戻って
次の日。つまり、レミリアさんの誕生日会の翌日の翌日。平日。
結局あのゲームは二面ボスまでしか行けなかった。ノーコン達成者は『カラス』さんだった。
まぁ初めてでそこまで行くのがとんでもないらしいけど。ギャラリーがそう言って凄い盛り上がっていた。
確かに。ヘッドショットじゃないと即反撃食らうようなゲームは難しすぎると言われてもおかしくないから、初見プレイであそこまで行けるというのは評価されるのだろう。
さて。そのあと急いで彼女の部屋に戻って荷物を持って駅に向かって家に帰った。彼女は駅のホームまで見送ってくれたので「頑張ってね」とエールを送った。今日からの撮影も頑張っていることだろう。
姉さんも一緒に帰ってきたけど、行く前より疲れた表情をしていた。飲み過ぎが原因だと思えないから、職業仲間と何かあったのかな、なんて。
で、平日。
やろうとしていた形跡が見えるけど、その努力が報われない我が家を帰宅して戻し、更に本日の弁当及び朝食の下準備をして怒ることなくお休みした次の日。
普通に起きていつも通りの家事をこなして一人で朝食を済ませて歯を磨いて時間が余った僕は、今日の授業の準備を確認しに部屋に戻る。
姉さんは午後かららしいのでそっとしておく。両親は知らない。いつも通りに起きれないのが悪いのだから。社会人なのに。
もうすぐ七時で焦るのは目に見えているんだよなぁと息を吐いてから確認をしていると、当然のように悲鳴が聞こえた。無視。
『ご主人様』
「何だい、フェリア」
『どうして起きられないのでしょうか?』
「意識してないからじゃない? 病気の可能性もあるけどさ」
まぁ本人しか理由は知りえないけどね。心の中でそう付け足した僕は準備が出来ていることに安心してカバンを持ち、部屋を出た。
「行ってきます」
両親が慌てて右往左往している中、挨拶もそこそこに家を出る。姉さんは寝たままのようだ。
あれで昨日遅刻しなかったのだろうから問題ないのだろうけど、もう少し余裕を持ったらどうなんだろうと思いながら学校に向かって歩き始めたところ、「おはよう連君!」と隣の家から佳織が飛び出して挨拶してきた。
焦っていたのかそれとも緊張からなのか分からないけど呼吸の粗さが見て取れた僕は、ひとまず笑顔で「おはよう佳織」と挨拶してから歩きだす。
「え、ちょ、ちょっと待ってよ連君!」
「どうしたのさ?」
「その淡白な反応何!?」
「いつもじゃん」
歩きながらそう答えたところ、ついてきたのか「そ、それはそうだけど」とすぐ後ろから声が聞こえた。
分かっていた事だろうに。歩きながらぼんやりとそんなことを考える。口には出さない。
そもそも、僕が応対で淡白にならないことの方が珍しい。誰にでも。
原因は分かっているけど直す気がないのでこれからも変わらないんじゃないかなと思っていると、彼女が隣に追いついてきた。
どうして登校する時隣にいたいのだろうなんて彼女の心情を推測する気もなく歩いていると、「そういえば連君。週末どこに行ってたの? すごい悲鳴が聞こえたんだけど」と言われたので思わず息を吐いてしまう。
状況としては朝起きた時とか、夕飯を作った時とかじゃないだろうか。やらかしたときに人は悲鳴を上げたりするから。
で、どう答えよう。少し悩む。
正直に答えるのは論外。それ言ったら『だったら来てよ!』と言われかねない。
どう誤魔化したものかと考えてから「姉さんに強制的に連れていかれたんだよ」と答える。
「あ、そうなんだ。大変だったね」
「というか、泊まり込んでた訳じゃないんだ」
「え?」
佳織は驚く。相変わらずの光景に僕は内心で呆れていた。
事情を知ってさえいればこのぐらいの推測は立てられる。基本的に佳織の週末はここにいないことが多いという情報があれば。あとは本人が愚痴っているのを聞いたりすれば容易い。
これは説明する必要ないと思うんだけどと一人で完結したところ、「相変わらず連君の思考が飛ぶね。逆算しないと分からないよ」と今更な対処の仕方を呟いていた。
と、そこで気になることができた。
思考の逆算。僕の発言の理由を読み取るのにほぼ必要だと思われるその思考方法は、圭はともかく、大体の人がそこに至らない。身内は除外するとして。そこまで思考が延びないのが理由として挙げられる。必要としないからだと思うけど。
だというのに、佳織は呟いた。そして実践しようとしているようだ。
……誰かの入れ知恵かな? 候補としては和良御祖母ちゃんだけど。接点があるとしたらそこだろうし。
僕としては嬉しい事なんだろうけど、うん。素直に喜べない。
何故だろうね。やっぱり自分の考えを理解されることが嫌なのかな。散々理解されたいとか思っているくせに。
「祖母ちゃんに訊いたの? それ」
「えぇ!? ちょ、ちょっと待って! 先の発言の逆算してたところなんだからさらに飛ばさないで!」
「飛ばすも何も……僕の発言と自分の状況を鑑みれば自ずと逆算できると思うんだけど?」
「私の状況と……ってことは立場、だよね? そこから考えられる週末の過ごし方は……なるほど! それでああ言ったんだね!!」
何やら一人で理解が及んで納得したのか声を上げる佳織。嬉しいのは分かるけど、この程度でそこまで喜ぶのはどうなんだろう……?
