フォルトヴェルナの誘い
ラトルたちが用意してくれた野営地で一夜を明かした私とクラヴィルくん。
毛布代わりに私たちを温めてくれたサテラとステラに跨り、街道をゆっくりとしたペースで歩く。
「スズネは街に着いたらどうするんだ?」
「どうしようかな…取り敢えず宿とか取って仕事探しかな…」
今のところ私は一文無しだ。
町で野宿は嫌だし、ただぼーっと過ごすよりもこの世界について色々見て見たいので自分にできる仕事なんかがあったらやってみたいと思う。
そうクラヴィルくんに言えば、クラヴィルくんは納得したように頷いた。
「だったら身分を証明できるものはある?ギルドカードとかあればすぐに探せるけど、ないと作ってからじゃないと町で仕事はできないよ」
「そうなの?私何も持ってないからな…」
「じゃあ、町に入ったら俺が冒険者ギルドまで案内するよ。ついでに俺の下宿先に来る?空き部屋あるから頼めば受け入れてくれると思うよ」
「本当?ありがと!」
クラヴィルくんの提案に私は喜ぶ。
町に着いて、はい、さようならされたらどうしようかと思ってたんだよね。
右も左もわからない町でどうやって生活基盤を手に入れるか、町に着いたらクラヴィルくんに聞くつもりでいたので、クラヴィルくんから提案してもらえるとは思ってもいなかった。
「てか、ずっと気になってたんだけど。スズネはどうやってあそこまできたの?あんな森の奥深くに手ぶらでいたって信じられないんだけど」
「どうって言われても…目が覚めたら森の中だったから…」
私は昨日は話さなかったことを話した。
寝ていたら全く知らないところにいたことを。
流石にラトルたちが『女神の卵』から孵ったことは話せなかったけど、彼等と出会ったのはこちらに転移して来てからということを。
私はなるべくわかりやすいようにかみ砕いた説明になるように心がけるが、クラヴィルくんにはいまいち伝わっていないようだ。
黙って話を聞いていたクラヴィルくんは首を傾げて口を開く。
「スズネはもしかして「フォルトヴェルナの誘い」にあったの?」
「フォル…?なにそれ」
「フォルトヴェルナ。そう言う妖精?精霊だっけな…取り敢えずそういう名前のいたずら好きの妖精が迷いの森にはいるって言われてるんだ。その妖精は遠く離れた街にいる人を迷いの森に連れて来ちゃうらしい。昔話ぐらいでしか聞かないから本当に居るとは思ってなかったけど…」
なんつう傍迷惑ないたずらをする妖精だ。
丸腰の人間を魔物が跋扈する森に連れて来て放置とかとんだ悪趣味だな。
私の従魔が優秀じゃなかったら私は今頃魔物のお腹の中だったかもしれないと思うとぞっとする。
「じいさんとかが昔話で話すぐらいだったから本当に妖精がいるとは思ってなかったな」
「…というか、そのいたずらにあった人って個人として強くなきゃ速攻魔物に襲われて終わりじゃん。町に着けないよ」
「そ、そっか…スズネは運がよかったな…」
「本当にね」
本当に運がよかったと思う。
………
……
しばらく歩くと街道の先に人工物のような建物が小さく見えた。
「あ、あれがフィールフォンネ?」
「そうそう。この辺からは歩いていこう。じゃないと向こうに見つかるから」
「わかった。サテラ、ステラありがとう。降ろしてくれる?」
「わかりました」
「はーい」
私が声をかけるとサテラとステラは私たちが降りやすいように屈んでくれた。
2頭から降りて、私は上着を脱いだ。
「じゃあ、暫くこの中で待っててね」
「はい。畏まりました」
「はい。ご主人様何かあったらすぐに呼んでください」
するっと入ったサテラとステラに続き、ラトルとリトル、ルトルも入る。
