一撃滅殺!?予想外で規格外な攻撃力
翌朝、日の出と共に目が覚めた私たちは、サテラとステラの背に乗って街を目指すことにした。
「あたし、ご主人様を乗せたかったですぅ」
「なんかすみません…」
クラヴィルくんを乗せることに不満を漏らすステラ。
そんなステラに恐縮して謝るクラヴィルくん。
「ステラ、途中で変わるから文句言わないで」
「はーい。ちゃんと変わってよねえ姉様」
「わかっているわ。だからと言ってその人を雑に扱うんじゃありませんよ」
「そんなことしないって。信用ないなあ…」
そうは言いつつも、ちゃんと頭を下げて私とクラヴィルくんが乗りやすい姿勢になるサテラとステラ。
そんな2匹に私たちが跨ると、私のほうにはラムとリトル、ラトルが乗り、クラヴィルくんのほうにはレムとルトルが一緒に騎乗した。
「では、ちゃんと掴まってくださいねえ」
「うわ、モフモフ…」
初めて触れるモフモフとした毛並みに、クラヴィルくんが思わずそう零す。
その気持ちよく分かると思いながら、私はサテラの背を撫でた。
「じゃあ、お願いね」
「はい」
サテラの返事と共に私たちは行動を開始した。
……
森の中を滑るように駆け抜ける2頭。
木々にぶつかることなくすいすいと進む2頭に揺られる私とクラヴィルくん。
「ちょっ、はやいぃぃぃ!!」
「…」
左右にがくがくと揺れる高速の乗り物。
日本一速いジェットコースター並に速い感覚で酔いそう。
隣を並走するステラに乗ったクラヴィルくんに至ってはステラの毛に埋もれるように体をくっつけて顔すら上げていない。
「サテラ、サテラストップ!」
「いかがいたしました?」
「ちょっと早すぎ。もうちょっとゆっくりでお願いします」
「かしこまりました」
私の声を聞いてペースダウンしてくれたサテラ。
それに合わせるようにステラも足を緩める。
前を走るハンターウルフたちも後ろを見ていたエルの指示で早さを調節してくれている。
なんてできる従魔たちなんだ。
私が指示しなくても自分たちで考えて行動してくれる。
従魔たちのあまりの優秀さに感心していると、右肩に乗ったリトルが顔を上げて首を巡らせた。
「どうしたの?」
「…何か来る」
「ご主人様。魔物が近付いてきます」
ラトルも気付いたようで顔を上げ、森の奥を見据える。
ドシ、ドシという重たい足音、木々を避けるではなく薙ぎ倒すように進む音。
息を飲み、見据えた先の茂みをかき分けるようにして姿を現したのは4・5メートルはありそうな巨体に3つの醜い顔が乗った怪物だ。
手には丸太みたいな大きさの棍棒を持っている。
「「「ギュゴォォォォ!!」」」
3つの口が威嚇するように吠える。
「カークス!?火山帯の魔物がなんでこんなところに!?」
「え?あれこの辺じゃ出ない魔物なの?」
「クーレリアよりも西に行った国にある大火山帯地域にいるAランク級の魔物だ」
クラヴィルくんの説明通りのものが鑑定される。
―――――――――――――――――――――――――—
カークス
火山帯に住むAランクの魔物。別名「火の悪魔」。
表皮は熱に強く硬いため魔道具や鎧などの素材として高値がつく。また、牙や爪も素材として高値で取引される。
性格は単純で狂暴。
注意:3面のうちランダムに一つ火を吐く。
―――――――――――――――――――――――――――
「「「ギュゴオォォォ!」」」
カークスの目が私たちを捉える。
自らが絶対的な捕食者であることを疑わない目が私たちを食料として認識し、襲い掛かる。
「うるさーい!」
「ねむい」
バシュッ!
バシュッ!
