現代インドア女子、森を行く
スライムたちに案内され、森の中を進む。
スライムは倒れた木や草などを物ともせずにすいすいと進み、一緒に歩くハンターウルフたちも岩を飛び越えたり、倒木から倒木へとジャンプしてみたり舗装されていない森の中を器用に歩く。
「ご主人様すみません。私の身体では動きづらいので空から向かいます」
白いドラゴンさんはその大きな身体が邪魔して森の中を歩くのは不自由なのだそうで、そう断りを入れて私たちのすぐ真上を低空飛行している。
「はっ、はっ、ちょ、待って…」
歩くの早くない?
インドア女子にはきついんですが、皆さんこの短時間にどれだけ遠くまで行ってきたの?
森の中を歩いて数十分。
行けども行けども木ばかりの森の中。
地面は舗装されていない剝き出しの土。
周りにあるのはみんな似たような木ばかりで、跳ねるスライムや周りを駆けまわるハンターウルフたちを見失えば一発で迷子になりそうな森の中を歩く。
「ご主人さまーもうすこしだよー」
「がんばれー」
2匹のスライムがぴょんぴょんしながら励ます。
「あと、どれくらい?」
「うんとねーちょっと!」
「…ちょっと…」
魔獣たちのちょっとと私のちょっとは、絶対違う。
「水の匂いがします」
「もう少しですよ。頑張りましょう」
「ご主人様早くー」
元気なハンターウルフたちにも励まされながらなんとか歩く。
「わあっ!」
いつまでも続くかと思っていた森が晴れ、日光を反射してキラキラと輝く湖面が姿を表す。
「ついたー!」
「とうちゃーく!」
大きな鏡のように空を映す水面を背に、スライムとハンターウルフが跳ねる。
大きな湖の傍に広がる開けた場所に白いドラゴンさんがゆっくりと降りてくる。
その大きな身体から想像もできないぐらい静かな着地は、どこか神秘的に見え、湖面に映る白磁の鱗に見惚れずにはいられなかった。
「随分といい場所がありましたねスライムたち」
「だれもいなーい」
「なーい」
白いドラゴンさん…長いなあ、確か風竜って名称が書いあったよね。私のステータスに。
風竜さんて呼ぼう。
風竜さんはコミカルに跳ね回るスライムを褒めてから、私の方へ向き直る。
「ご主人様。兄様たちが戻るまでしばし休憩いたしましょう」
「そうですね。わかりました」
私が頷くと、ハンターウルフたちが寄ってきた。
「きゅーけー?ご主人様あそぼ―」
「ごめんなさい。ちょっとだけ休ませて」
「はーい。あ!ご主人様抱っこしてー」
一番小さいハンターウルフが短い前足を伸ばし、子供のように抱っこを要求する。
子犬に懐かれたような可愛らしさに、私はチビウルフを抱き上げ、木陰へと移る。
機嫌の良さそうなハンターウルフの頭を撫で、なんとなく鑑定してみて、その表示に首を傾げた。
――――――――――――――――――――――――—
名前:――
レベル1
年齢:0歳
種族:ハンターウルフ(雌)小亜種
HP:30
MP;10
攻撃力:20
防御力:20
俊敏性:60
スキル:――
―――――――――――――――――――――――—――
「ハンターウルフちゃん、名前がない?」
「うん?そーなのー?」
アーモンドのような形のつぶらな瞳が私を見上げる。
私はその子の頭を撫でながら小さく頷いた。
「うん。名無しになってる」
チビウルフを示すステータス表示。そこには名前の欄が空欄になっている。
「ご主人様。我らはハンターウルフという種であって、その個体ごとに名は持っていないのです」
「それだと不自由じゃないの?名前がないと呼べなくない?ねえそこのとか、あれとか、お前、みたいな呼び方しかできなくない?」
「われらは意思の疎通ができますので、不自由には思いませんでした…」
「なんとなくコイツに届けーって思いながら吠えるとそいつだけに届くよ」
他のハンターウルフたちが補足してくれる。
つまり、ハンターウルフ同士は見分けがつくので名前は必要ないらしい。
「んー…」
彼等はそれで大丈夫なんだろうけど、私はきっと無理。
チビウルフは他の子たちよりも小さいので見分けは付くが、他の3匹は大きさも大体一緒、色も黒で一緒なので見分けがつかないのだ。
「ねえ、みんなは名前つけられたら嫌?」
「え?」
「え?」
「ご主人様に名前貰えるの?」
「ほしーい!」
私の質問に固まる3匹と、能天気な返事をするチビウルフ。
「ご、ご主人様が、直々につけてくださるのですか…!」
「あ、うん…いいかな?」
「「「勿論でございます!!」」」
そ、そんな期待の籠った目で見ないでほしい。
私のネーミングセンスはいい方ではないのだ。
「えーっと、どうしよ…みんな兄妹だから…、アル、イル、ウル、エルってどうかな?」
兄妹っぽい響きになるようにあいうえで揃えたのだが、どうだろう…。
右から順にアル、イル、ウル。抱っこしたチビウルフをエル。
「アル…」
「イル」
「…ウル」
「エル!」
それぞれが付けられた名前を口にする。
「っ!?」
その瞬間、私の中からごっそりと何かが抜けるような、それでいて強く結びつくような繫がりができるような不思議な感覚に襲われる。
腕に抱いたエルを、思わず抱き込んでしまう。
「ご主人様!?」
エルやアルたちの声が遠くなる。
私は電気を切られるように一瞬で意識を失った。