それほど難しいわけじゃないのに。そんな考えがあるからか何も言えないので歩を進めていると、「ねぇねぇ連君!」と呼び止められる。
「……遅刻したくないから止まらないよ」
「え、この時間ならまだ大丈夫でしょ……って置いていかないでよ!!」
大丈夫なら僕と一緒に登校する必要ないんじゃ……? 思わず言いそうになった言葉を飲み込んで、必死についてきた彼女に「歩きながらでも話せるでしょ?」と言っておく。
「それは、そうだけどさ……」
「理解できたのが嬉しいのは分かったからさ、とりあえず学校へ行こうよ」
落ち込んだ様子の彼女にそう促して話題を終わらせることにして、そのまま彼女の心配をせずに学校へ向かうことにした。
「おはよう」
「おーす」
沈黙のまま登校して教室に着いた僕が返事をされないだろうと思いながら挨拶して入ると、村田君が反応してきた。
珍しい。基本的に反応されることなんてなかったから。しかも、僕を見て。
近づいて挨拶ならわかるけど、教室入って不特定多数に挨拶したというのに。
律義な人みたいだなと内心で評価しながら自分の席に向かって座る。
そのまま机に授業に使う教科を入れながら、今週の方針を考える。
とはいってもやることはないんだよね。先週で誕生日をプレゼント終わったし。パーティへ行くのに必要な服装も問題ない。
急いでやることもないからそろそろバイトについて考えようかなとぼんやりしていたところ、「おーっす」と挨拶されたので「おはよう庄一」と頬杖を突きながら返す。
「週初めだっていうのに、なんで疲れてんだよ」
「週末慣れないことしたからだよ」
「ふ~ん……」
意味ありげに頷いてから庄一は自分の席に座り、僕の方を向いて「そういやよ」と話しかけてきた。
「なにさ?」
「最近VRMMOが出来るゲーム機が発売されるらしいな」
「そんなニュースあったけどさ、あれって基本昔の人が開発したものを現状の技術で再現したってことでしょ? そこまで盛り上がる?」
「盛り上がるだろうよ。なにせ昔の人が開発した、ゲームというジャンルの完成形の復元だぜ? ネット内にデータは存在しているのに誰もやろうとしなかった夢のゲームジャンルだからな」
「……なんというか、体育会系の庄一からインドアを熱く語られるというのも不思議だね。今まで気にしてなかったけど」
「別にそこまで不思議でもないだろ。誰にだってイメージと違う趣味があるだろうし」
「そうだね……圭もありそうだね」
「むしろお前の方がありそうだよ。読書って公言してるけどよ、それ以外あるだろ絶対」
鋭いなぁと思いながら、正直に答えることもないので「まぁね」と仄めかしておく。
「ったく。趣味が少ないとか周りから言われてるけど絶対嘘だよな、お前」
「いや、他人からしたら少ないんじゃないかな?」
「……それは多分、趣味の区分がしっかりし過ぎているから」
「「あ、圭」」
唐突に話題に入ってきた圭に顔を向けた僕達は、先生が来るまでの間趣味について討論することになった。