「「「ギュ、ガ…?」」」
踏み出したカークスは突然飛んできたものに目を見張り足を止める。
そして自らの身体に空いた穴を目にする。
左胸の中心、心臓を正確に射貫くようにぽかりと開いた“穴”。
「「ギュギィ…?」」
真ん中の顔の中心よりやや上、眉間にも同じような穴がぽかりと開き、ドロッと皮膚が融け落ちた。
「「ギュガァァァッ!!」」
強固な表皮に絶対的な自信を持っていたカークスはあっけなく融かされた自らの身体を見下ろしながら絶命したのだった。
「え?」
「は?」
襲ってきた上位の魔物に驚いた瞬間、その魔物は眉間と心臓に穴を開けて絶命した。
一瞬だった。
一瞬で終わったその襲撃に私とクラヴィルくんは理解ができずに当惑する。
「もー!ご主人さまの邪魔するなー!」
「ねむい…」
クラヴィルくんの肩の上でぷんすこ言いながらそのプルプルボディを動かすレムと私の前で再び居眠りを始めるラム。
そんな2匹と絶命したカークスに空いた2つの穴。
私はラムとレムとカークスに空いた穴を見くらべ、カークスに穴を開けたのがこの2匹であることを悟る。
酸弾。
スライムが使う攻撃手段の一つだ。
体内で生成されら高濃度の酸を高速で発射させるというものだが、高位の魔物を一撃で仕留められるほどの威力があるとは思ってもいなかった。
「えーっと、スライムってカークスと同ランク?だったのかな…?」
この世界のスライムは初心者が狩れる手軽な魔物ではなく、上位の魔物だったのだろうか。
そう考えてクラヴィルくんを振り返れば、クラヴィルくんは全力で首を横に振った。
「…こんな規格外なスライム初めて見た…」
どうやら私の従魔の規格は異常だそうです。
☆
saidクラヴィル
騙された。
そう思ったときには周りには誰もいなくなっていた。
つい最近、臨時ではあったが加入させてくれたBランク冒険者パーティのメンバーと一緒に『クーレリアの迷いの森』に入ってしばらくした時だった。
どこからともなく、その群れは現れた。
オーガの上位種であるハイオーガを含んだ6頭の群れが、俺達の前に現れた。
俺はついこの間Cランクに上がったばかりだが、他のメンバーは皆Bランクの冒険者。
Bランクのハイオーガはいるが他の5頭はCランクの普通のオーガなので、全員で協力すれば勝てる相手だった。
剣を構え、オーガたちとを見据える俺に、リーダーの男は言った。
俺に囮をやってくれと。
大丈夫。オーガどもを引きつけてくれたら俺たちが後ろから攻撃するから。と、男は言った。
自慢じゃないが、俺はこのパーティのメンバーの中で誰よりも多くの魔力を保有していたし、オーガを引き付けるくらいできると思った。
リーダーの男は気のいい奴で仲間想いのいいリーダーだと思ったからこのパーティに入ったのだ。
それなのに。
そんな男が俺を残して背を向けた。
他のメンバーも同じように俺を見向きもしないで一目散にオーガの群れから逃げ出していた。
俺だって逃げたかった。
でも町に戻る道はオーガがいるからパーティを追って戻れない。
俺はどんどん森の奥へと逃げるしかなかった。
オーガの攻撃を躱し、剣で切りつけるもつく傷は浅い。
それにどういう訳か、町を出るときはなんともなかったはずなのに魔法の発動が鈍い。
簡単な魔法なら問題なく発動するのに、攻撃魔法の発動がうまくできない。
まるで体の中の魔力の出口が塞がれているかのように、発動する前に体の中で暴発してしまう。
普段とは全然違う状態に焦りが生まれる。
そうするとオーガに集中できなくて、少し、また少しと怪我を負っていく。
こんなところでオーガに喰われて死ぬのか。
そんな死にかたしたくないといつも思って訓練して来たのに。
ああ…こんなパーティに入るんじゃなかった。
暴発ばかりするせいで魔力は底を尽きた。
霞始めた視界。ふらふらとする思考。
仲間に裏切られ、オーガに喰われて死ぬ。
そう後悔したときだった。
「お肉ー!!」
子供のような高い声が響き、一頭のオーガが突然その身を崩すようにバランスを崩してこちらに倒れ込んできた。
「っ!?」
4つの黒い塊がオーガを襲う。
「グガアッ!」
「ガギュアッ!!」
硬い表皮を物ともせず、その黒い塊たちは一撃でオーガを仕留めていく。
新手の魔物か。
オーガに喰われるか、別の魔物に喰われるか、違いはそれぐらいしかなかった。
魔力も気力を無くした俺は静かに目を閉じた。
このまま何も感じないうちに死ぬのがいい。
そう思って意識を手放した。
「んっ…?」
鼻先を掠める薬草の匂い。
ふっと浮上した意識。
「えっと…気が付きましたか?」
「あんたは…」
視界に入った一人の少女。
黒髪黒目のこの辺では珍しい色合いの少女は森の中とは思えない程の軽装で、俺の怪我を手当てしていた。
マルキュリアとローズレイア、ナルキュールの葉を使った簡単な傷消しの薬で傷の手当てをしてくれた彼女。
ナルキュールの葉を使っていたことに驚いた。
マルキュリアとローズレイアは傷消しの薬草として有名ではあるが、ナルキュールの葉は雑草の様な扱いで普通は使われることはない。しかもナルキュールの葉には毒を消す効果があるのだが、この効果は他の薬草に混ぜると消えてしまうのだ。
それなのに彼女はなんてことなくそれを混ぜ合わせ、瞬時に治る傷消しの薬を作ったのだ。
普通なら有り得ない。
彼女の錬金スキルはどれだけ高いのか聞こうと思ったら彼女の後ろに控えていたものに驚いた。
ドラゴンが3頭。
しかも伝説でしか語られたことのない黒竜と「慈悲の竜」と呼ばれる珍しい風竜、討伐にSランク冒険者が駆り出されるほど凶悪と言われる火竜という組み合わせ。
さらに厄災という伝承が残る巨狼フェンリルまでいた。しかも2頭。
他にもAクラスの冒険者を十人以上で討伐隊を組まないと対処できない黒曜狼(彼女はハンターウルフと言い張っていたが…)の群れにスライムまでいた。
オーガの群れから助かったと思ったら再び命の危険を感じた。
今日は付いていない。今日が命日かと思ったが、彼女の一言で危険は去った。
彼女は「魔物使い」なのだという。
そしてその場にいたドラゴンとフェンリル、黒曜狼にスライムは彼女の従魔なのだという。
有り得ない。
ドラゴンやフェンリルが従魔?
