散策
「いつ帰る予定なんですか?」
「三時ごろかな。結構ギリギリなんだけどそれでも」
彼女が借りてる部屋の玄関近くに荷物を置くことで同意してもらったので移動中。タイムリミットの話題が挙がったので時間を逆算して答える。
隣で俯いて歩いている彼女は「三時ですか……」と呟く。移動時間や場所を考える必要があるのかもしれない。昨日のうちにやっておけばいいと思うけど、まぁ彼女の精神状態ならできそうにないかもしれない。結構固まっていたみたいだし。
やっぱり緊張するものなのかな。半年ぐらい一緒にいたんだけど。
僕がおかしいのだろうかと内心で思いながらも気になっていたことを聞いてみる。
「そういえばレミリアさん」
「……あ、はい! な、なんですか?」
「誕生日プレゼント部屋に置いてきたの?」
結構な人数から貰っただろうプレゼントの影も形もないから。部屋に置いてきたのか、それとも何か魔法でまとめてあるのか気になって。
でもホテルの部屋に置いてきたらチェックアウトしたと言っていたから迷惑極まりないんじゃ? そんな疑問をぶつけてみたら、「あ、そ、それはですね」と答えてくれた。
「ホテル側のサービスで、私が借りてる部屋にあとで送ってもらうんです。この島全体がそういったつながりがあるので、遅くなった時とかに便利なんですよ」
料金は発生しますけどね。そう言ってにこりと笑いかけてきたので納得した様子を見せる。
要するに、撮影に使われる島というスタンスだからか繋がりが強く、そのおかげで滞在していればある程度の融通が利く、と。
でも結局お金次第なのかと世知辛さを感じながら歩くこと暫く。「ここです」とレミリアさんが言って足を止めたのでつられて足を止める。
そこにあったのは年代を感じられる二階建てのアパート。独り暮らしするに丁度良いんじゃないのだろうか。
「なんだか趣があるね」
「一応コンセプトとしては『懐かしさを感じる外観』だそうです。部屋はリフォームされていますので新しいですよ」
「へぇ。外観相応にしないんだ。そうした方が家賃安くすみそうなのに……ところで部屋は?」
「最低限の新しさですから相場より安いんじゃないでしょうか?……あ、こちらです」
一階の隅の方を指さしててから向かったので、僕はそのままついていった。
言葉通りに荷物を置いてすぐに部屋を出たところ、「よぉ」と声が聞こえたのでそちらに向くと、昨日仲直りをした人が隣の部屋の前にいた。
「あ、おはようございます。『エレク』さん」
「昨日騒ぎを起こした人間にも礼儀正しいな、『エミリー』は」
「怒ってませんよ」
「はぁー懐が深いねぇ……っと、世間話もこれぐらいにして、出掛けたらどうだ? 彼氏が待ちぼうけくらってるぜ?」
「か、彼氏じゃありませんよ! …………まだ」
昨日の意趣返しのつもりなんだろうかと二人の会話を聞きながら思い、この人のタレント名『エレク』なんだと認識する。昨日の夜自己紹介結局しなかったし。
「い、行きましょうレン!」
「あ、うん」
「いってら~」
彼の見送りを受けながら、急ぎ足となっている彼女のあとを追いかける形でその場を後にした。
「で、これからどうしよっか?」
彼女と並走する形で歩きながらそう訊ねる。丸投げする言い方でも良いんだけど(実際『案内してほしい』といったし)、彼女の考えがまだまとまっていないかもしれないから。余計な時間がかかるしね。
すると彼女は「取り敢えず市街地の方へ向かいましょう」と提案してきた。
「市街地ね。了解。僕の住む地域の駅前みたいなんだよね?」
「イメージとしてはそれに近いんですけど……こちらの方が凄いですよ」
「だろうね……そういえばレミリアさん」
「あ、はいなんでしょう?」
「似合っているよ、その服。季節を先取りしてるみたいだけど、全然違和感ないしね。流石だ」
「ひゃ! あ、ありがとう、ございます……」
立ち止まり、顔を赤らめて俯いている彼女を見ながら、服装をほめるってどういう意味があるんだろうかと思ってしまった。
……これはまたの機会にしよっか。今考えるべきことじゃないし。
とても気になったけど今は胸の内に秘めることにする。そして少し先で立ち止まって「レミリアさん?」と声をかける。
