誤算
一ヶ月ぶりです。疲れや動画視聴で後回しにしてしまう癖を何とかしたい
プレゼントを預けて会場内に入った僕の視界を独占するのは、スーツやドレスを着こなしている男女。大人だろうが子供だろうが、彼らはみんな普通の人なら大人になってから着慣れていくものに適応していた。
壮観だろうなぁと思いながらも来ちゃったなぁという思いが生まれる。
それもこれも祖母ちゃん辺りの入れ知恵なんだろう。若しくは文歌さんとか。
「居心地が悪いって一方的かなぁ」
「お前でもそう思うことあるんだな」
「人の事なんだと思っているの父さん」
「割と誰に対しても態度を変えないでしょ、だからよ」
そんなに変わってないかなぁと内心で首を傾げ、何やらうずうずしている様子を隠さない両親に対し、周りを見渡して状況を軽く把握してから「勝手にどうぞ。頑張ってね」と言って離れる。
僕には関係ない世界だし!
さて。
こうして人が集まっているけど、実はまだパーティの主役が来ていないので始まっていない。始まってはいないけど、始まっている。
主役そっちのけでキャスト同士のマウントの取り合いが。
部屋の隅、壁と窓ガラスの境界線付近に身を預けてその様子を傍観する。うちの両親はマウントの取り合いに参加……というより独自に関係を作ることを主としている節があるから適当に流すのだろう。
こうしてみるとこの世界も窮屈なのだろう。子供は親の期待を背負い、血反吐を吐き弱音を吐けずに成長していかなければいけないのだから。レールが決まっている分覚悟が決まりやすいのだろうけど、笠に着て目に余る行動するバカも一定数いるよなぁ。
と、去年を思い出したところ視界の端、左側から何かが飛んできたので反射的にしゃがむ。
「まだまだじゃな」
窓ガラスに飛んできたものが当たる音。その正体を確認することも声が聞こえたせいで出来ず、気配がした方へ顔を上げたところ、拳が止まっていた。
周囲の音が消える。ざわついた空気というものがこの一瞬のじゃれ合いで霧散した。
変な注目を浴びている自覚をしながらも、元凶に声を掛ける。
「挨拶代わりに攻撃なんて相変わらず社交性がないですね」
「お前にしかやらんぞこんなのは」
「来て早々騒ぎになりかけてますが?」
「ん? ……ああ! すまんな!! 久し振りに会ったから試したんじゃ悪かったな」
そう言って僕の肩をバシバシ叩く龍前爺ちゃん。
話合わせているのかなと勘繰りながら「他の方に挨拶はよろしかったので?」と質問する。
「問題はないぞ。挨拶なんて勝手に来るからな」
「あの、何かありましたか、谷崎様」
「特にはない。警戒されているのが分かってはまだまだじゃぞ?」
「……分かりました」
近づいてきたウェイターが爺ちゃんの注意を受けて大人しく引き下がる。僕の方に視線を向けないところを見ると、僕に意識を向ける前に言われたから分からないのだろう。
再び僕と爺ちゃんの二人だけとなったので、チラチラと窺うように向けられる視線を無視して他人の振りして話しかける。
「誰かと見間違えて試すなんて、大丈夫ですか?(訳:なんでこっち来たのさ?)」
「それはわしの頭の心配をしておるのか? 口が回る坊主じゃの。まぁ、すまんの。似た雰囲気の奴がおったから、つい(お前さんが来るか確かめに来たんじゃよ)」
つい、で攻撃を向けられる身にもなってほしい。そう言いたくなったけど、他人を貫く以上自分の事でも関係ないと割り切らないといけないから、呑み込む。
「有名人に間違えられただけでも自慢話になりますよ(一応他人でしょ?)」
「すまんの。まぁあとで両親と来てくれないか? 詫びがしたいからな(あいつら連れて一回来いよ)」
「話しておきます」
絶対『行きたくない』って駄々こねるだろうけど。そう思いながらもその流れで爺ちゃんと別れることに成功した僕は、向けられる視線が少なくなっているのを感じながらどこで観察しようかなと考えていると、「なぁお前」と声が聞こえた。
なんというか、基本的に口調が荒い人が多いイメージがあるんだけど。竣功さんの息子さんは違うとして。あれは教育が行き届いてる証拠だね。
きっとガキ大将みたいな人なんだろうかと思いながら死角になりそうな場所を探すために歩いていると、「おい無視すんなよ」と近くで声が聞こえた。
ひょっとして僕に言ってるのかな? その可能性が考慮できたので立ち止まって辺りを見渡す。
すると「やっとかよ……」とため息をつきながらそう漏らした少女が僕の顔を見て、固まる。対して僕はその反応で自分の記憶を精査する。
僕に声を掛けてきた少女が僕を見て固まる。その一連の流れから察するに、どうやら彼女、僕の事を知っているのか、似た誰かを思い出したのだろう。
