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平穏な時間

 市街地を間近で見た感想は、地元より大きいなという小学生並みなものだった。

 表現者ではないので言葉を飾って褒めることが苦手な僕は、素直に「人が凄いねぇ」と見渡しながら感想を漏らす。


「今日は撮影をする予定がありませんけど、娯楽は大体ここにあるので人が集まるんです」

「なるほどねぇ。すれ違っても分からない可能性はあるわけか」

「そうかもしれません……映画館はこっちです」


 そういうと彼女は歩き出したので、この人混みに飲み込まれたら迷子になって面倒だなと思いながらレミリアさんを見失わないように後を追いかけた。


 僕は基本的に娯楽施設に近寄らない。必要性が感じられないというのが最大な理由なわけだけど、基本的に自分で使えるお金をその時に用意していない。散歩する時なんてお金持っていく必要ないし。どこにも寄らないから。

 だからここ最近は新鮮だったりする。映画館もそうだ。


「ここです」

「高いねぇ」


 外観を見てそう呟く。で、よく見るとここは映画館以外の施設が入っているようだ。ゲームセンターだったり、ボウリング場だったり、ファミレスだったり。

 集客率という観点から見ればどの店もそれなりに利益が出ているのだろうか。何となく、そんなことが気になる。どうでも良いことだけど。


「ちなみに、どんな映画見るの?」

「それは……えっと」


 ありゃ、そこらは考えてなかったのかな? 歯切れの悪い答えにそんな考えを持った僕は、入ってから自然と決まりそうだなぁと思い「ま、入ったら何やってるかわかるし、それからにしようよ」と助け船を出してさっさと入ることにした。



 映画館に入ってまず見たのは上映時間のスケジュール。壁に大きく貼られていたのでわかりやすい。

 現在時刻は十時を少し回ったところ。

 この直近のスケジュールはどうなっているのかなぁと眺めていると「あ、レン! こちらに来てください!」と言われたので振り返ったところ、チケット売り場の方にいた。

 さっきの言いにくさは隠していたからなのだろうかと思いながら彼女のもとへ向かったら、「『アカシアの涙』高校生で二枚ください」と言ったところだった。


「あ、自分の分は払うよ」

「大丈夫ですよ、レン。いつもお世話になっているんですから」

「いやーそういうわけにもいかないんだけど……まぁいいや」


 と、ここで不毛な争いをやるのも時間が惜しいし周りの迷惑なのでこの場では引き下がる。


「何か頼みますか?」

「私はポップコーンで。レンは何か頼みますか?」

「へ? 映画見るのに必要なの?」


 レミリアさんがさも当然のように訊いてきたので思わず聞き返す。すると彼女の方が目を丸くした。


「えっと、コーヒーとかポップコーンとか映画を見ながら食べたり飲んだりするんですよ、普通」

「そんなことして大丈夫なの? なんかうるさくしたらダメな気がするんだけど」

「そこは大丈夫です! 暗黙の了解ってところもありますし、音を立てないで食べたりすれば」

「へぇ~そうなんだー」


 僕が納得すると、彼女は少し疲れた様子を見せたので頬を掻きながら罪悪感を覚える。

 と、そんなやり取りにしびれを切らしたのか「ポップコーンだけで大丈夫ですか?」と店員さんが確認してきたので「あ、ブラックコーヒーください。アイスで」と言ってコーヒー代を置いておく。