人間なんかよりも圧倒的な強さを誇る魔物が人間に従うなんて有り得ない。だけど目の前にはその有り得ないと思っていた光景が広がっていた。
まるで犬や猫を撫でる様にフェンリルやドラゴンを撫で、あまつさえその体を寝具のように扱う彼女。
彼女が本当にこの魔獣たちと契約をしていることを目の当たりにさせられた。
彼女はフェンリルと一緒に寝ることを進めてくれたが俺は固辞した。
初対面でそれはできないし、そんな恐ろしいことをしたらどうなるのかわからなかった。
彼女は夜の見張りを立てることもなく、すやすやと眠りに入った。
これだけの強力な魔獣がいればそんなものは必要ないのかもしれないが、俺は浅い眠りの中、消えかかった火を見ていた。
「まだ起きてるのか?」
火竜と目があった。
彼女の傍で丸くなっていた火竜が俺を見ていた。
「…」
「…」
「エル。あいつの所に行ってやれ」
「うん…?うん。わかったあ…」
火竜は小さく息を吐くと、彼女が抱えていた他の黒曜狼よりも小柄な黒曜狼にそう言った。
その言葉に、小柄な黒曜狼は眠そうにしながら俺のところまで来て丸くなる。
「眠れないなら、そいつを抱えていろ」
「え…?なんで…」
「動物を抱えていると不安がなくなるのだろう?あるじが言っていた」
動物、というか魔獣だ。
「おにいさん。悲しいにおいがする…エルね。このにおい嫌い…だから、おにいさんも笑って…」
まるで寝言のようにその子はそう言って、俺に鼻を摺り寄せる。
本当にただの動物のようなその仕草に、俺はふっと気が緩み、その黒い毛を撫でる。
温かく、柔らかな手触り。
いつまででも撫でていたくなるその毛並みをそろそろと撫でれば、その子は気持ち良さそうな顔をする。
そうしているうちに眠ってしまったようで、気付けば朝が来ていた。
寝入るときは傍にいたあの黒曜狼はいつの間にか彼女の元に戻っていた。
それから俺たちは森を抜けるためにフェンリルに乗ることになった。
今いるところは森の中でもかなり深いところらしく、俺達の足、というか、彼女の足だと何日もかかるような気がしたのでフェンリルが提案したのだ。
伝説の魔獣に乗ることに慄きつつも、昨夜の黒曜狼とはまた違ったその毛皮にうっとりする。
さらさらの毛並みを堪能する暇もなく走り出したフェンリルの背中を俺は必死に掴んだ。
森の中を自在に走るフェンリルの速度と急な方向転換に頭と胃がぐらぐらとして気持ちが悪い。
そう思ったのは彼女も同じだったらしく、彼女がフェンリルに速度を落とすように指示を出した。
そうして、少し速度を落としたところでその魔物が現れた。
カークス。
火山帯に住む「火の悪魔」と呼ばれる魔物だ。
3面の巨人。
表皮が硬く生半可な武器では掠り傷すら付けられない。
そんな魔物を一撃で仕留めたスライム。
雑魚モンスターと言われ、初心者冒険者が手軽に経験を積むために討伐をすることができる魔物に一撃で仕留められたのだ。
あまりにあっけなく終わった襲撃に言葉を失ったのだった。
「…とりあえず、生活拠点を見つけて早急にみんなのステータスをチェックしよう。そうしよう…じゃないととんでもないことをしでかしそう…」
並んで歩くフェンリルの背に跨りながら一人思案する彼女。
上位の魔物や規格外な攻撃力を持った魔物を使役しているはずなのに全くもって恐れを感じない。
不思議な女の子だ。
今まで出会ったことのある女の子とは違う彼女。
強力な従魔を従えていながら彼らの能力を把握していなくて、高い錬成技術を持っていながら適性魔力はないといい、魔物を簡単に手懐けていながら魔物の事を知らない。
そんなちぐはぐな所のある彼女。
彼女といるのは面白い。
彼女と出会って一日も経っていないけど、彼女との冒険は今までにない程好奇心を刺激される予感がした。