秋の恵みを詰め込んで
どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
公設市場内の魚屋さんの店頭で、佳鳴は一点を見つめて「うう〜ん」と唸る。
視線の先に綺麗に並べられているのは、艶々とした身をたたえ、ぴんと全身が張ったさんまだ。ほんのり黄色に染まったくちばしと黒々とした目が、新鮮さを主張している。
10月も折り返しを迎え、夏に空気を覆った湿気はまだ残されているものの、気温そのものは下がり始め、随分と過ごしやすくなっていた。
照りつける太陽に下に出ればじわりと汗も浮かぶが、それでも大分和らいだなと感じる。
そうなれば暑い時にはなりを潜めていた食欲も戻り始め、秋の味覚も店先に並び始める。さんまはもちろん栗やきのこ、さつまいもに秋鮭など。鰹も戻り鰹が出始める。
今日はぜひとも秋の味覚尽くしにしたいと、佳鳴と千隼は意気込んでいた。
そして冒頭に戻る。
かつて庶民の味方と言われたさんまは、ここ数年ですっかりと値上がりしてしまった。佳鳴たちの生活圏ではそれまでの倍のお値段だ。
原因は漁獲量の減少だと佳鳴たちは聞いている。そうなった原因も。なんとももどかしいところだ。
そうなるとなかなか食卓には上がりにくくなる。ぱりっと焼き上がり、ぴりりと皮が裂けたところからじゅわじゅわぱちぱちと溢れてくる、香ばしい脂を持つさんまの塩焼きは、もうそのビジュアルだけで喉が鳴る。
煮物屋さんでは焼き魚は滅多に出さないので、ほとんどの調理方法は塩焼きでは無いが、やはり秋の味覚としてさんまはぜひ使いたい。食卓に上りづらくなるならなおさら、煮物屋さんで味わっていただきたい。
しかしやはりこの金額では難しい。なので佳鳴は唸ってしまうのだ。
「姉ちゃん、どうする?」
隣の千隼が聞いて来る。佳鳴は呟くように「どうしようかな……」と口を動かした。
お客さまに食べていただきたい。しかし採算との兼ね合いもある。佳鳴はまた弱った様に顔をしかめて「んん〜」と呻いた。だが数秒後「よしっ」と決意した様に顔を上げた。
「大将さん、さんまもらいます!」
「あいよっ」
佳鳴の元気な声に、大将さんと呼ばれた壮年男性が威勢良く応じた。
煮物屋さんのカウンタ内の厨房で、さんまを前に佳鳴は出刃包丁を握る。
お腹を開いて内臓を取るだけならペディナイフでも充分なのだが、今回は頭も取って、骨ごと4等分にぶつ切りにするのだ。
それを流水で綺麗に洗って血合いなどを流す。4等分にするのだがお客さまにお出しする分は頭から3切れ分。
丸々1尾をお出しするならともかく、カットをするので尾っぽの部分はいささかお客さまに申し訳が無い。
ちなみに残した尾っぽの部分は、姉弟のランチになる。炊き込みご飯だったりふりかけだったり、塩焼きだったり。
広口の鋳物鍋に煮汁を作る。お水とお酒、お醤油にお砂糖みりんを入れて煮立たせる。そこに臭み抜きのためにさっと湯通ししたさんまの身をそっと入れて行った。
皮付きのまま千切りにした生姜を散らし、ことことと煮込んで行く。
煮汁が少なくなりさんまに艶が出てきたら、骨まで柔らかい甘露煮のできあがりだ。
これが今日の小鉢のひとつになる。2切れを盛り付けてお出しする。甘辛ではあるが、食べやすい様に少しばかり日本酒を多めに入れた。
そこに生姜が加わることで、臭みなど一切無くさんまの旨味が詰まった一品になる。
脂もしっかりと蓄えていてとしっとりの身。そこにまとう柔らかな甘辛味に生姜のアクセント。
それに合わせるために千隼が仕上げた今日のメインは、厚揚げとれんこんと里芋とごぼうの煮物だ。彩りは塩茹でしたちんげん菜をたっぷり添えた。
