思考の逆算
元達と休み時間に少し話したりして昼。
「なんかさ、みんないい加減分かってるのに驚くのが苛立つんだよね、たまに」
「え?」
「……」
「お前みたいに先を読んで会話してないっての」
何の因果か知らないけど、今日は元が混ざっている。女性陣は彼女達で食べているとのこと。何かの作戦会議でもするためなのかな?
基本的に昼食は僕、庄一、圭の三人だ。元が混ざるなんてほとんどない。でもこうして混ざるということは、僕たち以外に気の許した友達がいないということなんだろう。自分でやっていることがあるとはいえ、何とも寂しいのではないだろうか。……かなりブーメランな発言だろうけど。
ともかくそんな状況で、僕は現状を食事をしながら呟いたんだけど、まともな反論をしたのが庄一だけだった。圭に関しては情報収集する気でもいるのか傍観する様子。
元に至っては聴いていなかったみたいだなと思いながらおかずを口に入れて噛み、呑み込んでから庄一の意見に対し、「だから上げ足を取られるんじゃないの?」と訊いてみる。
「えっと、連? いきなりどうしたの?」
「いきなりも何も。前々から思っていた事なんだけど」
「ならもう少しわかりやすくしろよ」
「そう? 結構見ている情報、聞いている話は同じじゃん。なのに、考えが至らないのが原因なんじゃないの?」
そう反論すると、「だからって俺達にも同じくしろって? すぐには無理だろ」とぶっきらぼうに返してきた。
と、ここで話題に理解が追い付いたのか元が「いきなり核心に迫られたら誰でも驚いて言葉を失うよ」と誰かのフォローともとれる発言をした。
元の言葉につまらなそうな表情をしながら「そうだねぇ」と理解を示しながら、「僕がこういう人間なんだから、いい加減慣れたんじゃないの?」と最初の話題に戻す。
それに対しみんなの反応は沈黙と苦笑だった。
「一体何年僕と付き合っているのさ?」
「僕はまだそんなに連と遊んでないから慣れないかな……」
「分かってても驚くだろ。あんなピンポイントで言われたらよ」
「……底の知れなさを感じる」
「そうかな?」
圭の発言に首を傾げる。するとここぞとばかりに庄一が「そうだよ」と頷いた。
「こっちからしたらまるでエスパーの様にポンポン当てるんだ。恐怖以外の何物でもねぇ」
「思考が読まれているんじゃないかって?」
「超能力でも確かいたよな、そんなやつ。ひょっとすると向こうより性質が悪いけどな」
「そうかなぁ?」
向こうは意識しなくても思考が頭の中に流れて来る時があるから様々な情報を受け取れるだろうけど、僕はあくまで一対一の会話だしなぁ。
そんな風に思っていると、「……思考の誘導をさりげなくしながらピンポイントで言おうとしたのを先に発言されたら、誰も手に負えない」なんて言葉が。
「え、思考の誘導なんてしてる、僕? ただ話の流れで言われるだろうことに対して答えてるだけだと思うんだけど」
「「「…………」」」
キョトンとして聞き返したところ、三人は呆れたような、信じられないような表情で僕を見てきた。
「自覚ないのはいつものことだけどよ……」
「……頻繁ではないけど、それなりに」
「言い返されてから『あれ?』って思えるくらいには自然にしてる気がするね」
「そう?」
三人の言葉を受けて自分の言動を軽く振り返っても誰かの思考を誘導をしたという事実がない。基本的に言われた相手はきちんと否定している覚えがある。