「分かりました。チケットに書かれているのが座席になりますので、間違って他の席に座らないでください。それと、飲食物は上映室の前でその券と引き換えで受け取れます」


 そう言ってチケットを二枚と商品の引換券を渡してくれた。

 レミリアさんがお金を払っている間に受け取った僕は、隣通しで座れることにラッキーなのか気を回されたのか判断がついていなかった。


 移動中。

 一階に受付があるんだけど、僕達が見る映画が二階でやっているとのことで。

 彼女にチケット引換券を渡してから「ありがとね」とお礼を言う。


「どういたしまして、です。それにしてもレン。さっきの質問は本気でしたよね?」

「え、うん」


 真顔で返したところ、彼女はやっぱりといった表情でため息をついた。

 基本的に映画館のイメージは静寂。暗い中ひたすらスクリーンに映し出されている映像を眺めているっていう。

 それがどう面白いのかなんて今の僕には分からない。多分、眺める映像に興味があるかどうかで面白さが変わるのだろう。

 僕はどうなるのだろうと思っていると、「レンは本当に娯楽について無頓着なんですね」とクスクスと笑いながら言った。


 さっきため息をついたのに笑うってどういうことだろうかと思いながら「まぁ、それに興味を持てる人生じゃなかったからねぇ」と答える。


「あははは、そうでしたね……ですが、今はそれぐらいの余裕はあるんじゃないんですか?」

「う~ん……余裕は確かにあるけど、生活の一部じゃなかったから大して重要度が高くないんだよ。今更って感じで」

「…………レンって、本当に手強いです」


 手強いというより意識、興味の問題だと思うんだけど。他人に勧められたところでって。

 結局やるかやらないかは本人が決めることだ。どれだけ周りが強く話したところで、興味・関心・意識のどれかがそれに向いていないなら馬耳東風。馬の耳に念仏。


 色々変えようと思っている僕だけど、この部分に関してはどうにも変えなくて良いような気がしている。


 娯楽は趣味だ。趣味の楽しみ方は人それぞれで、周囲の人と情報を共有したい人もいれば個人でひっそりと楽しむ人もいる。僕は断然後者。ゲームとかは誘われればやる程度。DIYとか読書は個人で楽しむだけでいい。


 ……なんて考えた僕は、それを説明せずに「あ、ここだね」と話題を逸らす。


「上映時間も近いし、さっさと交換して入ろうか」

「……話を逸らしましたね? まぁいいですけど。あとで感想教えてくださいね?」


 そう言って彼女は僕の顔を覗き込むようにしてからウィンクをして、そのまま流れで上映室前にいたスタッフに引換券を渡した。

 唐突なことに驚いた僕は少し固まったけど、何事もなかったかのようにスタッフに引換券を渡してコーヒーを受け取って上映室に入った。


 …………ちゃんと起きて映画見ないとだめだなぁ。



 上映室はほぼ満室だった。それだけこの映画は人気があるのだろう。同じ時間帯にホラー映画やっていたけど、向こうの集客率はどうなんだろう。

 変な心配をしていたら始まった。とはいってもすぐに本編が始まるわけではないようで、予告が流れた。


 これが一つで長いならすぐに僕は飽きていたのだろうけど、これはどうやらいくつかの作品の予告を流していた。それで見てもらおうという魂胆なのだろう。編集がうまいなという印象しかないけど。

 そんな流し見されて当然だろうなという部分の作品の一つに、気になる人物を見つけた。

 レミリアさんだ。どうやら予告編の一つに出演しているらしい。

 気になったので眺めていると、彼女自身は主役ではないようで。

 周りの人も錚々たるキャストなんだろうけど、見ないので「知らない人」と同じだ。


 さてその予告編を集中してみていると、短い時間でインパクトを残すような編集をしていた。その中で彼女が映ったのは十秒あるかどうかだろうけど、頑張っているなぁと思った。ただ、内容が頭に入ってこない。粗筋は一応流れたんだけど、理解できなかった。ひょっとすると僕のキャパシティがないせいなんだろうけど、なんで殺人事件なのにコメディ要素を入れたのだろうかと。

 そういうものなんだと受け入れれば気にならなくなるのだろうけど、僕には難しい。


 まぁ、予告だし。いきなりシーンが切り替わった時の違和感が原因だろう。他の人は気にしないだろう、これを。


 なんで気になるんだろうとぼんやり思ったところで映画が始まったようなので、気を取り直して眠らないように心がけて映画を見ることにした。

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