せっかく魔法がある世界に来たのに…っ
血生臭いのとは無縁の長閑な森の中を、私はラムとレムと共に進んでいく。
アルたちが助けた青年を連れ、湖のほとりに戻った私たちのすぐ後、姿の見えなかったイルやエル、レムとラムを連れてリトルとルトルも戻って来た。
それからレムとラム、それに護衛でサテラを連れて、私は森の中を探索していた。
「あ、ご主人さまーこれおいしいやつー」
「おいしいのー」
「これ?えーっと『鑑定』。……マルキュリア?なになに…回復薬生成に使われる薬草の一種。また、ナルキュールとローズレイアと合わせてよく揉み合わせれば毒消しの塗り薬になるね…。回復薬って、ポーションか…流石異世界。薬じゃなくて回復薬ね…」
レムとラムが見つけた草を手に取って鑑定して見るとそんな解説が出てくる。
丸い葉っぱに青白い花の咲いたそれを『女神の卵』が入っていた籠に入れる。
他にもいろいろな回復薬に使われる薬草や木の実、レムとラムが見つけた食べられるものが入っている。
「かなり採れたし、そろそろ戻ろうか」
「「はーい」」
レムとラムを回収し、少し離れた所で周囲の警戒をしてくれているサテラに声をかける。
「サテラ、行こう」
「わかりました」
サテラと並んで森を歩く。
暫定的に拠点としている湖の畔から少し離れた森の中をレムとラムの案内で回った私は、手に入った薬草類を見て息をつく。
「これぐらいあれば大丈夫かな」
「ご主人様が見ず知らずの者にそこまでする必要はないと思いますが」
「そんなことないよ。皆がいなかったら私だってあの人みたいに危険な目に合ってたかもしれなし」
戦闘力皆無の私は従魔であるサテラたちが居なければ簡単に死んでいただろう。
私がこうして森の中を歩けるのも、湖の畔でのんびりしていられるのもすべて従魔たちのおかげなのだ。
「私はみんなに助けられてるからね。自分ができる事はしないと」
「それが見ず知らずの者を助ける事ですか?」
「さあね。これは私がしたいからするだけ。怪我した人を放っておくのが嫌だなって思っただけだよ」
「ご主人様は優しいのですね」
そういうサテラの頭を撫で、皆が待つ湖へと戻る。
「ん?なんだろ?」
目の端でキラッと光ったものがあり、私は足を止める。
「何かありましたか?」
「うーん?ちょっとあっち行ってもいい?」
一瞬光ったものが気になり、サテラに聞いてから光ったものがあった場所に行ってみる。
岩と岩の隙間、その間に何かあるようだ。
手を突っ込んでそこにあったものを拾ってみる。
「宝石?」
「ご主人さまーそれなーにー?」
「なんだろ…『鑑定』。ん?『龍脈の雫』?」
水晶のようなそれを拾い上げ鑑定してみる。
鑑定と言ってみてはいるものの、私の鑑定は自動化しているようで、気になったものなどをじっと見つめるだけで勝手に鑑定して目の前に表示してくれるのだ。
まあ口に出して言っているのは、その方がなんか鑑定しているぽくっていいかなと思っただけだ。完全に雰囲気である。
―――――――――――――――――――――――――――――――—
『龍脈の雫』
大地の裂け目から溢れた地中の魔力が鉱物と混じり合って時間をかけて固まった結晶石。
―――――――――――――――――――――――――――――――—
なんか凄そうなもの拾った。
「ご主人さま?」
「ううん。なんでもない。戻ろっか」
拾った『龍脈の雫』をポケットに突っ込んで私はサテラの元に戻り、湖へと引き返した。
……
…
ラムとレムと共に集めた薬草をよく洗い、柔らかくなるまで揉む。
柔らかくなったら綺麗に洗ったハンカチに包み患部に当てる。
この民間療法みたいなので、多少の傷なら治ってしまうのだからこの世界って不思議だ。
「異世界やばいな…」
これが魔法か。
自分の手にできた切り傷が見る見るうちに治っておくのを確認してから、私はそれを眠っている彼の患部に充てた。
脚と脇腹、腕に頬。
目に見える範囲で傷を癒す。
