感想と昼食と
明けましておめでとうございます。今年は去年より頑張ろう……
映画が終わった。感想としては、姉さん演技頑張ってたなぁってことぐらい。テンポは……まぁ普通。起承転結のバランスが個人的におかしく感じたぐらい。涙ぐむ人たちが室内にたくさんいたけど、そこまで感動的なシーンが一切ない気がするこの映画のどこに感動したんだろうと思った。
素直に楽しめない人って僕みたいな人なんだろうなと自虐思考を抱きながら退場する流れに乗らずに座っていると、隣で座って鑑賞していたレミリアさんが涙を指で拭きながら「それじゃぁ、喫茶店で感想会をしましょう!」と元気よく提案してくれたので、彼女が求める感想を果たして言えるのだろうかと思いながら「分かったよ」と頷くことにした。
残った(殆ど飲んでいない)コーヒーを持って一階まで戻ってきた僕達。
さてどこで感想会をやるんだろうかと思っていると、彼女の足が不意に止まった。
ひょっとして見つけたのだろうかと理由を推測しながら視線の先を見ると、『シューナ』さんと『紗里奈』さんがソファに座っていた。
僕としてはもう知らないふりでいい気がするんだけど、レミリアさんは一体どうするつもりなんだろうか。
そう考えながらちらりと彼女を見ると、「さぁ行きましょうか」とこちらを見て笑顔で提案してきた。よく見ると少しだけ頬が上がっている。ひょっとすると怒りを抑えているのかな?
まぁ言い訳が通用するからここで言及しても無駄な気がする。何より時間がもったいない。そう結論付けた僕は「そうだね。ところで、喫茶店ってこの近くにあるの?」と話を進める。
昨日の時点でこの展開は予想できていたから正直気にならない。さっきシルフが報告してきたしね。
予め分かっているならそれを無視することだって人間は可能だ。相手にするだけ時間がとられるなら、相手にせず好きに泳がせておく。怒るのは別な日でもできるし。
……ま、その「予め」なんてほとんどの人が予測できないからパニックになるんだけど。昨日のレミリアさん然り。元達然り。
「この近くで昼食によく利用する喫茶店があるんです。そこにしましょう」
「ふ~ん……ところでコーヒーって持ち込んで大丈夫かな? 近いなら飲み切る自信ないけど」
「そういえばレン、飲み物にほとんど手を付けてませんでしたね」
「集中してたからね」
歩きながら次の場所の話をする。多分聞かれているんだろうけど、レミリアさんは割り切ったのかな。
って、レミリアさんポップコーン食べたんだ。サイズが小さいにしろ、よく食べたなぁ。
そんな事実に驚きながら映画館を出たところ、「これから昼か」と声をかけられた。
「あ、『エレク』さん。お昼ですか?」
「休みの日だから外食。食べたらゲーセン行って、夕飯の買い出しだ」
「そうなんですか」
「ああ……ってか、邪魔しちゃ悪いな。さっさと行くわ」
「えっ、あ、そ」
「じゃぁな」
レミリアさんが何か言う前にあっさりと歩き出した『エレク』さんを見送った僕は、「早く行こうか」と彼女を促すことにした。
映画館から歩くこと数分。目と鼻の先とはいいがたいけどそれなりの近さにその喫茶店があった。
フェルテナ。それが店名のようだ。
外観はどこにでもあるようなレンガのタイルを貼り付けてレンガ造りっぽく見せている感じ。二階建て一軒家から考えるに、二階が店主たちの家なんだろうか。
特に古めかしい感じもしないのは掃除しているからか、開店したばかりからなのかとぼんやり思っていると、「さ、早く入りましょうレン?」と言われたので「そうだね」と頷いてから店に入った。
店内はカウンター席が数席とテーブル席が幾つかある。お昼頃だからかそれなりに席が埋まっている。
カウンター席は黒い革製の丸型。それの中心から棒が延びており、床と接する場所は三角柱で広がっている。昔は結構このスタイルの席があったとか。今じゃ普通に椅子があるだけだしね。
テーブル席は変わらない。対面ソファにテーブルがあるだけ。
このように区分するのは回転率……というか、客席稼働率の調整なんだろう。テーブル席を一人で使われて粘られたら収益は赤字になるだろうし。
そう考えるとファミレスもギリギリのところで営業しているんだろうかと考えていると、「考えてないでこっちですよ、レン!」と僕の腕を引っ張りながら彼女がテーブル席に向かった。
向かった先はテーブル席。二人席というのが埋まっているみたいで、四人席の前まで来た。
大人しく彼女が座ったのでその対面に座る。店員さんが来る前に注文するものを決めてしまおうかなと持ってきたコーヒーを飲みながらメニューを探してみたところ、テーブルの上にない。
珍しいなんて思っていると、「はい水。と、メニュー。決まったら声を上げて頂戴」とさばさばとした口調で言ってレミリアさんの前に水を、そしてテーブルにメニューを置いてさっさと戻ってしまった。
忙しいからこその接客の仕方なんだろうかと戻ってしまった店員さんの後ろ姿を見つめていると、「レン! 一体何にしますか!?」と不機嫌そうにレミリアさんが訊いてきたので顔を戻して「何があるの?」と訊いてみる。
「サンドイッチとかナポリタンとか、喫茶店で出されているメニューは大体ありますよ」