秋になると根菜も美味しくなって来る。それをふんだんに使った。乱切りのれんこんはしゃくしゃくと、大振りに育った里芋はねっとりと、大きく斜め切りにしたごぼうはほくほくに。
味付けは薄口醤油で淡く付ける。甘みも加えて、お出汁をしっかりと効かせた煮汁でことことと煮た。厚揚げから出る旨味が全体を巧くまとめてくれる。
小鉢のもうひとつはきのこを使ったポン酢炒めだ。椎茸に舞茸、えりんぎにしめじ、えのきと種類をこれでもかと使った。
ごま油で炒めてポン酢で味付けしただけのシンプルな一品だが、数々のきのこから出る旨味が秋のご馳走に引き上げるのだ。
小鉢に盛り付けてから、彩りに炒り白ごまと青ねぎをぱらりと散らす。
お味噌汁はお揚げとみょうがだ。旬のみょうがは千切りにした生のものをお椀に入れておき、そこにお揚げだけで作ったお味噌汁を注ぐ。するとみょうがの爽やかな香りがふわりと立ち上がるのだ。
みょうがが苦手なお客さまにはわかめと青ねぎを用意している。
そうして料理を仕上げ、試食を兼ねたまかないを食べ、おしながきを作ったら、今夜も煮物屋さん開店だ。
王道の秋の味覚尽くしのお献立、とりわけさんまの甘露煮を前に、冨樫さん(19章)は目を輝かせた。
「これこれ! これが出てきたら秋が来たって感じがする〜」
するとひとつ席を離して掛けていた青木真利奈ちゃん(18章)が「そうなんですか?」ときょとんとした風で問い掛ける。
「そうなんですよ!」
冨樫さんは興奮した様に拳を握る。
「お家じゃさんまって塩焼きが定番じゃ無いですか。その方が簡単だし。だから煮物屋さんで食べられるさんまの甘露煮は、最強の秋のご馳走なんですよ」
冨樫さんの力説を聞いた真利奈ちゃんは「そんなぁ」と残念そうに眉尻を下げた。
「佳鳴ちゃぁん、それならそうと言ってよ〜。もっと大事に食べたのにぃ。美味しくて一気に食べちゃったわよ〜」
真利奈ちゃんはそんな情けない声を上げる。
「あはは、ごめんごめん」
佳鳴はおかしそうに笑って応えた。
青木さん、青木真利奈ちゃんはあれから休日のたびにちょくちょくと煮物屋さんに来てくれて、今や佳鳴とは「佳鳴ちゃん」「真利奈ちゃん」と呼び合う仲になっていた。
そして真利奈ちゃんは引っ越しをした。まだ資金は貯まっていなかったが、安アパートのセキュリティを心配したご両親が援助を申し出たのだ。
真利奈ちゃんは確かに引っ越しは早くしたかったので、親からの借金という形にして、毎月返して行っているとのこと。
場所は繁華街の職場にも煮物屋さんにも行きやすいワンルームマンション。オートロックも設置されているので、ご両親も安心されたそうだ。
そんな真利奈ちゃんはウィスキーの水割りを片手に、お料理を楽しまれていた。
「真利奈ちゃん、さんまおかわりいる? 別料金になるけど」
「良いの? だったら1切れ欲しいわ」
そう言って骨だけが残された小鉢をカウンタの台に上げた。
「はい。どうぞ」
佳鳴はそれと入れ替える様に、新しい小鉢に盛り付けたさんまの甘露煮をお出しした。
「ありがとう」
真利奈ちゃんはそれを手元に寄せると、大事そうにそっとお箸を入れた。それはほとんど抵抗無くすっと入り、ほろっとほぐれて細い背骨が現れる。それをゆっくりと口に運んだ。
「んん〜、やっぱり美味しい〜」
真利奈ちゃんはうっとりと言うと、満足げに目を細めた。
「甘辛いのに優しい味なのよね。確かにお家でだったら塩焼きになりそうだし、これはご馳走だわ。さっきは何も考えずに食べちゃってもったいないことしちゃった。でももうひとつ食べられてラッキーかも」
「真利奈ちゃんたら。一応別料金なんだからね」