医療知識なんぞ持ち合わせていない私にはこれ以上のことはできないが、気休めでもいいかと開き直りながら擦過傷を治していく。
「んっ…?」
頬にハンカチを当てていると、彼は微かに眉を寄せ、うっすらと目を開けた。
「えっと…気が付きましたか?」
「…あんたは?」
よかった言葉通じる。
彼の言葉を聞き取ることができる事に一安心し、ほっと息を吐いた。
日本語しかわからない私がなんで異世界の言葉がわかるのかは謎だけど、異世界で言葉の壁に苦労しないと思えるだけでこれから先の事が少しだけ明るくなったように思える。
「痛いところありますか?」
「大丈夫」
そう言って起き上がった彼は、私が手にしていたハンカチと自分の手足を見て、納得したように言った。
「それ、マルキュリアとローズレイア、ナルキュールの葉を合わせた傷消しの薬だね」
「…見ただけだ分かるんだ」
「まあね。それなりに場数は踏んできてるつもりだから…っ!?」
ふっと笑った彼は、私の後ろで私たちのやり取りを静観していた私の従魔たちを見て息を詰めた。
「ドラゴンにフェンリル…!?」
今まで寝ていたのが嘘のように飛び起き、臨戦態勢を取ろうとし、自分の腰に獲物がないことに気付く。
「なっ!?」
「いきなり動いて大丈夫なんですか?」
「そんなこと言っている場合か!ドラゴンにフェンリルが出たんだぞ!」
「この子たちは大丈夫ですよ。悪いことはしませんから」
「…………は?」
ポカンと、鳩が豆鉄砲を食ったようと言い表すにふさわしいその表情に私は思わず笑ってしまった。
☆
「従魔…?ドラゴンとフェンリルが?」
「そうなんです」
ラトルたちは私の従魔で危険はないことを伝えるが彼は訝しむ。
「ドラゴンやフェンリルは伝説級の魔物だぞ。そんな魔物を従魔になんてできるはずないだろ…」
「それは…」
異世界転移して、『女神の卵』から孵った従魔たちですとは言わない方がいいかな?
普通に考えて異世界転移とかありえないし、『女神の卵』は究極のレアアイテムらしいから話したって信じっこないよね。
なんと言えばわかってもらえるか考えていると、サテラが一歩前に出る。
「我らの主はご主人様唯一人です。我らはご主人様の意思に従い貴方に危害を加えることはないと言いましょう。しかし、貴方がご主人様に狼藉を働くのであれば我らの牙は容赦なく貴方の首を噛みちぎるつもりでございます」
恭しく言いつつも牽制するように牙を見せるサテラ。
そんなサテラに彼は顔を青くして何度も頷く。
サテラたちは普通にしてれば可愛いけどやっぱり魔物だけあって凄まれると怖いな。
そんなことを思いながら、彼を威圧する皆を宥める。
「みんなそんな怖い顔しないで」
そう言ってサテラやラトルの頭を撫でる。
そうすると自分もというようにステラやルトルの意識が私の方へ向き、青年はほっと息を吐き出した。
「本当に、君に懐いているんだね」
「ええ」
鼻を押し付けてくるステラの鼻先を撫でながらそう答える。
「ところでご主人様」
「んー?」
「アルたちが見つけて来た町にはいかないのですか?」
首を傾げるステラに、私は悩む。
戻って来たアルたちはこの湖から西に行ったところに街のような物があることを確認して戻って来た。
彼ら達の足で「ちょっと」遠くまで行ったところにあるようである。
つまり、私の足で今から出発しても日が暮れてしまうだろうし、それまでにたどり着ける気がしないので、どうしようかなと思考を巡らす。
「んー…怪我人もいるし、明日の朝でいいんじゃないかな」
「わかりました」
そう言って下がるステラ。
私は青年の方に目を戻した。
「あの、今日はここで寝て、明日の朝、この近くの町に行こうと思っているんですが、一緒に行かれますか?」
「こちらこそ、お願いしてもいいか?丸腰で夜の迷いの森には出来れば居たくはないんだ」
まあ、普通に考えてそうだよね。
これから日が暮れるっていうのに物騒な森に丸腰で入っていく人なんていないよね。