そして僕の方は覚えがない。懐かしさを感じるのが正常な判断であるのなら、彼女とはどこかで会話とかしているだろうに。
ひょっとすると小学生時代の頃に会ったのかも? そんな予想を立てながら彼女を見ていると、第三者から声が掛けられた。
「おや池田君に滝藤さんか。二人は知り合いなのか?」
「あ、しゅ、天神さん。お久し振りです」
「あ、天神さん……池田?」
危うく今までの態度で接しそうになったのですぐさま修正。動きが止まった彼女は竣功さんが告げた僕の苗字に記憶が引っ掛かった様子。
他の人から聞いたのか、それとも佳織から聞かされたのか……なんて可能性を考えてから低そうだなと内心で頭を振り「私は分かりませんよ。忘れているだけかもしれませんが」と答えてから「そういえばご家族は?」と話題を逸らす。
「ああ、妻と子供は別のところに参加している。この後合流するわけじゃないがね」
「大変ですね、繋がりがたくさんありますと」
「そこまでではないがね……ああ、そうだ。この前はありがとう。あれから最近は心理学を学んだり、相手の考えていることを考えるようにしている。君のおかげかね」
「それはまた。私はあの時そこまで見せてない覚えがあるんですが」
「そうかね? ……まぁ次会う機会があったら息子と話をしてくれないか?」
「分かりました」
僕がそう答えると、竣功さんは「割り込んですまなかったね」と僕というより彼女――滝藤某に謝ってからこの場を離れた。
残されたのは遠巻きにされたせいで二人だけの空間が出来ている僕達。
どうしたものかと頬を中指で掻いていると、「――お前」と彼女は切り出した。
「もしかして……池田連、なのか……?」
俯いて、若干震える声で。信じられないというか予想外の人物と遭遇した驚きだろう。
再び静寂。場が、僕の名前だけで。
……どういうことだろうこれは。
思わず考える。
僕は一般――普通に言うなら庶民――だ。爺ちゃん祖母ちゃんが有名人で、両親が凄腕の商社マンで、姉さんが有名女優だけど、そこまで上流階級の方々に知られているとは思えない。本当に昔両親に連れていかれたパーティでもそれほど交流してないし。
それなら一体どこで知られたのだろう――とそこまで考えた時に「ど、どうなんだよ」と訊かれたので、風の噂で知られたのかと曖昧な結論で保留にして「そうですよ」と肯定する。
すると彼女はホッと胸をなでおろしてから「そうかそうか! いやぁ、だいぶ変わったじゃないかお前!!」と笑顔で言ってきた。
しかしながら記憶の片隅にもないので「申し訳ございませんが、私と出会った詳細と名前を教えていただけませんか?」と頼む。
「……マジで?」
「ええ。小学生頃だと見当はつくのですが」
「……はぁぁぁ~~俺の喜び損かよー」
思い切り肩を落とす。なぜ喜んでいたのだろうかという疑問が浮かんだけど、他人の感情を推測するより優先的な状況であるために無視する。
少しして落ち着いた彼女が咳払いをしてから説明してくれた。
「俺の名前は滝藤ソニア。お前や佳織と同じ小学校に通っていたし、お前とは同じクラスだったんだぜ? 六年間ずっとな。そんで――」
「ガキ大将的な感じでクラスを牛耳りかけていた男の子、だったな! ははは!!」
「え?」
「チッ、なんだよ」
自己紹介を割り込まれて不機嫌な彼女に思わず視線を向け、割り込んできた人の言葉を反芻する。
えっと、目の前の少女はつまり、小学校の頃手下二人を連れて僕にやたらと高圧的な態度で話しかけてきた男……だよね? え、何。つまり性別変えられるの? すごっ。
だけど僕が驚いている間にも、会話は進んでいく。
「なんだよ、とはつれないな滝藤君! こうしてクラスメイトと再会できたというのに!」
「うるせぇ『正義』。今俺が話してるんだろうが」
「それはすまなかったが、淑女の仮面が剥がれてるのは色々と不味いのではないかね?」
「同窓会だからセーフだろ」
う~んつまり、ほぼ小学生の同級生がいるってことだよね、多分。顔全然覚えてないけど。
流石にヒートアップする会話に置いて行かれるとこの違和感を解決できそうにないので、意を決して割り込む。
「お二人で話しているところ悪いんですけど、一つ確認よろしいですか?」
「ああ? お前それが素なのかよ?」
「いえ、最低限の礼節をと、思いまして」
「それなら気にしなくていいぞ! 何せこのご令嬢がかなり素なのだから!!」
「そういうお前だって普段より笑い声がでかいんだが?」
…………うん。こういうならいいかな。
深く考えるのはやめた。