佳鳴が少し呆れた様に笑って言うと、真利奈ちゃんは「それでもよ」と強く言う。
「これは追加する価値があるのよ。いつものご飯ももちろんとても美味しいんだけど、季節のものって言われたら特別感があるわよね。特に生のさんまは秋にしか出ないんだし」
「わかります!」
冨樫さんはうんうんと頷き、さんまを口に運んだ。そして「んふふ」と頬を綻ばせた。
「ほら、去年さんまの甘露煮の時、店長さんおっしゃってたじゃ無いですか。「近年さんまが高くて、これもそうそう作れなくなった」って」
「あら、覚えていてくださったんですね」
佳鳴が目を丸くすると、冨樫さんは「もちろんですよ」と笑う。
「だって美味しい甘露煮を食べる機会が減るなんて、悲しいじゃ無いですか。根菜とかきのこはそんなに価格変動って無いと思うから、また食べられると思いますけど、さんまは回数減っちゃうんだったら、これは絶対に逃せないって思って」
「そうね、確かにね。解るわ」
真利奈ちゃんは言って頷いた。
確かに野菜は、国内で農家さんの手で育てられているものがほとんどなので、自然災害や悪天候が続くなどが無ければ、仕入れ値はそう大きく変わらない。畜産がほとんどの肉類も同じだ。
だが海の恵みをいただくことになる天然の魚介類は、その年その年で漁獲量が変わり、仕入れ値もそれに伴う。
やはり自然のことなのだから、海そのものの環境も関わって来る。だが乱高下と言うほどでは無い。
しかしさんまの場合は、他国の漁業の影響もあるとされている部分もある。だからもどかしいのだ。
各国の海域は決まっているものの、回遊する魚のコースまでは決められない。日本として仕方の無い部分も多いのだ。
養殖ならその煽りを受けにくいが、残念ながら今のところさんまは養殖されていない。
「できたらもっと作りたいんですけどね。難しいところです」
佳鳴が少し弱った様に苦笑すると、冨樫さんはそんな影を振り払う様に明るい声で言い放つ。
「また出してもらえる時には絶対に来ますね! 毎日チェックしなきゃ」
「私もまたいただきたい。来れる時に当たると嬉しいな」
真利奈ちゃんもそんなことを言ってくれる。佳鳴は救われた様に嬉しくなって、ふんわりと微笑んだ。
「冨樫さんも真利奈ちゃんもありがとうございます。こちらもまめに魚屋さんチェックしますね」
「はい。楽しみにしてます!」
「私もまた楽しみができて嬉しいな。さんまもだけど、煮物もきのこもとても美味しいのよね。さんまが甘辛いから、煮物は優しい味にしたのかしら。きのこは心地よい酸味でごま油も効いてて美味しい。これはまた秋の間にいただけるのよね?」
「うん。味付けとか組み合わせは変わると思うけどね。根菜もきのこもこれからもっと美味しくなるからどんどん使うよ。だからさんまじゃ無くても来てくれると嬉しいな」
「もちろんよ。今の私の夕食は、この煮物屋さんと職場の賄いに支えられてるんだから。これからもお願いね」
「こちらこそ、これからもよろしくね」
佳鳴がにっこりと微笑むと、真利奈ちゃんは「ふふ」と小首を傾げて口角を上げた。
夏が終わって秋が訪れ、これから徐々に涼しくなって行き、やがて寒さが覗き始める。
それに連れて上がって行く食欲を満たすために、煮物屋さんは、佳鳴と千隼は少しでも美味しいお料理を用意して、お客さまをお待ちしよう。
どうかお客さまの胃も心も癒されます様に。
ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)
次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。