「……あ、す、すいません!」
我に返ったようで慌てて来る彼女。まぁ履いている靴がハイヒールとか折れやすいものじゃないから心配はなさそう。
追いついてきた彼女がそのまま進んだので、それに合わせて僕も歩きだした。
「本当に怒ってなかったの?」
「はい。私にとってはそれ以上に嬉しいことがありましたので」
市街地へ歩いている中で先程の答えを確認したところ、どうやらそれを上回ることがあったからどうでも良いらしい。多分、僕が来たことなんだろうけど。
なんだか嬉しい様な恥ずかしい様な。そんな気持ちを抱きながら「そっか」と答えつつ隣を歩いていると何やらビルが乱立しているのが見えた。
もう少しで着くのかなと思っていると、「あ、あの、レン?」と声をかけられたので「どうしたの?」と聞き返す。
「市街地に着いたらなんですけど、映画を見ませんか?」
「映画? それは別に良いけど」
肯定しながら携帯を取り出して時間を確認する。フェリアが時間を指さしているけど特に言葉はない。
……九時半ぐらいだから、上映時間がどのくらいか分からないけど見終わったらお昼ぐらいになるのかな。
とりあえずスケジュールの概算をしていたところ、「話を聞いてくれませんかレン!」と言われたので我に返る。
「えっと、ごめん」
「もう……もう一度聞きますけど、レンって映画見たことありませんよね?」
「うんそうだね。見る機会も気力もなかったから」
そもそも存在意義が分からないし。とは言わないけどね。
相変わらずの思考回路だなぁと再認識していると、「だと思ったので、一度見てもらいたいと思ったんです。私達の仕事を」と説明してくれた。
それだったら家にあるものを漁ってみればいいし、そもそもここじゃなくても地元にだって映画館があるのだからそこで観ればいい。と言いたくなるのをぐっと堪える。案内してと頼んだのは自分なのだから、無下にするような発言を避けないと。
「でも知ってる人に演技を見られるって恥ずかしくないの?」
「それを恥ずかしがっていたらこの職業をやってません!」
食い気味に否定されたけど、だったらなんで彼女の頬が少し赤いのだろうか。
ま、言わないけど。そこを指摘しても話がこじれるだけだしね。
……今更だけど彼女の服装は白で半袖のTシャツの上に明るい灰色のカーディガン、そしてクリームイエローのスカート。全体的に明るい色でコーディネートされている。
僕? 適当に灰色のTシャツに紺色のジーパンだけど。そこまで見栄えに拘りがないし、服自体そこまで色と種類が豊富じゃないから。
以前レミリアさんがお世話になっているお礼にとか言って貰ったのがあるけど……滅多に着ないしあれ。
視線を市街地の方へ向けてから「姉さんと鉢合わせする可能性あるかな?」と呟く。
「え? えっと、どうでしょう……広いので可能性は低いと思いますけど、偶然はありますから」
「だよね。思考を読まれたら偶然を装えるもんね」
「……肯定のあとの言葉が繋がってない気がするんですけど、どうなんでしょう? 渚さんがそんなことをする人だと思っていませんけど」
「まぁ姉さんのことだから本当に偶然だろうね、遭遇するとしたら」
「……あの、レンがどんな心配をしているのか分からないんですけど、よろしかったら教えていただけませんか?」
「別に大したことじゃないけど、もしも場所が割れたら先回りする人が居そうだねって。気にならなければどうでも良いことなんだろうけど」
そう言っておきながら、シルフから受けた報告を思い出す。
『尾行されているようです』
集まった場所からレミリアさんが住んでいる場所まで。そして今も後方に人が居るらしい。
誰かは推測出来ている。レミリアさんの友達。理由は簡単。昨日あの中でそんな話題を僕に振ってきたのが彼女しかいないから。
だからって安直すぎると思われるだろうけど、どうにも彼女、『カラス』さんと同業者の疑いがある。勘だけど。
本当、どこにでもいるよなぁと思っていると、「そんなことする人いないと思いますよ。皆さん暇じゃありませんし」と彼女は笑いながら否定した。
「そっか」
「はい……あ、もうすぐで市街地ですよ」
純粋だなぁと思いながら、彼女の言葉に「楽しみだ」と呟いた。




