インドア女子、冒険者になる…?
石と太い木材で作られた建物。
風に揺れる旗には青地に白抜きの冒険者ギルドを表すマーク。
大きく開け放たれたドアを潜るのは筋骨隆々なお兄さんやどこを見ればいいのか迷う服装のお姉さん、暑くなり始めた日差しを遮るような黒っぽいローブを被った人に籠を背負ったおじいさん。
いろんな人が開け放たれたドアを潜って出たり入ったり。
「人多いね…」
「まあ、この時間がピークかな。もう少ししたら捌けると思うよ…」
あまりの人の多さに私とクラヴィルくんは近くの建物の影で人が減るのを待つことにしたのだった。
「今の時間に依頼を受けたりするの?」
「そうだね。このぐらいの時間は町中で受けられる依頼が中心かな。護衛依頼とか他の町に行く運送依頼は備品の買い出しとかがあるから前日の昼ぐらいまでに受けて、それから必要なものを買ったりして大体早朝に出発するのが普通だから。Cランク以下の低級依頼の買い出しや掃除なんかの雑用依頼とか、時間が決まってないBランク以上の素材採取の依頼とか常駐依頼なんかを受ける冒険者が大体このぐらいの時間にギルドに来て依頼を受けて依頼主や森に向かったりしてるんだ」
「へえ、そうなんだ」
「まあ後は、昨日の夜遅くに帰ってきて素材を買い取ってもらうために来ている人なんかもいるけど」
クラヴィルくんに教えてもらっているうちに人が捌けたのか、幾分人気が減ったようだったので、私たちはギルドへ入ることにした。
ドアを潜って最初に見たのは吹き抜けのエントランス。
エントランスの正面の壁には大きなコルクボードがあり、そこに様々な大きさの紙が止められていて、多くの人たちがそのコルクボードを見ている。
コルクボードの正面から見て右手は食事を摂れるスペースなのかレストランチックな食堂があり、左手には受付窓口のようなカウンターがあり、そこには数人のお揃いの服装の人たちが座って来る人来る人を対応していた。
「向こうがギルド直営の酒場、冒険者だと普通よりも少し安くお酒を売ってくれたりするから大酒飲みの冒険者とかお金のない低ランク冒険者たちがよく利用している場所で、正面にあるボードが依頼を貼り付けてあるところ、あのボードから自分に合った依頼を選んで、あっちの受付で申請すれば依頼が受けられるんだ。で、俺たちが用のあるのは受付けの一番端、金髪の女の子が座ってるところ分かる?」
懇切丁寧なクラヴィルくんの説明に頷く。
「あの子がいるところが新規冒険者登録をする場所。今職員がいないけど反対のカウンターが一段低くなった3つの窓口は素材買取をしている場所。真ん中付近は案内とか依頼の申請とかをしているところ」
クラヴィルくんの説明を聞きながら私は説明ごとにカウンターの向こうにいる人たちを見ていった。
並ぶ人の奥、カウンターの向こうにいるのはピンと上に伸びた長い耳の女の子や金髪碧眼の美女。
元の世界じゃお目にかかれない程顔立ちの整った女の子たちが愛想よく対応している。
「顔面偏差値高くないか?」
思わず受付嬢は顔で選ばれるの?と聞きたくなる。
それぐらいどの子も若くて顔がいい。
そんな事を考えながら私はクラヴィルくんに付いて行き、金髪の女の子が座っている窓口へ行った。
「フレイリアさん。おはようございます」
「クラヴィルさん!?生きていたんですか!!」
「まあ色々あって装備品は無くなってけど、命があっただけ良かったよ」
大げさなまでに彼の生還を喜ぶ少女。
きっと彼に好意を寄せているのだろう。
彼を見上げて顔を真っ赤にして涙まで浮かべて自分事のように喜ぶ少女。
そんな彼女の声に他の職員もこちらを見て、クラヴィルくんの生還を口々に喜ぶが、彼の後ろにいた私を見ると、皆目の色を変えた。
「え、なに?」
まるで値踏みするような視線に身が竦む。
突き刺さるような視線にさっとクラヴィルくんの陰に隠れると、クラヴィルくんは苦笑した。
「大丈夫だよ。ここの職員はみんないい人たちだから。そんなに怯えなくて平気だよ」
「いやいや…」
大丈夫じゃないって。
絶対何か変な誤解してるよ。
「クラヴィルくん。その方はどちら様…?初めて見る方のような気がするのですけど…」