どちらかというと、どういった言葉が必要なのかを推測して言ってあげてる方が多い気がする。
イメージ的にはそれは誘導してるわけではない。何が言われたいのか。それを現状の情報で逆算して発言しているだけなのだから。
ひょっとするとその結果思考を誘導したと思っているのだろうか。だとしたらみんなの発言も納得できる。かろうじて。
「でも、誰だって頑張ればできることでしょ? 交渉や話し合いで使われる能力じゃん」
「日常生活、しかも俺らの年代で出来る奴がいると思うか? 少なくともお前以外知らん」
「……俺も」
「僕も周りの人にはいないかな」
そんなに希少性が高いのだろうか。というか、菫さんや花音さんぐらいは出来るんじゃないだろうか。僕と同等などと言わなくても。
あーでも佳織が始めたばかりだし、ひょっとするとあの二人も出来てないのかな? 圭も断言するように庄一の言葉に頷いているし。
思わずため息をつく。これはまだ我慢しないとダメなんだなと結論が確定したせいで。
気にしなくなったらいいのかな……なんて自己完結した僕は「駄目なのね」と声に出してから食べ終えた弁当を片付けつつ、「そういえば、有段者とかに決闘申し込んで瀕死にまで追い込む事件が最近騒がれてるね」と話題を変える。
「そんなのあったな、そういや」
「「……」」
他人事のように思い出す庄一とは対照的に沈黙する圭と元。調査するであろう元と動向を把握している圭は迂闊にこの話題を喋れないのだろうね。
さて誰に振ろうか。この話題で考えられる予想を幾つかたてていたところ、「しっかし犯人って道場破りなのか?」と素の疑問なのか庄一が呟いたので、「そう決めつけるのは早計じゃない?」と言っておく。
「そうか?」
「だって道場破りなら、回りくどいじゃん。道場に行けばいいだけなんだから」
「……そうだな」
「……確かに」
僕の正論に庄一と圭は頷く。元は納得がいったのか気の抜けた声を上げた。
そんな彼の表情に他人事だなぁと思った僕は、予想を伝えるために「気を付けた方が良いよ、元」と話題を振る。
「え!?」
「は?」
「……」
「だってこれがただの傷害事件で終わると思ってるの? カモフラージュかもしれないのに」
肩を竦めて続けると、圭が不意に「……そういうところ」と呟いたのが聞こえた。
……なるほど。これは確かに誘導してると言えるかも。あまり自覚ないけど。
彼らの言葉に納得しながらそろそろ授業が始まる時間になったので、「ま、今言えるのはそんな感じ」と言って授業の準備を始めることにした。
放課後。
昼休みの話が気になったのか、HR終わってすぐに元が僕の席に来た。
「あのさ、連」
「お昼の話? まぁ詳しく聞きたいなら話しても良いけど、その前に場所を移動しようか。僕も聞きたいことがあったし」
「え?」
呆気にとられた様子の彼を見ず、僕は荷物をまとめて帰る準備を完了させ、圭と庄一に「それじゃ、先に帰るよ」と言って席を立って教室を出る。
「おう」
「……また明日」
「ちょっと待って!?」
さて、どこで話そうかな。慌てる声を聴きながらそんなことを考えた。
結局僕が選んだ場所は帰路に就くことだった。というか、適当な公園で話せばいいかなと。
僕が校門から出たころに元は追いついてきた。大分急いだようで、息も絶え絶えの様子。全力で来たのだろう。
思わず彼を待つように立ち止まる。彼は膝に手を当てて息を整えていた。まぁ人のことを気にせずに自分のペースで歩いていたから追いつくのに大変だった……のかな?