「エルたちも入った方がいい?」
「うーん…」
「アルとエルだけ一緒に行った方がいいかも。じゃないとどうやって森を抜けたか説明するためにポケットから従魔を出すことになりかねないから」
ドラゴン、フェンリルという見るからにヤバそうな魔獣に、古代魔法が付与されたポケット。
なるべく知られたくないものが多いのでそういったものを隠すためにアルとエルには悪いが防波堤の役割をしてもらう。
クラヴィルくんの提案に私も賛成し、アルとエルだけは残ってもらって他の子は一時的にポケットに隠れてもらうことにした。
「じゃあ行こうか」
「うん」
アルとエル以外はみんなポケットに隠れたのを確認し、私たちは町の入り口へと向かった。
「おおっ!」
「立派ですね」
アルとエルが町の入り口を見上げ声を上げる。
2匹の反応に私も思った。
高く積まれた城壁はぐるりと町を囲み外敵から町を守るように聳え立ち、黒い門は大きく分厚い。
まるで中世ヨーロッパのお城とかの入り口にありそうな大きく頑丈そうな門扉は開けるだけでも一苦労しそうな感じだ。
その脇にある衛兵の詰め所の窓へとクラヴィルくんが行く。
「おはようございます」
「おはようって、ヴィル坊!?」
欠伸をしていたおじさんがクラヴィルくんの顔を見て声を上げだ。
「ヴィル坊生きてたのか!?」
「ええ。まあ何とか」
「良かったなっ!本当によかった…」
涙交じりの声になりながらクラヴィルくんの無事を喜ぶおじさんにクラヴィルくんは苦笑いをした。
「マウロスさん。そこまで心配してくれてたんですか?」
「そりゃあそうだ。おめぇさんが新しく入ったつーパーティがハイオーガが出たっつって血相変えて戻って来たからなあ…ヴィル坊が囮になって自分たちが助けを呼んで来る隙を作ってくれたって、泣きながら言ってたから、おめぇさんの生存はもう駄目かと思っていたが無事だったんだな。本当によかった…、ん?後ろの嬢ちゃんは?見たことないが誰だ?」
すんと鼻を啜ったおじさんはクラヴィルくんの後ろにいる私を見とめ首を傾げた。
「彼女はスズネ。俺の命の恩人」
「どうも…」
クラヴィルくんに紹介されたので小さく会釈をした私をマウロスさんと呼ばれたおじさんはしげしげと見た。
「ヴィル坊。命の恩人ってのはどういうことだ?」
こんなひょろっとした小娘が?
口には出さないが顔にそう書いてあるよ。
クラヴィルくんの紹介に訝しむおじさんに私は愛想笑いを返す。
「オーガに襲われてもう駄目だって思ったときに彼女の従魔が助けてくれたんだ。で、彼女は「フォルトヴェルナの誘い」に逢って森に置き去りにされたらしいっていうんで一緒に来たんだ」
クラヴィルくんが説明すると、おじさんは目を見開いて驚いた。
「幻のフォルトヴェルナも出たのかッ!?」
「おじさんも「フォルトヴェルナの誘い」に遭った人にあったのは初めて?」
「おうよ。迷信だと思っていたんだがな…お嬢ちゃんの格好を見るからには嘘をついているわけじゃなさそうだしな…」
訝しむ目から一転、憐れみを含んだ眼差しで私を見るおじさん。
まあ当然だよねえ。
どう見ても防御力なんて無さそうな服装に、武器になりそうなものは一切ない。そんな恰好で魔物が跋扈する森に出かけるはずもない。
「お前さん本当に運がよかったなあ…」
「まあ、従魔が優秀だっただけで、私は別に…」
「そう言えばさっきもヴィル坊が言っていたな。お嬢ちゃんの従魔ってのは…え?オ、オブシティアンウルフゥゥゥゥッ!?」
アルとエルを見たおじさんが今日聞いた中で一番大きな声を上げた。




