踊る
佳織の誕生日だというのに僕という情報不足の人物の膨大な情報処理が始まったせいで、主役以上に目立ってしまった始末。
その元凶の一人である龍前爺ちゃんはやっぱり来ていた和良祖母ちゃんに耳を抓られながら退出してしまったせいで、質問を全部答える羽目になった。……爺ちゃん、今日でバラす気だったんじゃないかなこうなると。
はた迷惑以外の何物でもないんだけど。そう思いながらシルビアさんからの質問に答え終えた僕は、大きくため息をつく。
ああ、両親は和良祖母ちゃんに連れていかれた。爺ちゃんと一緒に。
だから現場に残された僕は一人で説明責任を負っていた。
「――成程。池田君の家系は誰もが名を残すのですか」
説明を聞いてそうまとめたのはシルビアさん。
そう聞くと僕も含まれている気がするから何とも言えない気分に陥る。
能力をうまく世の中で使っているから名が残るようなことになるんだろうけど、僕がそうなるなんて考えられなかったから。
ちなみに投げられたフォークはウェイターの人に渡しておいた。自然と来てくれたしね。
「僕はどうなるか分からないけど、まぁそうなんじゃない?」
「はっはっはっ! 既に我々の記憶に名を残してるから大丈夫じゃないか!!」
「何と言うか、お前ってインパクト有るんだよな。大人しいかと思ったらサラッと難しいことをこなすし」
「私未だに貴方の言葉が忘れらないわよ」
口々にそう言われ、僕は困る。褒められているというのは分かるんだけど、実感がわかない。あと
「これ、佳織の誕生日パーティでしょ? 流石に参加者の一人である僕で盛り上がるのは……」
「分かってるならあんなことしないでよ連君!」
「えぇ……」
あれ僕のせいじゃないんだけど……多分。って。
「いくら祖母ちゃんがいなくなったからって素に戻っていいの?」
「連君が素に戻ってくれなかったから戻れなかったの! 今日ぐらいは肩肘張りたくなかったのに!!」
「え、ごめん。あ、ドレス似合ってるよ。可愛いね」
「……ひゃっ!?」
佳織が顔を赤くして飛びのく。ドレスでその動きって色々はしたないんじゃないだろうか。というか、そこまで衝撃的なことを言ったかな。
思わず天井を仰いでいると、「そ、その、連君も……に、似合ってるよ」とか細い声で言われた。
「そう? ありがとう……ああ佳織。もう一度音頭お願いしていい?」
「いや、この状況でもう一度やらせるのは鬼だぞ、池田」
「そうだな! 我々もこれ以上池田君に固執しなくていいだろう!! 叩けば埃が出て来るぐらいには抱えてそうだがね!」
「ええ、そうね。この場での関係性は解明できたのだから彼の事は置いておいて。今は佳織を祝いましょう?」
仕切り直しを要求したら、僕に話しかけてきた三人がそのまま話を流した。それをきっかけに他の人達も顔の赤い佳織に対して話しかけに行く。
一気に蚊帳の外になった僕は息を吐いてから爺ちゃんの恨み言を内心ではき、お腹が空いたので料理が並べられたテーブルの方へ戻る。
そこに聞き覚えのある声が二つ、話しかけてきた。
「一気に平常に戻るなんて相変わらずだな。なぁ徹宏?」
「そうすね弘威。久し振りだっていうのにあまり変わってないのが逆に感心するぐらいには」
「ん?」
料理を取り分ける手を一旦止めてから声のした方へ向き直ると、同じスーツを着ているというのに印象の違う二人組が立ち止まっていた。……この二人って。
「あ、滝藤さんの取り巻き」
「おう……って、ん?」
「俺達の事を憶えてるんすか?」
「まぁ。あれだけ毎回声を掛けて来ればね」
そう答えると彼らは互いに向き合って何かを言っていた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもねぇ」
「ところで、あの谷崎さんの孫なんて驚きすね」
「僕は有名だって知ったのはつい最近だけどね」
そういうと二人とも驚く。まぁ分かるけど。
というか、姉さん以外知らなかったんじゃないだろうか。あとで姉さんに確認してみようかな。レミリアさん知ってたから多分知っていると思うけど。