「彼女は俺の命の恩人なんだけど、この国での身分証明になるもの何も持っていないっていうんで、カード作ってくれる?」
「身分証がないんですか…?」
私を警戒するように見る少女。
「見たことがない方ですけど、一体どうやってこの町まで…?」
「えーっと…」
「フレイリア。客の詮索をするでない」
私が口を開こうとしたのと同時ぐらいに、ギルドの奥から体格のいいおじさんが現れた。
「クラヴィル。生きていたか」
「まあ、何とか。彼女に助けられたんですけどね」
「そうか。よかったな。ちょっと話を聞きたいんだが、二人とも来てくれるか」
簡単にクラヴィルくんの生還を労い、おじさんは私たちを奥の部屋へと呼んだ。
「行こう。あの人ここのマスターなんだ」
「あ、うん。わかった…」
いきなりギルドマスターのお出ましのようだ。
「ところで、ギルドの外で大人しく待機している黒曜狼はお前の従魔か?」
「ええ、はい。そうですが…」
「従魔の証がないと町の人たちに怖がられている。こっちに一緒に連れて来い」
「わかりました」
どうやらお外で待機させていたアルとエルに街の人が驚いているようだ。
私は小走りで外に出てアルとエルを呼んで、待っていてくれたクラヴィルくんと一緒にギルドマスターの案内する部屋に向かった。
応接間のような小部屋の中にはテーブルが一つ、それを囲うように大商のソファーが4つあるだけで、壁に絵画もなければ花瓶の一つも置いていない。そんなシンプルに質素な部屋に案内された。
そこには80ぐらいの小柄なおじいちゃんが待っていた。
「おおっ!ヴィル坊!よく生きとったのぉ」
「コーラントさん」
「あ奴らがお前さんが死んだと言っておったが、その話は嘘であったがいなぁ」
ほほほっと笑うおじいちゃん。
「お前たちも座ってくれ」
そう言ってギルドマスタ―自ら茶を入れる。
私はクラヴィルくんの隣に座った。
そうするとギルドマスターが私たちの前にお茶を置いた。
「俺はジルヴ・ハーッシュ。この町のギルドマスターをしている。悪いがお前さんの名前を聞かせてはくれないか?」
「あ、はい。私はスズネ・ハヤミです」
「スズネか。本当に黒曜狼が従魔だったのだな」
私の横で大人しくしているアルとエルを見ながらギルドマスターはそう言った。
「分かっていて言ったのではいのですか?」
「いや。クラヴィルが戻ってきて、一緒にいる子がどうも『魔物使い』で黒曜狼を連れていると守衛から連絡が入ったのだが、何かの見間違いかと思って冗談でいってみたのだがなあ…」
本当に黒曜狼だったとは…と驚くギルドマスター。
黒曜狼ってそんなに珍しい魔獣なのかと思いながら、アルとエルを見ているギルドマスターとおじいちゃんの意識がこちらに戻ってくるのを待った。
「で、黒曜狼を手懐けられるほどの魔物使いが一体何の用だ?新規登録の所にいたが…」
「えーっと…ヴィルくんにこの町では身分証になるものがないと仕事を見つけることができないって聞いたので…」
「ほう、この町に居つく気か?」
「え、あー…まあ、今のところは…」
駄目なのかなぁ…
ギルドマスタ―の目が鋭くなる。
内心びくびくしていると、おじいちゃんがギルドマスターの横から口を挟んだ。
「ジルヴ。そう凄むんじゃなかぁ。びっくりしとるがないか」
「ああ。すまん。怖がらせたか」
「顔がこわぁ男で堪忍なぁ。お嬢ちゃんみたいな実力者がこの町にいてくれるんは有難いことなんね。じゃけぇ歓迎はしても追い出したりはせんよ。よほどのことがなきゃぁね」
そう言って顔をしわくちゃにして笑うおじいちゃん。
なんか勘違いしてるみたいだけど、この町にいていいと言われたのは嬉しい。
「登録するんだったぁね。ちょーまっちょれ」
「あー、爺さんは動かなくていいから」
立ち上がろうとしたおじいちゃんをギルドマスターが止め、脇に置いてあったベルを鳴らした。
そうすると失礼しますという声と共に職員らしい女性が入ってきた。
「お呼びでしょうか」
「新規の登録をするけえ、道具持ってきてもらえるかぁね?あと、従魔タグを2つ。頼むね」