ここも森の中なんだけどさ。
「名前聞いても大丈夫?」
「ええ。私はスズネっていいます」
「スズネさん。俺はクラヴィル。クラヴィル・レイフール」
「よろしくお願いいたします。クラヴィルさん」
「ヴィルでいいよ。呼びずらいでしょ」
「ヴィルさん?」
「んー…ヴィルだけで構わないんだけど」
「でも…、あ、じゃあ、私の事もスズネでいいですよ?それで同じですかね」
「わかった。スズネって呼ばせてもらうね」
そう言って笑うクラヴィルくん。
柔らかなその笑顔に、ぐっと心臓がきしんだ。
………
…
「フレイム」
青年、クラヴィルくんが呟くようにそう言うと、翳した手から小さな炎が生まれる。
その炎を集めた小枝に近付けると、小枝が燃え始める。
「わっ!」
「魔法を見るのは初めてなのか?」
「うん。凄いね…私もできるかな…」
燃える火に、集めた枝をせっせと入れがら、初めて見る魔法に感動する。
「これは初級魔法だから覚えられればできると思うよ。スズネは魔力があるんだよね」
「一応ね。でも、適正魔法は無になってった」
「え?」
「うん?」
私の答えに、クラヴィルくんは目を見開く。
それに首を傾げる私にクラヴィルくんは恐る恐る聞き直した。
「適正魔法が、無い?」
「うん」
「そっか…期待させてごめん。適正魔法がないと魔法は使えないんだ」
「え!?そうなの!?」
新事実に私は驚愕する。
この世界の魔法は「火」「水」「風」「土」「光」「闇」の6つの基本属性と「神聖」という光魔法の上位魔法があり、自分と適性のある属性の魔法しか使えないのだという。
ステータスの適正魔法が「無」の私は、自分と適性のある魔法がないので魔力はあっても魔法は使えないらしい。
せっかく魔法のある世界に来たのに魔法が使えないなんて。
「そ、そんな…」
思わず項垂れる。
「ま、まあ、魔力があるなら魔道具は扱えるんだし…」
「違うんだよヴィルくん。魔法と魔道具じゃ大違いなんだよ…私は魔法が使いたかったんです。魔法使いになってみたかったのです。自分の手から魔法を出してみたかったのです」
クラヴィルくんにこんなことを言っても仕方のないことなのだけど、思わずそう言ってしまった。
「本当にごめんね」
「いいよ。ヴィルくんのせいじゃないし。早めに分かったからね。まだ傷は浅い…」
傷は浅いと信じたい…
心の傷に涙しながら、話を変える。
「この国じゃあ適性魔法がない人って少ないの?」
「いない訳じゃないと思うけど、俺は会ったことないかな…どちらかというと適性魔法はあっても魔力量が少なくてまともに魔法が発動しない人なんかは割と多いと思うよ」
クラヴィルくんは冒険者として活動していて、その中であった人で魔法が使えないのは宿屋のおかみさんとかぐらいだったらしい。
…町についても職が探せないとかだったらヤダなあ…
これからが若干不安になる。
「まあスズネは『魔物使い』として十分冒険者になれると思うよ」
「ホント?」
「うん。これだけ凄い魔獣をこんなにたくさん従えてるんだし。大丈夫だと思うよ」
「そっかー。なら心配ないかな…」
「ただ、ドラゴンにフェンリル、黒曜狼が従魔だから軍とか貴族とかが勧誘に来るかも」
「えー…それってこの子たちの戦力目当てだよね」
戦争とか国のごたごたとかに巻き込まれたくないんだけどなあ。
「大丈夫ですよご主人様。わたくし達はご主人様の為だけにこの力を使います。ただ我々の力を利用したいだけの者には協力など致しませんし、それでご主人様に不利益なことが起きればそれ相応の報いを受けさせてやりますので」
「あー…うん。そんなことにならないように気を付けるね…」
私の肩の上でそう言うルトルに苦笑を返す。
それからクラヴィルくんと一緒にラムたちが集めてくれた木の実などを食べ、私はステラに寄り掛かるようにして早々に眠ることにしたのだった。
ちなみにクラヴィルくんは火の傍で丸くなって寝ると言っていた。
流石に私の従魔に寄り掛かって眠るのは遠慮した。