第1話 SNS始めました
どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
煮物屋さんのその日のお献立は、表にプレートを出す。プリンタで出力したお料理の写真をホワイトボードに貼り、料理名を書いて作ったものだ。
開店以来、ずっとそうして来たわけなのだが。
その日も開店前、味見を兼ねた夕飯を摂っていた千隼が口を開いた。
「なぁ姉ちゃん、今更だけどさ、SNSに煮物屋さんのアカウント作らない?」
「どうしてまた」
佳鳴が首を傾げると、千隼は口に入れたばかりの小鉢を素早く噛んでごくりと飲み下す。
「いやさ、それでその日のメニューアップしたら、客が便利かなと思って」
「あ」
どうして今まで気が付かなかったのかと、佳鳴は迂闊さにあんぐりと口を開けてしまう。
佳鳴も千隼もSNSの存在は知っているし、それぞれ個人でアカウントも持っている。
佳鳴は写真系のSNSで、レシピアカウントを数件フォローして、小鉢の参考にしたりしている。
女性らしくファッション系やグルメ系、芸能人なども。
千隼は呟き系のSNSで、見ているのはやはりレシピアカウント、芸能人、そしてニュース系だ。
とは言えふたりともそうタイムラインを追う時間も取れないので、フォロー数は少ないし、何より自分たちからはこれと言って発信しない。
なので煮物屋さんでアカウントを作るという考えに至らなかったのだ。
「そっか〜、一応普段から使ってはいるけど、見るばっかりで自分でポストしないから、発信ツールでもあるってことを忘れてたぁ」
佳鳴は参ったと言う様に首を振り、また「ああ〜」と声を上げた。
「そうだよね。あったらお客さま便利だよねぇ。今やSNSやっていない人を探す方が難しいよね、きっと。両方アカウント作ったらカバーできるかなぁ」
「多分な。チャット系の公式アカウントも考えたんだけど、認証されようとしたら有料なんだよな。だからそれは後回しで。とりあえず無料でアカ取れるやつから始めてみようぜ」
「うん。今日営業終わったらアカウント作ろう。明日の仕入れ前でも良いし。千隼、呟き系の方任せても良い? 私写真系のアカウント作るね。アカウントとパスワードは共有するとして」
「おう」
話はまとまったと、またふたりはかつかつとお箸を動かした。
閉店後、ふたりはスマートフォンを取り出す。それぞれアプリを立ち上げて、決めたアカウント名で新規アカウントを登録する。幸いにも両方共通で作ることができた。
自己紹介文も共通だ。住所と最寄り駅、居酒屋と定食屋を兼ねている店であることなどを打ち込む。
そうしてまずは、挨拶とともに今日のお献立写真を投稿する。普段千隼が撮影する写真はもれなくクラウドにも上げるので、佳鳴はいつもそこからダウンロードしている。
始めまして。煮物屋さんと申します。
煮物をメインにした、居酒屋兼定食屋です。
このアカウントで、毎日のお献立をお知らせしますね。
どうぞご賞味ください(笑顔の顔文字)
少し笑顔の文字なども入れつつ投稿してみた。ふたつのSNSで内容は同じだ。呟き系の方には文字数制限があるし、写真系の方でも簡潔にした方が良いだろう。
いかんせんふたりとも発信には慣れていない。だがいろいろな書き込みをあらためて見直して、伝わりやすいのが1番だと思ったのだ。改行も適宜入れる。
そもそも曲がりなりにも文章というものを書くことにも不慣れだ。だがそれもそのうち慣れるだろう。
「あとはお客さまにお知らせしなきゃね。口頭と、あとは店内にポップとかちらしとか貼る? ショップカードとか」
ショップカードは煮物屋さんでも作っていて、いつもレジスターの横に置いているのだが。
「次作る時にはSNSアカウントも入れないとな。とりあえずアカウントだけのお知らせカード作るか。QRコード入りで。俺、前に何かで買った名刺用のプリンタ用紙あったと思う。でも作るのはな。姉ちゃん頼める?」
「良いよ。すぐに作るよ。モノクロで良いよね? プリントもこっちでやるよ」
「充分。頼むな。あとで用紙持って行くな」
佳鳴はさっそく部屋に入るとパソコンを立ち上げた。今日は夜更かし覚悟。思い立ったが吉日だ。
何、アドレスを打つだけだし、QRコードも無料で作成できるサイトがある。そもそも煮物屋さんのドリンクメニューなどを作っているのは佳鳴だ。シンプルなショップカードなどお手の物なのだ。
佳鳴は作成アプリを起動させた。
そうしてできあがったSNSお知らせカード。
シンプルに「SNS始めました!」と、それぞれのアドレスとQRコードをプリントしてある。紙が両更クラフト紙なので、柔らかな雰囲気だ。煮物屋さんにぴったりとも言える。
翌日の営業時に、さっそく常連さんにお渡しした。壁にもQRコード入りの「SNS始めました!」お知らせを2ヶ所貼り付けている。
「あ、やっと初めてくれたのね」
常連さんは嬉しそうにそうおっしゃった。
「お店の前に来てから知れる博打感も悪く無いけど、事前に判るのは助かるかも」
「今までお手間をお掛けしてしまってすいません」
佳鳴がぺこりと頭を下げると、常連さんは「いえいえ」と首を振る。
「何か始めるきっかけでもあったの?」
「実はですね」
佳鳴が千隼と話をした経緯を話すと、常連さんは「あはは」と笑った。
「確かに普段していないことには気付きにくいかも知れないわね」
「そうなのかも知れません。アプリそのものには触れていたのに、本当にうっかりです」
佳鳴はそう言って苦笑する。
「誰も気にしていないわよ。煮物屋さんはそういうお店だって皆さんご存知だし。ますます便利になったってことで、さっそくフォローさせてもらうわね」
常連さんはバッグからスマートフォンを出すと、手早く操作をしてQRコードを撮影され、またささっと手を動かす。
「はい、完了っと。毎日チェックさせてもらうわ」
「ありがとうございます。これからもどうぞご贔屓に」
「もちろん」
常連さんはにっこり笑って、ハイボールのタンブラーを掲げた。
営業後、煮物屋さんの片付けを済ました佳鳴は、さっそくスマートフォンでSNSをチェックする。
営業中にほとんどの常連さんがどちらか、もしくは両方のSNSをフォローしてくださった。やはり今やSNSをされていない方の方が少ない様だ。
著名人でも無ければ匿名性の高いSNSだ。なので本名で登録されている常連さんは少ない。なのでどのアカウントがどの常連さんなのかは判らない。
だが常連さんが普段煮物屋さんでお見せにならない一部分が垣間見える気がして、嬉しい様なむず痒い様な。
常連さんには普段通りSNSを楽しんでいただきたいので、リフォローはしないと伝えてある。佳鳴と千隼もできる限りホームに行かない様にもしている。
フォロー数はまだそう多く無い。だが一覧を眺めると佳鳴は嬉しくて「ふふ」と微笑む。
今日来られていない常連さんもおられるが、少なくともこれだけの方が煮物屋さんを贔屓にしてくださっているのだ。そう思うと嬉しく無いわけが無い。
これからも少しでも常連さん、お客さまに楽しんでいただける様に尽力しようと、あらためて思うのだった。
ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)
次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。