火種の予感
棘を防いでからすぐに、人型は姿を消した。それと同時に行きかう人たちも現れたので、荷物の無事を確認してから何事もなく家に帰ることにした。
いや、実際は混乱している。脈絡もなく殺されかけるし、スクルドさんから貰った卵から妖精らしき存在が出てきて危ないところから助けてもらったのはいいけど、正体が謎。
怪我はないから不審がられることはないか。
……って、それも問題だけど行き交う人達が『姿を消した』と『同時』に『現れた』ってのも問題だって。どう考えても僕が隔離されたってことじゃん。あの人型以外いたかもしれないってことじゃん。組織で狙われた可能性があるってこと? 妄想だとしても。
……はぁ。一度精神科にでも通った方が良いかな。流石に被害妄想がひどすぎる。
自己分析をしながら通り過ぎる人たちの顔色を観察せず帰路についていると、シルフが『申し訳ございません』と謝ってきた。
『別にいいけど。むしろシルフがいなかったらあんな余裕みせなかっただろうし』
『さすがですね。ところで、狙われる理由に心当たりは?』
『予想はできるけど、不確定要素が多すぎてわからないや』
『――そうですか』
何かに気付いているんだろうか。シルフの返事にそう勘繰る。
とはいえ、詳細を知るということはこの件を深く探ることと同義なので僕の精神安定のために棚に上げることにする。また襲撃があったのならなりふり構わず原因を潰しに行こうと考えるけど。
元達や警察? 助けてくれるなら理想だけど、ぶっちゃけ信用も信頼もしていないし、更なる面倒事に発展する可能性が高いなら、頼る気にもならない。
レミリアさん達なんて論外。なんたって仕事がある。それに支障をきたさせるなんて考えはない。
そう考えると寺井さんはあの世界に長くいられないんだろうなと蛇足な思考まで来たので、首を回してから気持ちをリセットするために立ち止まって深呼吸する。
――この件について深く考えるのはやめた方がよさそうかな、やっぱり。
消化不良なのは否めないけど、世の中には触れない方が良いこともあるし。
とりあえずさっさと帰って夕飯作ろう。それから誕生日プレゼントを考えよう。
未来の事より現状やらないといけないことを優先するように思考を切り替えた僕は、また厄介事に巻き込まれる予感がちらついていた。
「おかえりなさい、レン。遅かったですね」
「お店の人と話し込んじゃって。ごめんね、これから作るから」
「あ、いえ別に催促したわけじゃありませんよ!」
無事に家にたどり着けた僕は内心で安堵してからリビングへ向かい、テレビを見ていたレミリアさんと会話する。静かに待っていたようだから本当に申し訳ない。
今度から一緒に買い物に行った方が良いのかな……なんて思いながら最初に作る料理に使う材料をさっさと出していく。
そこから洗って切って……と準備していき、フライパンを熱して油をひいて材料を入れてから次の料理の下準備をしていく。フライパンの方にも気を付けながら。
「あ……」
彼女の小さな声が聞こえたが、脳内の工程表に従って料理しているから反応せずに調理を進める。
「……朝食の下準備は手伝ってほしいかな」
「……え、あ、はい!」
戸惑いの声でも了承してくれたようなので、自分の作業に集中する。
というかレミリアさん、なんだか積極的なんだけどどうしたんだろうか。僕があまりにも離し過ぎてるから、自分で仲良くなろうとしてくれているのかな。それはそれはとても嬉しい事なんだけど、そこまでしてもらうほどの価値があるのか分からない。
っと、そんなこと考えてる暇ないや。さっさと作り終えちゃお。
彼女の心境の変化を詳しく考えず、料理に没頭した。
料理を作り終え、片付けなどを済ませた時にはレミリアさんは一人でテレビを見ていた。
なんだか悪いことしたなぁと思いながら料理をテーブルに置いていると、食器を置いた音で気付いたのかこちらに振り向いて慌てた様子で近づいて「あ、手、手伝います!」と言ってくれた。
邪険にする必要もないので「ならお願いするよ」とほほ笑んでおく。
「はい! 頑張ります!!」
…………彼女、詐欺に引っかからないといいんだけど。
なんとなく、そんな心配が頭をよぎった。
夕食時。
七時前に終わったので両親は帰って来てない。姉さんは仕事だろう。スケジュール覚えてないけど。