入ってきた女性におじいちゃんが指示を出す。
そうすると女性は分かりましたと頭を下げて戻っていった。
「あの…従魔タグって…」
「ギルドが認めた従魔って言う証やね。一頭に付き一枚じゃ。見えるところにつけなぁね」
「一頭に付き一枚…あ、じゃあ、あと9枚ください」
従魔は11頭。
一頭に付き一枚なら11枚は必要になる。
そう思って言えば、ギルドマスタ―とおじいちゃんは口を開けて固まった。
「スズネ…」
「あ、」
「まあ…この二人にはちゃんと話すつもりだったからいいけど…いきなりは驚くよ」
クラヴィルくんが大きく溜息を吐きながら言った。
「どういうことだクラヴィル」
「えっと、彼女の従魔はここに居る黒曜狼2頭だけじゃなくて、あと9頭いるんです。でも全員を一緒に連れてくると町が大騒ぎになりそうだったので、他の従魔たちは別の所にいてもらってこの2頭には護衛として一緒に来てもらったんです」
ギルドマスタ―に話を振られたクラヴィルくんが答えるが、二人はいまいちピンとこないのか怪訝そうなままだ。
「えっと…ヴィルくん」
「大丈夫。この人たちは信用していいから」
私が小声で尋ねれば、クラヴィルくんは力付けてくれるように頷いた。
その頷きに安心した私は、クラヴィルくんに話したのと同じように、あの森で目が覚めたことを二人に話した。
「なるほど…それで身分証がないのか…」
「八十年生きて来たが、この目で「フォルトヴェルナの誘い」に遭った子を見ることができるとはなぁ…人生なにがあるかわからんなぁ…」
しみじみとそう言いながら私の話を受け入れた二人。
この世界の人にとって「フォルトヴェルナの誘い」は珍しいが受け入れられないものではないらしい。
まるで向こうの世界のおとぎ話であった「神隠し」と同じかと思っていたけど、なんだか別物のようだ。
まあ、こちらの場合は「消える」のではなく「現れる」だから受け入れやすいのかもしれないけど。
訝しんではいても、何も持っていない私に対してそれ以上何か言うこともなく私は冒険者登録をすることができた。
占いで使うような水晶に手を翳すと、その下の台座からカードが出てくる。
おじいちゃん…コーラントさんはそれを確認して私に手渡した。
「ほいよ。これがお前さんのカードだ。無くさないようにしなぁね」
「ありがとうございます」
「何かあったら、またおいでぇな」
「はい。あ、そうだ、私、適正魔法がないんですが、『生活魔法』っていうのは使えますか?」
クラヴィルくんがカークスにかけていた生活魔法。
これは適性を必要としない魔法で、魔力があれば誰でも会得ができるとクラヴィルくんは言っていたので、適正魔法のない私でも使えるのかと思って切ってみれば、コーラントさんに聞いてみれば、コーラントさんは小さく首を傾げた。
「お前さん適正魔法はあるぞ?」
「え?」
「え?そうだったの!?」
私とコーラントさんの話に耳を傾けていたクラヴィルくんが驚いたように声を上げた。
それを見たコーラントさんはおかしいようにケラケラと笑った。
「なんじゃ、ヴィル坊は知らなかったかぇ?6属性の適正魔法以外にもあるんじゃよ」
「え?適正魔法は6属性と『光』属性の上位魔法の『神聖』しかないんじゃ…」
「んまあ、一般的にはな。適正魔法は『火』『水』『風』『土』『光』『闇』の基本属性6つと、『光』魔法の上位魔法『神聖』以外にもどこにも属さない魔法っていうのがあるんじゃよ」
「それって、生活魔法?」
「それは基礎魔法じゃ。魔力とスクロールさえあれば誰でも一律で扱えるが、それ以上のことはできんじゃろ?」
コーラントさんの言葉にクラヴィルくんは考え込む。
「確かに、生活魔法は「身体強化」と「保存」、「清掃」だけしかないし…」
それだけできれば十分じゃないかなあ。
魔法で力持ちになれて、お掃除ができて、腐らせることなく保存ができるんだから。
「コーラントさん、スズネの適性って、基礎とかいうんじゃないですよね?」
「違うわ。この子の適性は「無」。つまり、「無属性魔法」の適性があるんじゃよ」
聞いたことのない魔法だったらしく、クラヴィルくんは思いっきり首を傾げた。