僕はいつも通りだ。ただ人の波を最小動作で抜ける。いかに人混みの中をかき分け、疲れずに買い物ができるか。その経験の賜物だろう。あとは爺ちゃんのおかげか。
「は、はやす、ぎ……」
「体力ないんじゃない?」
容赦なく言葉を突き立てる。攻撃的になる必要性はないし、そも現状を作ったのは僕なのだから筋違いも良いところなんだろうけど。
何も言わなくなったまま肩で息をしている彼を見て、「まぁ歩きながら息を整えなよ」と言って再び歩き出した。
「ところで先に訊きたいことがあるから、それ訊いて良い?」
「……え? 何」
怪訝な表情を浮かべる。振り回し過ぎたからか苛立ちがあるのだろう。女性陣よりはマシだと思うけど、そこはやっぱり男女の違いかな。
相手の感情をそう推測しながら、「この前僕を追ってきた理由って何だったの?」と訊いてみる。
「この前……?」
「大声上げて僕に迫ってきたじゃん。思わず逃げたのにそのままついてきたし。へばったのを見計らって帰ったんだけど、僕に用事でもあったの?」
そう訊ねたところ、彼は何かを思い出したらしい。
「ああ……あの時。あれはね、ちょっと連に用事がある人に追われてて」
「え?」
元の言葉に思わず首を傾げる。先生や普段親しくしている人たち以外から用事があると言われて。
自惚れているわけじゃないけど、僕らの学年って結構有名人がそろっているから可能性が無きにしも非ずなんだろう。僕もその一人なんだという自覚はないけど。
そんなことを考えていたら少しは元気になったようで、「ともかく鬼気迫る感じだったから連を見つけて話でも聞いてもらいたいと思ったんだよ」と説明してくれた。
「でもその後来た記憶ないけど?」
「その人も『タイミングが悪いのか全く会わないのよ!』って怒ってたよ」
「ちなみに先輩?」
「うん。確か料理部だって」
「ふ~ん」
まぁ料理部なら可能性はあるのか……って。
「どこでそんな話請け負うような状況になったのさ? あと、よく修羅場が発生しなかったね」
「え? え~っと……その先輩にはお世話になったことがあってね。だからかな。それと、修羅場って何!? そんなことなかったよ?」
「あっそう。まぁありがと「え、その反応は流石に冷たくない?」じゃぁ解決したし、教えてあげるよ。僕なりの考えを」
「うん……って切り替え早いんだけど!?」
知りたいことが知れたのだからこのぐらい普通なんじゃないだろうかとぼんやりしながら、公園が見えたので「あそこで休憩しよっか。話はそこで」と提案する。
公園のベンチに二人座っている姿はカップルなら映えるんだろうけど、野郎二人なんて微妙も良いところじゃないだろうか。
そんな感想を抱きながら、「まず言いたいのは、この道場破りみたいな傷害事件って道場破りするのに必要だと思う?」と質問する。
「え? どうだろう……道場破りってイメージ的にはジムとか道場に直接出向いてやるから……必要なさそうだね」
「それを踏まえればお昼の言葉も分かるんじゃない?」
「あ……」
どうやら納得してくれた様子。まぁ第一段階は理解してくれたかな。
なら更に踏み込んでいこうか。そう思い「納得したようだから続けるけど、道場破りじゃないとなると、この傷害事件ってどう考えればいいと思う?」と投げかける。
「えっと……どうって言われても」
しどろもどろな返事に、思わず真顔になる。
ここまで色々な事件を解決してきた。その経験が全く生かされてない気がして。
『正しさ』とかで悩んでいるはずなのに……そこまで考えて思わずため息をつく。
これだけ直面し、解決しても彼の中に蓄積されてないのかと思えて。
「どうしたの、連?」
「……」
心配そうな彼に思わずイラっと来たけど自制してどこまで話そうかなと考える。
多分、彼は変われない。自分で考えているようで考えてない現状に満足しているように見える今では。
思わず突き放したくなるその甘さに説教を入れたくなったけど、目的から離れて時間がこれ以上食われるのを嫌った僕は彼が説明してほしい部分だけ教えた。
「一つは愉快犯。そしてもう一つは本来のターゲットは別にいるけど、それを誤魔化すために行っているカモフラージュ説。前者はともかく、後者となれば君がそのうち標的にされるのも分かるでしょ? なんたって犯罪組織や犯罪者を潰してきた一人なんだから」
「…………」
「以上、説明終了。それじゃ、僕は帰るよ。君ほどじゃないけど忙しいからね」
「……あ、うん。ありがと」
「お礼なんていらないよ。あくまで可能性の話だしね」
そう言って僕は元を置いて一人で公園から出て家に帰った。