食事をしながらそう考えていると、「なんでまた知らなかったんだ?」と弘威君が訊いてきたので「子供の頃から最近まで干渉してこなかったし、あの人たちも詳しいこと言わなかったしね」と答える。
ヒントはあったのだろうけど、正直そこまで考えを広める余裕がなかったんじゃなかろうか。今なら思い返せばその考えるに至れるけど、遊びに行くたびに地獄みたいな特訓に振り回されたらそんな余裕ないよ当時は。
そこから懐古しそうになったので慌てて「あ、ところでさ、二人は滝藤さんのところに行かないの?」と訊いてみる。
「いや、流石にソニア姐さんの取り巻きなんてやってねぇよ。今あの人、フレグラス学院にいるんだぜ? こうして会うことの方が珍しいし、俺達も俺達の家の体面があるしな」
「というか、此処にいる半分ぐらいの女子は今そこで暮らしてるっすよ。残りは別な地域に行ったみたいすね」
「フレグラス学院? っていうと、あの女尊男卑が明確なところにある学校?」
「つうか、そこがあるジェリック地域がそもそも女性だけしかいないけどな」
「しかもその地域のトップってそのまま国の重役なんすよね」
「……なんていうか、大変そうだね。色々と」
「「だな(すね)」」
そっかぁ……百合のいる学校にいるんだ……しかもまた稀有な場所。
世界って広いなぁ。ほとんど海だっていうのに。なんて思っていると、「おい池田!」と元気な滝藤さんの声が聞こえた。
「呼ばれてるぞ、姐さんから」
「はぁ……気が重いなぁ」
「何をそんな気落ちしてるか知らないすけど、さっさと行って来たらどうすか?」
「そうだね」
息を吐いてから料理を食べ終えた僕は、その皿等を通りがかったウェイターに渡してから声がした方へ向かった。
ところで。
現在、この会場はいくつかのグループになっている。基本的に男女に分かれているけど、僕が滝藤さんに呼ばれた場所は佳織含めた男女混合のグループだった。
「何か用?」
「一人で傍観者気取るなんて許さねぇからな」
「いや気取ってないし、気取る気もないんだけど……で、呼ばれた理由は?」
さっさと話してほしくて促すと、佳織が僕の顔から視線を少し逸らして「ど、どう……かな?」と訊いてきた。
どう? って。また結構抽象的な。こちらの都合のいい解釈で答えていいんだろうか。
……衣装についてはさっき答えたから他の事でいいかな。そう考えてから「このパーティの趣旨については驚いたよ。まさかみんな有名人だったなんてね。あと、料理が手作りだっていうのも驚いたよ。結構時間かかっただろうからさ」と答える。
「いや、お前は自分の事を棚に上げるな」
「そうですわ。『有名人』という点ではあなたもですわよ。ソニアから聞きましたが、天神様とも面識があり、尚且つ親しげだったそうですわね。一体何をどうすればと思いましたわ」
「あとは君の体捌きとかな! 今でも武術をやっている雰囲気を一切見せないのにな!」
「あれには驚きましたわ。いきなり音が聞こえましたから。落ちたものを見て漸く池田君が何かをしてくれたのを理解できましたし」
「あ、あのときはありがと……っていうか、やっぱり料理のこと分かったんだ。料理人の人達が喜ぶよ」
「「「!?」」」
口々に言いたいことを言っていたらしいけど、佳織の言葉にみんな驚いて僕を見る。
う~ん……やっぱり僕のこれはとんでもないんだなぁ。
そんなことをしみじみ思いながら、話題がそれてる気がしたので「それだけ?」と訊いてみたところ、みんなして我に返ったようで。
佳織なんて挙動不審なんだけど。これはなんかやらされるな? そう思っていると、「お前、踊れるか?」と滝藤さんが訊いてきた。
「踊ったことないよ。社交ダンスみたいなものでも」
「そうか……ならやるか」
「え?」
さらっと宣言されたことに目が点になっていると、滝藤さんが僕の手を引いて「おら行くぞ」と言ってきたので目的を理解して大人しくついていくことにした。




