとお酢などで作ったフレンチドレッシングを使う。
具は茹でたマカロニと、千切りにしたセロリの軸とハムだ。オイルは使っているものの、お酢のおかげでさっぱりとした一品だ。
小鉢のもうひとつはブロッコリのアンチョビ和えである。
小房にして蒸したブロッコリを、オリーブオイルとアンチョビ、少しのお砂糖で作った和え衣で和えた。
アンチョビの塩味が旬のブロッコリの甘みを引き立て、アクセントにもなって良い味わいなのだ。
「ありがとう。うわー、美味しそう!」
仲間さんの表情が喜色満面に染まる。歓喜の声を上げて、さっそくスプーンを取り上げた。
「いただきます!」
まずはスープをすくい、そっと口に運ぶ。ずずっと小さな音を立てて、吸い込まれて行った。
「あ〜、あっつい! 美味しい! 優しい味だ〜」
仲間さんはふにゃりと頬を綻ばせる。次にごろっと入れたじゃがいもをスプーンで割り、はふはふと口に放り込む。続けて人参も。
「おじゃがほっくりしてる〜。人参も柔らか〜い。これ、結構な時間煮てるよね?」
「そうですねぇ。まぁそれなりに。でもご家庭でお作りになるのとそう変わりませんよ。あとは使うお鍋でも変わって来ると思いますよ。うちでは煮物は土鍋で作りますので、保温性は高いですね」
「あ、なるほど。うちは普通のテフロンのお鍋だから。そういうのでも変わって来るのかぁ」
「ご家庭でしたら土鍋もそうですけども、重たいのがお嫌で無ければ、鋳物鍋が熱伝導も良くて、煮物に良いですよ」
「あ、聞いたことある。そんなに変わるの?」
「無水調理ができるものも多いですしね。お野菜の水分だけでカレーが作れたりしますよ」
「うわ、何それ美味しそう。あ、そうだ、うちでもたまにシチュー作るんだけど。あ、ルゥ使ってね」
「あれ便利ですもんねぇ」
「そうそう。でもね、箱の裏の通りに分量計って作っても、なぁんかこう、クリーミィさが足りないと言うか。何がおかしいのかなぁ」
仲間さんは言って唇を尖らす。佳鳴は「あら」と目尻を下げた。
「あれは基本の作り方ですからね。お好みでお水を減らして、牛乳を増やしてみても良いかと思いますよ」
「分量通りに作らなくても大丈夫なの?」
確かに以前、作るものが思い通りの味にならないと悩まれる仲間さんに、計量の大切さをお伝えしたのは佳鳴と千隼だが。
「基本の作り方が分かっていれば、あとはご自分の好みでいろいろ調整しても大丈夫ですよ。甘いのがお好きとか、ちょっとしょっぱいのがお好きとかありますからね。そうしてお好みの味に近付けてみてください。もうだいぶんお料理にも慣れて来たのでは無いですか?」
「そうかな」
少し不安混じりな表情を浮かべる仲間さん。佳鳴は安心していただける様にふわりと微笑む。
「大丈夫ですよ。お料理は慣れの部分も大きいんです。星付きシェフともなれば、さすがに才能なんていうものも必要かと思いますけども、家庭料理は慣れでどうにでもなります。いきなり目分量は難しいかも知れませんけども、少しずつやってみてください」
すると仲間さんはほっとした様に表情を緩めた。
「うん。今度やってみるね。最近はレシピ通りに作ってるから彼氏にも好評なんだけど、確かに味の好みってあるもんね。今度聞いてみようっと」
「ぜひ挑戦してみてください。あ、増やすと言ってもほんの少しからですよ。味見をしながら試してみてくださいね」
「うん。がんばる。そのうち目分量ででも美味しいもの作れる様になりたいし。よーし、打倒煮物屋さん!」
勢い良く手を挙げた仲間さんに、佳鳴は目をぱちくりさせる。
「あら、打倒されてしまったら、困ってしまうかも」
「あ、間違えた。目指せ煮物屋さんだ。あはは、ごめんごめん」
「ふふ」
あっけらかんと笑う仲間さんに、佳鳴は口角を上げる。
こうして寒い夜に、煮物屋さんの暖かな時間が流れて行った。
ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)
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