というわけで二人で食事。僕が黙っているからか沈黙のまま基本食事が終わるけど、今日はちょっと聞いて回っていることがあるので話しかけた。
「ねぇレミリアさん」
「あ、はい。なんですか?」
「レミリアさんが信じている『正しい』って何?」
「え? それは……どういう意味ですか?」
「別に深い意味はないけど。ただ、他の人がどういう考えなのかが気になったから」
彼女は箸を止め、難しい顔をする。あまり考えたことがなかったからだろう。別にそれはそれで普通だから特に何も思わないけど。
少しして、彼女の中で納得のいく答えが出たのか話してくれた。
「まだ……ありません。すいません」
「あはは。別にいいよ。そこまで重要な質問でもないし。話は変わるけどさ、最近このあたりで襲撃事件があるの知ってる? さっき商店街の人と話して知ったんだけど僕」
「あ、それはさっきテレビで知りました。襲われたのは腕に覚えのある人ばかりで、流派もバラバラらしいと」
「夜遅く出歩くと襲われる可能性が高いらしいね……って、あれ? 警官も被害に遭ったとか聞いたけど、情報封鎖したのかな?」
「えっと、どうなんでしょう。腕に覚えのある人の括りに警察官の方々も含まれたんだと思いますけど」
「レミリアさんも気を付けてね。本当に遅くなるなら無理に帰ってこなくていいから」
「……はい。ありがとうございます」
彼女の心配をしたらなぜか低い声で礼を言われた。どうやら気落ちしたようだ。
突き放すように言った覚えがないんだけど……やっぱり難しいや。
僕の弱点ってやっぱり『これ』なんだろうなとしんみりとした空気の中食事を終え、食器を片付ける。家計簿もつけないといけないし、明日の準備もあるからね。時間は有限だし。
他にもテーブル作ったりプレゼント考えないといけないのだから、本当大変だ。そろそろ本気で家の財政管理を親にやってもらう時が来たんじゃないだろうか。
明日の朝食の下準備は一緒にやるといった手前、勝手にやるのも人としてダメなので家計簿を先に終わらせようと思ったからそのまま素通りして部屋に戻る……前に一言。
「食べ終わったら呼んでね。部屋にいるから」
「はい……」
部屋に戻った僕はすぐさま鍵をかけてから携帯を取り出す。
すると、操作してロック解除したわけではないのに勝手に画面が切り替わり、必要最低限しか入っていないアプリの他に、先程の羽が生えた少女が『ご主人様~!』と音声を流しながら手を振っていた。
話せるならひとまず気になること全て置いておき、「うるさいよ」と注意する。
『え、す、すいません……』
音量が小さくなる。どうやらこの携帯はこの妖精らしき存在に乗っ取られたようだという事実に頭が痛くなった。
助けにはなったけど、これは面倒だなぁ色々と。取り返しがつかなくなる前にいろいろと情報集めておいた方がよさそうだ。
とりあえず勉強机に携帯を置いてからノートを取り、家計簿をつけながら話しかける。
「取り敢えず色々と訊きたいんだけど、良いかな?」
『あ、はい大丈夫ですご主人様』
「そうだねぇ……君の種族は妖精でいいのかい?」
『分かりません。生まれたばかりなので』
「あ~そっか……ということは、君もよく分からないんだね」
『ごめんなさい』
肩を落として謝ってきたので、「いや、そこは別に大丈夫だよ」と言っておき、考えていた質問の殆どが出来ないことに気付いて話題を変えるために「名前、あった方が良いよね」と訊いてみる。
『名前……』
そういうと彼女は目を瞑る。その状態で一秒後、『私の個別名称ですか?』と聞き返されたのでひょっとして今調べたのかなと思いながらも「うん」と頷く。
『確かに必要かもしれません』
「それじゃ、そうだね……フェリア。フェリアでどう?」
『フェリア……私の名前……』
それから何度か噛み締めるように呟いてから『ありがとうございます、ご主人様!』と笑顔でお礼を言われた。
「それじゃ、フェリア。これからよろしく」
『はい! よろしくお願いします!』
ぺこりと頭を下げるその動作がプログラムに思えないぐらい滑らかだったので、また別問題に巻き込まれるなとなんとなく思った。
あ。周りに人がいる間は大人しくしてって言ったら素直に『分かりました!』と言ってくれたけど、大丈夫だろうか。