「ふ~ん。ま、レミリアさんが決めてからにするよ」
そういって天井に視線を向ける。特に何があるわけじゃないけど、待ち時間の潰し方が特に思いつかなかったから。
明日から学校で、下手したら週末またパーティに参加しないといけないのか。また別な意味で殺人的スケジュールだ。友達、交流関係が広い人はこれをそつなくこなせるんだろうな。すごい。
爺ちゃんたちもこんなことやっているんだろうかと思っていると、「はいどうぞ、レン」と呼びかけられたので視線を戻してメニュー表を眺める。
ハンバーグ定食とかカレーとか、洋食メインが喫茶店としての必要条件なんだろうか。そんなことを考えながら、カツサンドセットが目についた。カツサンドとケーキがセットになっているみたいだけど、組み合わせ的にはカロリーの高い者同士。ボリュームが分からないけど、カツサンド単品で十分じゃないだろうか普通の人なら。
メニューに対しそんなツッコミを入れながら悩んだ僕は、結局人気だというハヤシライスにした。デザートとかは頼まない。
「決まりました?」
「うん。すいませ~ん!」
言われたとおりに声を張る。ついでに手も挙げる。
それに反応したのか「少々お待ちください!」と返って来てから数十秒後にパタパタと駆けてきた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ハヤシライスで。レミリアさんは?」
「あ、私はサンドイッチセットでお願いします」
「セットのお飲み物はどうしますか?」
「紅茶で」
「分かりました。少々お待ちください」
先程とは違う人が注文を取りに来たらしい。マニュアル通りの接客をして戻っていった。
となるとさっきの人はどうしたんだろ。まさか調理の人? なんて考えながら持ってきたコーヒーをストローで飲んでいると、「あの、レン。初めて映画を見た感想はどうでした?」と聞こえたので思考が切り替わる。
率直に言うと『どうとも思えない』。可がなくて特筆すべきこともなくて、笑えなくて、泣けなくて、面白いと思えなくて、作品や演じてる人の粗しか見つからない。
でもこれは、この場で言い切るととても不味い意見だとわかる。この島に住む大部分の人がその関係者なのだから、そのすべてを敵に回す気しかしない。でも、それ以外の穏便な感想が、僕の中に湧いてこない。
現状、自分の発言が一番他者を傷つけることを理解している。それを変換する、あるいは防ぐために沈黙という手段をとっているのも。
…………。
……。
…………ああ駄目だ。
ダメだダメだダメだ。何一ついい言葉に変換できない。情け容赦なく本音が溢れ出て来る。ああもう、引っ張られ過ぎて楽しむ心が動かない。
ゆっくりと息を吐く。彼女が驚いているけど、気にならない。
ここでふと「配慮」という言葉が思い浮かぶ。
配慮。気を配ること。意味としてはそれだけ。でも振り返ってみたところ、僕自身そんなことが出来ていないような気がした。
『相変わらず思考回路が複雑なようですね。楽しかったとかでいいじゃないですか』
『全然思えないからこうして考えているんだけどなぁ』
『……マスターは少し単純に考えた方が良いと思います』
シルフのアドバイスのような言葉に返せなかった僕は、何やらじっと心配そうに見つめている彼女に気付いてから「ああ、ごめんごめん。感想だったね」と考えがまとまっていないのに話を進めることにした。
「そうですけど、大丈夫ですか、レン。無理、してませんか?」
「う~ん……無理、って感じじゃないけど。難しいって感じ」
「え?」
瞬きしながら訊き返してきたので、出された水を飲んでから続けることに。
「僕って言葉が結構きついじゃん」
「え、はい」
「だから配慮しないとなぁって考えてたんだけど、上手くまとまらなくてねぇ」
肘をついてため息をつく。その時に彼女の反応を見てみると、目を見開いて驚いていた。いやまぁ、驚くのも無理はないんだけどね。
「まぁ、姉さんの演技は群を抜いていた気がするよね。他の人達も有名で、上手いんだろうけど」
「…………え?」
「ん? おかしなこと言った?」
一先ず差し障りのない感想を言ったところ、レミリアさんが呆気にとられたようなので首を傾げる。
客観的に見ている自信はないけど。身内贔屓だと言われればそれまでの感想だし。
でもストーリーに沿った演技という点ならそんな気がするんだよなぁ。ぼんやりと思いながら彼女の言葉を待っていると、再起動したのか水を飲んでから「確かに『凪』さんの演技も素晴らしかったですけど、他の方の演技も引けを取ってませんよ。ほら、主人公とその友達がヒロインのことを語り合うシーンとか。結構現実味があったんじゃないですか?」と反論してきた。
「そう? 前のシーンからするともうちょっと主人公が苛立ってもいい気がするんだけど。コップをテーブルに叩き付ける位にさ。しんみりとした雰囲気というより、あそこは悪口や主人公の怒気を友達が愛想笑いなりで受け流す方が現実的じゃない?」
「じゃ、じゃぁ!」
そんな感じで料理が運ばれても、食べながらも、僕達は見た映画の演技に関しての意見を言い合った。
確かに難しく考えすぎたのかもしれないなぁ。なんて、クスクスと笑いながらも話すレミリアさんを見てそう思った。




